十章 死の鬼ごっこ
ロビーでパソコンをいじりながら考えごとをしていると、
「……スズエさん?」
声をかけられた。どうやらユウヤさんが来たらしい。時間は五時過ぎ、どうやら長い間考えごとをしていたようだ。
「おはようございます、ユウヤさん」
私が挨拶をすると、彼は「あ、うん。おはよう」と返してくれた。
「大丈夫?顔色悪いけど……」
「あー……実はさっきまで探索していて……」
どうせ誤魔化せないと私は正直に答える。案の定、彼は「こんな時間まで!?」と驚いた。
「ちょ……!仮眠くらいは取ったの?」
「いえ、妙に目がさえてしまって……」
正直、寝るに眠れないというか。さっき見たあの本の内容が忘れられない。
ユウヤさんは一度ため息をついた後、食堂に行き、マグカップを持って戻ってきた。中身はホットミルクだった。
「はい。はちみつ勝手に入れちゃったけど、よかった?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
私はそれを受け取る。
「それ、飲んだらそこのソファでいいから寝なよ。ボク、ここにいるから」
「……そう、ですね」
私はホットミルクを一口飲む。
……温かい。
程よい甘さが口の中で広がる。思っていたより緊張していたようで、肩の力が抜けた。
飲み終わると、ユウヤさんがソファまで連れて行ってくれた。そして、マフラーを私にかけてくれる。
「ゆっくりおやすみ。何かあったら呼んでね」
ユウヤさんの優しい顔を見ながら、私は目を閉じた。
「大丈夫、君はボクが守るから……」
どれぐらい経ったのだろう?目を開けると、ケイさんの顔が至近距離にあった。
「あ、おはよー、スズちゃん」
「…………おはようございます?」
今何時だ?と時計を見ると七時過ぎ。なるほどそれならケイさんの顔が目の前にあっても……おかしいだろそれは。
「目覚めのキスでもしようと思ったのになー」
「普通に起こしてください」
恋人とか夫婦ではないのだから。
というより、七時か……。ゆっくりしている暇はないのに。
私は起き上がりながら、思考をまとめようとする。
あー……頭が上手く働かない……。
睡眠不足と栄養不足のせいだろう。せめて栄養ドリンクさえあれば……。欲を言えばエナジードリンクも欲しい。あと野菜ジュース。
なんて、そんなこと言っていられない。水を飲んだ後、「すみません、探索に行ってきます」とケイさんが止めるのも気にせず私は再開した。パソコンは、ユウヤさんが充電してくれていたようだ。
私はまず、あの棺を確認する。……センサーがついている。これで人間か人形か判別するのだろう。違和感は……どこにもない。
これならいいかと今度はロビーに向かう。……絵画を見て、立ち止まってしまう。
(……シルヤ……)
幼い頃の私達の絵画がある。二人共笑っていた。後ろには兄さんとグリーンもいて、私達を見ていた。
「…………」
物心つく前のことだろう。兄さんとの記憶は、うっすらとしか思い出せない。それでも……優しかったお兄さんがいたことだけは、覚えていた。
私は別のところに目をやる。一部分が塗られていない絵があった。絵の具をもらっていたと私はそこを塗り始めた。
塗り終わると、上から何かが開く音が聞こえた。見上げると、絵の後ろから何かが伸びていた。私の身長では届かなさそうだ……。近くに椅子もないし……。
(ノートみたいだが……)
どうしようと悩んでいると、タカシさんが通りかかった。
「どうしたんだ?スズエ」
「タカシさん。実は、あれを取りたいんですが……」
私が指すと、彼は「あぁ。……ほらよ」と取ってくれた。身長が高いっていいなぁ……。
「ありがとうございます。これは……」
「新聞が貼られているぞ」
「スプラック帳というものですかね」
私はそれを見ようとする。しかしその前に、タカシさんに奪われた。
「……見るな」
「え?何があったんですか?」
「……お前のばあさんの事件について書かれている」
あぁ……確かに、今の精神状況では、それを見るわけにはいかない。
「では、ケイさん達と見てください」
「そうする。……あぁ、それと、あの銀髪から伝言だ、飯だと」
「別にいいのに……」
私はタカシさんと一緒に食堂まで向かう。その途中、彼はぼそぼそと話し始めた。
「……俺、病気が見つかっちまってな。ボクシングを続けられねぇかもしれねぇって、医者に言われたんだ」
「……そう、だったんですね」
「爺さんと婆さんに孝行出来なくなるかもって思ったら……怖かったんだ」
「そうかもしれないですね。育ててもらった恩は、決して忘れられないものですから」
私は彼の話を聞いていた。すると不意に、「……スズエって、いい奴だな」と言われた。
「どうしたんですか?急に」
「人形の俺の話を真剣に聞いてくれてるじゃねぇか」
「人間ですよ、あなた達も。少なくとも、私からしたら」
「……惚れちまうな。俺が人間だったら襲われてんぞ」
そんな話をしていると、食堂に着いた。ユウヤさんがエプロンをつけている。なんか……新鮮だ。
「あ、来たね」
「ユウヤさん、マフラーありがとうございます」
「いいよ、それぐらい」
……マフラーに隠れていてよく見えていなかったが、彼にも首輪がつけられている。
「……………………」
「どうしたの?」
動きの止まった私に、ユウヤさんは首を傾げる。
「……首輪……」
「首輪?」
「思い、出した。それ……昔、おじいちゃんが作っていたものだ」
その言葉に、全員が驚いた表情をした。
「本当に?」
「はい。……でも、おかしいんです」
「何がだ?」
「私、何度も触らせてもらったハズなのに……解除の仕方が、全く思い出せないんです」
自分で言うのもなんだが、私は一度覚えたものは基本的に忘れない。特にこういうものは好きだったので完全に記憶していた。だから、全く覚えていないなんてありえないのだ。
いや、そもそも……何で今の今まで忘れていたんだ?だって、見れば分かるものなんだから。私もシルヤも気付かなかったなんて……おかしすぎる。
「……パソコン」
「パソコン?」
「昨日、ペア解除をしましたよね?多分、あれと同じなんだと思います。でも、パスワード機能なんてつけられたかな……?」
かなり昔のことで、そこまで覚えていない。そもそも、ただ遊ばせてもらっただけだったから。だから、勝手に機能をつけられていてもおかしくはない。
「これがあいつの言っていた、消されている記憶か……?」
もしそうだとすれば……私の頭には、生き残るための、そして脱出するための重要な記憶がある。
……一気に食欲がなくなってしまった。皆が食べている中、私だけ食べていなかった。
「……スズエ」
ランが寂しそうに、私を見ていた。
人形達の墓に向かった私達はグリーンと会った。
「あ、やっと殺す気になった?」
「うるさい、サイコパス野郎」
「酷いなぁ。スズエさん、本当に反抗期に突入した?」
ぶん殴ってやりたい、が、奴の思うつぼなので我慢だ。
「はぁ……つまんないなぁ……。じゃあ、鬼ごっこでもする?」
痺れを切らしたのか、彼はそう尋ねてきた。
「何言ってるんだ、お前は」
ユウヤさんがグリーンを睨みつける。グリーンはニコニコとしながら「それだったら、ボクを殺せるんじゃないかって」と言った。やっぱり、こいつおかしい。
「首輪の赤いランプのついた人が最初の鬼ね!制限時間は今日の十八時まで!」
その言葉と同時に、フウの首輪のランプが光った。
「ちなみに、ボクにタッチしなかったら死ぬ「かも」しれないよ!」
頑張ってねー!とグリーンは逃げてしまった。
私はフウの方を見る。彼は震えていた。当然だ、グリーンを捕まえられなかったら死ぬかもしれないのだから。
……こんな小さい子を、死なせるわけにはいかない。
私はフウの前にしゃがみこみ、その手を握る。
「フウ、私が……やる」
フウの首輪から私の首輪に、赤いランプが移る。これで、私が鬼になったのだろう。
「ね、姉ちゃん。でも……」
「大丈夫だ、心配するな。私なら恐怖なんて感じないし。お前の命は、ちゃんと守ってやるから」
不安げなフウの頭を撫でてあげたいが、今の私は彼に触れることも許されない。
「スズエ、手が震えてるぞ。本当に、大丈夫なのか?」
ランに指摘され、私はそのことに気付く。
「……本当に、恐怖は感じないんだ。正確には分からないって言った方が正しいと思うけど。でも、本能的には……恐怖を覚えているんだろうね」
こういう時、失感情症というのは不便だ。だって本当に分からないから。
「…………」
不意に、ランが私の手を握る。そのせいで赤いランプが彼に移ってしまった。
「ラン!?お前、何やって……!」
「オレがやるよ。フウにはお前が必要だろ?」
「でも、死ぬかもしれないんだぞ!それなのに……!」
「だからだろ!お前は皆に必要な存在なんだよ!分かれよ!」
ランに言われ、私は言葉を詰まらせる。だったら、お前も分かってくれよ。
「……ラン君、変わるよー」
ケイさんがランの手に触り、ランプが彼の首輪に移る。
「ラン君、君も自覚するべきだよ。俺達にスズちゃんが必要なように、スズちゃんにも、君の存在が必要なんだ。おまわりさんなら大丈夫だから、心配しないで」
その言葉に、私達は俯く。その通りだったからだ。
私には、ランが必要なのだ。
気兼ねなく弱音を吐きあえる、そんな相棒が。
「まったく、スズちゃんもちゃんと甘えないと。男ってただでさえ鈍感なんだからさー」
「……うるさいです」
余計なお世話だ。
私達はまず、ロッカー室を調べることにした。足がすくんでしまうけど、ランが私の背中に触れた。
「スズエ、大丈夫?」
「……えぇ、何とか」
私は記憶を引っ張り出す。確か……。
私は一人でロッカー室に入り、謎を解いていく。
「隠し扉……あるとすればここのハズなんだけど……」
血の付いた天井の近くにあるハズだ。その前に罠を解かないと、おばあちゃんと同じ結末をたどることになる。
高いところに、箱があることに気付いた私は腕を伸ばす。しかし、もう少しのところで届かない。
「すみません、誰か……」
助けを求めようとしたところで、あの忌まわしい映像を思い出す。
……あれと同じことが起こったら、いやだ。
「……いえ、やっぱり、大丈夫です」
椅子はどこにあるだろう、と考えていると、後ろから腕が伸びた。
「ほら、どうぞ」
それは、ユウヤさんの腕だった。
「ちょ……!危ないですよ!罠があったら……!」
私の焦った声に、彼は笑った。
「多分それを心配してるんだろうなって思ったよ。大丈夫、皆で手伝えば、早く終わるよ」
「そうだよー、スズちゃん。簡単に死にはしないよ」
ユウヤさんとケイさんの言葉に私は少し考え、
「……では、あの高いところにあるスイッチを見てくれませんか?」
ケイさんにそう頼む。彼は「分かったー」とそれを見て、
「……磁力を発生させるスイッチみたいだねー」
「あー……。確かにそこに何か置いていましたね、おばあちゃん……だから、罠が発動して……」
「スズエさん、こっちには何かの制御装置があるよ」
ユウヤさんに言われ、私はそれを見る。
「あのスイッチを無効にするものみたいですね。ちょっといじっておきましょう」
私はそれを簡単に操作すると、プツンと何かが切れた。これで無効化されただろう。同時に、隠し扉も開く。
中に入ると、何かの制御装置とドリンクサーバーが置かれていた。
「あ、コンポタがある……!」
「ココアもあります!」
「ミルクティーもある!飲みたかったのに……」
ユウヤさんとキナとナコがつられている。いやユウヤさんもつられるんですか?
「まぁ、毒はないみたいだけど……」
「わたし、ココア飲みたいです!スズエさんは?」
「キナ……」
私は苦笑いを浮かべた後、
「みそ汁だ!どんな味付けでもいい!」
「いやねぇよ!」
そう言うと、ランに斬り捨てられた。
「じゃあココア……」
ショボン……とする私にランはため息をついた後、肩を叩く。
「……みそ汁なら後で作ってやるから」
「ホントに!?じゃあそれまで探索頑張る!」
大喜びする私を見ていたらしいケイさんとユウヤさんの声が聞こえてきた。
「なんか、スズちゃんシルヤ君に似てきたねー」
「うん。表情豊かになったっていうか。やっぱり姉弟ですね」
私はキナからココアを受け取り、飲んだ。いつの間にか、ユウヤさんはコンポタを飲んでいた。
それから、私達は交番のところに向かう。
「これが……」
レイさんに話してもらったポスターか……。確かに白き巫女のことや祈療姫のことについて書かれている。こんなところにあるのは違和感しかないが……。
その後、教室に向かうと昨日まで貼られていなかった紙が黒板に貼られていた。
「これは……?」
それに書かれていたのは……「同意書」。それを見た瞬間、他の人達の顔色が変わった。
「どうしました?」
私が聞くと、フウが小さな声で呟いた。
「ぼく……あれに名前、書いたニャン……」
「……え?」
「わ、わたしも、です……」
どうやら皆、この同意書に名前を書いたらしい。人形達も、覚えがあるようだ。
「スズエさんも、書いたの?」
ユウヤさんに聞かれる。確かに見た覚えはあるが……。
「……ない」
「え?」
「書いて、ない……。同意書に、名前なんて」
そう、書いていないハズなのだ。
「そうだね、スズエさんだけは書いていないよ」
いつの間に来たのか、グリーンが後ろにいた。
「このゲームはね、その同意書に名前を書いた人だけが参加するものなんだ。願い事と引き換えにね」
願い、ごと……そういえばグリーンと会った時、そんな話をした気がする。
「ちょっと待て。ならなんでスズエはそれに名前書いてないのに……」
ランの質問にグリーンは笑う。
「彼女は「招かれざる客」であり、同時に「参加しなければいけなくなった人」だったからさ。ねぇ、「正の異常者」さん?」
君のその力は、そんなものではないでしょ?
グリーンは私の腕を引き寄せる。
「あの程度じゃないよね?君のその力は。あぁ、それとも――もっともっと、絶望させないといけないのかな?」
「――っ、来るな……!」
身の危険を覚え、私は突き放そうとする。しかし、力が強くてそれが出来なかった。
「なんで逃げるの?昔はあんなに懐いてくれていたのに」
狂った笑みを浮かべていた。違う、アイトはそんな表情をしたことがない。
「悪いけど、そこまでだよ、アイト」
ユウヤさんが私を抱き寄せ、グリーンから離す。
「あ、ユウヤ!酷いよ」
「これ以上は、ボクが許さないよ。――燃やされたくなければ、彼女に近付くな」
ユウヤさんが右手を前に出すと――狐火が周囲に現れた。
「あははっ!ユウヤのその力、やっぱりすごいね!さすが巫女様に忠誠を誓った「白狐」の血筋だ!」
「それがどうしたの?ボクの役目は巫女である彼女を守ること。そのためなら、お前を殺すことだって厭わないよ」
「ふふっ、本当にユウヤは彼女のことばっかりだね。願い事も「スズエさんを守りたい」だったし。双子のお兄さんを彼女の母方の親戚に殺されたっていうのにね」
「……え?」
ユウヤさんのお兄さんは、私の母方の親戚に、殺された?どういう……。
「……彼女に罪はない」
「そうだね。スズエさんに罪はないよ。だってよそ者の血を引いていると受け入れなかったのはあいつらなんだから。でも、あいつらは彼女に罪を押し付けた。唯一の味方は君達祈花家だったかな?」
「…………」
ユウヤさんは睨んでいる。それでも面白がるように、グリーンは続けた。
「でも……君のお兄さんであるシンヤは神の怒りを鎮めるための生贄として殺されて、両親は彼女を守ることを諦めた……そうだったよね?」
「……あんな奴ら、もう親でも何でもないよ。伝統だのなんだのに縛られている、あんな奴らなんて。何がよそ者の血だ、何が忌み子だ。彼女だって、好きでそうなったんじゃないのに……」
「ふふっ。そうだね、だから君は高校を卒業した後に村を飛び出して、自営業で生活を立てながらスズエさんを守る方法を探していた」
そんなことがあったのか……。全く知らなかった……。
「ねぇ、スズエさん、これに同意する気はない?」
「はっ……?」
突然何を言い出しているのか。グリーンは笑って、
「言っただろう?君だけはこれに同意していないんだ。だから、今なら何でも願いを叶えてあげられる。皆をこのゲームから解放することだって、君なら出来るんだ」
「…………っ!」
私は考え込んだ。
私がそれに名前を書けば、皆を……救える。
その同意書は、いわばモロツゥの「奴隷」になることを同意したというもの。ここにいる皆は、奴隷になってしまっている。ただ一人、私を除いて。
――私の命で救えるというのなら。
「……本当に、皆を助けてくれるんだな?」
「もちろん。ボク達モロツゥは約束を違えない」
「なら」
私はその紙を取り、ボールペンを持つ。そして、名前を書こうとしたところで――後ろから、誰かに取られた。振り向くと、
「ラン……?」
紙を取ったのはランだった。彼は、その紙を破った。
「お前が犠牲になる必要はねぇだろ。まだ他の道があるハズだ。簡単に、そんなもんに同意なんてすんなよ」
それを見ていたグリーンは「あーあ。つまんない。せっかく彼女がその気になってたのになー」と残念そうに告げた。
「まぁ、いいや。これ以上は本当に殺されそうだし、ボクはそろそろ退散するよ」
「あ、待て!アイト!」
ユウヤさんが叫ぶが、グリーンはどこかに行ってしまった。チッと、優しい彼らしからぬ舌打ちが聞こえてきた。
「あの……ユウヤさん、さっきの話は一体……」
気になったことを尋ねると、彼は悲しそうに笑った後、
「……歩きながら話そうか」
そう言った。
彼は人間ならざる者の血を引いていること。
遠い昔の祖先が巫女に命を助けられ、彼女に忠誠を誓ったこと。そしてそれが今なお続いていること。
今代の巫女は私になるハズだったこと。そしてその守護者は兄とユウヤさんになるハズだったこと。
しかし母方の親戚がそれを許さず、シンヤが代わりに生贄として捧げられることになったこと。そのせいで彼の両親は意気消沈してしまったこと。
それでも諦められず、ユウヤさんは一人でも私を守ると決めたこと。
「……酷い……」
子供はどうあがいても、親なんて選べないしどうすることも出来ないのに。
「さっきも言ったけど、スズエさんに罪はないよ。君はむしろ被害者だ。だって、あいつらが君達きょうだいを受け入れてさえいれば、ボクの兄さんだって死ぬことはなかったんだ。その責任を、君に押し付けた。本当に、最低すぎる」
なら、このゲームは……。
「その、復讐劇……なんですか?」
その、彼の兄であるシンヤの。
「あいつの話を聞いている限りだと、そうだろうね。そして……君は「犯人側になりえた」人物でもある。ボクも、確証は持てないけどね……」
「……そう、ですね。このゲームに参加するために同意書に名前を書いていたら、話を聞いて、母方の親戚達を殺したいと願ってしまったなら……もしかしたら……」
皆の味方でよかったと、心から思う。犯罪の片棒なんて、担ぎたくない。
「それにしても……ユウヤさん、狐火、操れるんですね」
「あ、あれは……!その、とっさに……」
「かっこよかったです。私も使えたらなぁ……」
話をそらすように私が笑うと、彼は「……無意識に口説くのやめて」と顔を赤くした。私は首を傾げる。
「スズエって、もしかして……」
「うん。間違いなく「天然たらし」だねー」
レイさんとケイさんがこそこそと何か言っているが、気にしないようにした。
とにかく、今はグリーンを追いかけることが先決だ。今は十三時、残り時間はあと五時間……間に合えばいいが。
ロビーに行き、見渡す。……なぜか灯篭のような明かりがある。紙には「この光で失われている記憶を取り戻せる」と書かれていた。どうやら記憶の灯火というらしい。使用可のところに人間・人形と書かれているので、どちらにも使えそうだ。
「失われている記憶、ねぇ……」
……真っ先に使わないといけないのは私のような気がするが。まぁ、後回しでもいいだろう。
それをそのままにし、別のところを探索する。だが、時間は過ぎる一方だった。
十七時ぐらいの時、不意に人形達の墓場に行った方がいいのではないかと思った私はそこに足を運ぶ。グリーンが入っていた棺のところに近付くと、カチャッと頭に何かを向けられた。
「……何しているんだ?アイト?」
「あはは。分かるだろう?君を殺そうとしているんだよ」
私はわざとらしく両手をあげ、「これでいいわけ?」と笑った。
「ふふっ。こうしているとまるでボクの方が「正義側」になったみたいだ」
「反吐が出るね。お前みたいに狂っている奴が正義側なんて、世も末だ」
「ボクも、君が悪側だって言われたら世界は狂ってるって笑うね」
まるで普通に会話するように、私達は言葉を交わす。
「それで?撃たないのか?」
「君は怖くないわけ?死ぬって言うのに」
「怖くないね。むしろシルヤのところに早く行けて万々歳だ」
「そこまで行くともう、君も狂っているよね。本当に、不器用な姉弟」
「そうだな。私も十分に狂っている女だよ」
お前を嫌いになれない私も。
私に執着するお前も。
あぁ、本当に――酷く愚かで、バカな人間だ、私達は。互いのことを憎み切れない。
アイトが引き金を引こうとしたところで、
「てめぇ!何してやがる!」
銃口が頭からいなくなった。振り返ると、タカシさんがグリーンの腕を掴んでいた。
「見て分からないの?殺そうとしていたんだよ」
グリーンはへらへらと笑っていた。しかしそこに、ある種の怯えが見えた。
――なんで、お前はそんな顔するんだ?
きっと、私しか見ていないのだろう。だって、たった一瞬のことだったから。
全員が集まったことを確認したグリーンはクスクスと笑いだす。
「そういえば、ケイさんって銃を持つのが出来なくなったんだよね?」
「……それがどうしたのかなー」
「あれねー、ボクが発砲命令したんだよ」
グリーンがそう言った瞬間、ケイさんの雰囲気が一気に変わった。
「貴様……!」
「ケイさん……?」
「貴様が、俺の恩人を殺させたのか……!」
やばい。ケイさんは本気で殺す気だ。冷静さを欠いている。
「ちなみにね、ボクが死んだら人形達も死ぬよ」
「なっ……!そんなの聞いてない!」
人形達の表情が一変する。どうしよう、皆、パニックになってしまっている。
――こういう時こそ、私が冷静でいなければ……。
まず、人形達のことだ。恐らくだが、グリーンの言葉は嘘だ。だって、彼の首輪と人形達の首輪は連携されていなかった。しかし、ランを含めた人形達は怯え切ってしまっている。この状況で説得は逆効果だ。
他の人達は……必死になってグリーンと戦おうとしているが、混乱していて、ほとんど攻撃など当たっていない。
ケイさんは、グリーンと対峙している。この状況でグリーンは他の人達の攻撃を避けているのだ。
掴みかかろうとして、避けられて……それの繰り返しだった。
「ニャ!おまえらも手伝うニャン!」
フウが人形達に叫ぶが、彼らは震えていた。
「フウ、いいんだ。……彼らだって、死にたくないんだよ」
私は肩に触れ、そう告げる。
「で、でも、このままじゃおまわりさんが……!」
「そ、そうですよ!どうにかしないと……!」
「分かってる、キナ。……だからこそ、私達「皆」が生き残る道を探さないと」
私の言葉にも、パニックになっている彼らには届かず。
「そんな悠長に言ってる場合かよ!?」
「そうぜよ!きさん正気か!?」
責められるが、私はギュッと手を握る。
――大丈夫、私の見た未来が正しければ……。
私は首輪に触れる。人形達は頼れない。死ぬ可能性があるから。他の人達も冷静になれていない。ならば……。
私はケイさんの隣に立つ。
「あれ?あはは!スズエさんも入ってくれるんだ!」
「スズちゃん、どいて」
「落ち着いてください、ケイさん……」
私が止めると、「こいつは恩人を殺させたんだ!落ち着いていられるか!」と怒鳴られた。その間にも、ケイさんの首輪から無機質な音が響き始めていた。
「……っ」
私は唇を噛み、泣きたくなるのを耐える。そんな中、ユウヤさんは何かを察知したらしく、グリーンの後ろに回った。
私はグリーンの足を引っかけようと近づく。しかし彼は後ろに飛びのいた。そこをユウヤさんが羽交い絞めにする。
「ユウヤ、放してくれる?」
「嫌だね」
ケイさんがグリーンにタッチしようとしたところで……妨害が入った。
「あたし達だって……死にたく、ないんだよ……」
ナコだ。彼女はケイさんの足を引っかけたのだ。
「何してるニャ!?」
「言ってるでしょ……俺達だって、もう死にたくないんだよ……」
フウが驚くが、レイさんが震える声で呟いた。
そんなことをしている間にも、時間切れ間近の音が聞こえてくる。
「……ケイさん」
私はケイさんの手に触れた。――鬼は、私になった。そのまま、彼から少し離れる。
「――っ!スズちゃん!早くおまわりさんに……!」
「大丈夫ですよ。私の予想が正しければ……」
三……二……一……。
――私が、死ぬことはなかった。
「やっぱりか……」
呟くと、グリーンは拍手する。
「さすがだねー!気付いてたんだ!」
「賭けだったけどな」
「そんなことないでしょ?人形達に助けを求めなかったのも、ただ単に確証がなかっただけで死ぬことはないって分かっていたハズだ。あははっ!本当に君らしい」
「…………」
「でも……「真実の目」を持っている君でも、そこまでなんだね。次のミニゲームまで、せいぜい抗いなよ」
うつむいている私に目もくれずそれじゃ、と言ってグリーンはどこかに消えてしまった。
……真実の目、か……。
「…………そんなのあったところで、皆を救えやしない」
私の目に映る「未来」は、「惨劇」ばかりだったから。
それから逃げるように、私はすぐにその場から去ろうとする。そんな中、腕を掴む人がいた。
「待って」
ユウヤさんだ。彼は私の瞳を真剣に見ていた。
「君の目には「何が」映っているの?」
「…………」
「教えて」
「……何も」
不安をあおるだけなのに、わざわざ言うべきことではないだろう。……私だけが、知っていたらいい。
「君は嘘をつくのが下手だね」
しかし彼は優しく笑いかけた。
「思えば君は、仕掛けにすぐ気付いたり皆が不安にならないように行動に気を付けているよね。あまりにも知りすぎているから、犯人側じゃないかって思ったりもした」
「……でしょうね。私も同じ立場なら、疑うでしょうし」
そうなるように、動いていたのだから。
「でも、フロアマスター側の反応を見てそれは違うってすぐに分かった。それで、一つの仮説が浮かんだんだ。そしてあいつの言葉でそれは確信に変わったよ。――君は、僅かながらに未来が見えているね?」
「……どうしてそう思ったんですか?」
純粋な疑問だろう。私は割と上手に隠していたハズだが。
「最初のメインゲームの時だよ。君はあの時、シルヤ君が死なないといけないって、すぐに気付いたハズだ。犠牲を最小限にするために」
「……………………」
「あの時、君は票を入れる前からすっごく辛そうな顔をしてた。それでも君は、自分の心を押さえつけてまでボク達を守る道を選んだ。二回目もそうだ。ミヒロさんに入れたのは……この後に出会う人形達と少しでもトラブルをなくすためだった。自分が憎まれ役を買ってまで。あの時、票を入れるまでに時間がかかったね。……その時に未来を見ていた。違うかな?」
……何も違わない。私の思考回路を知っているのではないかと思うほどに当たっていた。私は唇を噛む。
ミヒロさんが生きていたら……人形達が、どうしても怯えてしまう。私は彼がそんなことないと分かっているけどやはり殺人犯、なんて言われては一線を引いてしまうだろう。
「さっき、人形達に何も言わなかったのも、ケイさんの鬼を引き受けたのも、分かっていて、でも皆に言えなかったからだよね?」
「…………」
「無言は肯定ととらえるよ」
「……ごめん、一人に、させて……」
辛い。嫌だ。皆が死ぬなんて。
何度も願った。何度も祈った。……だけど、声など届きはしなかった。虚しく、地面に落ちるだけ。
他人の命を背負うというのは、こういうことなのだ。重くて、辛くて、苦しくて。それでも、耐えないといけない。何かを、守るためには。
彼は、私の腕を掴んだまま。まるで、一人にさせまいと言いたげに。
「……放して」
「嫌だ。……君の本音を聞きたい。教えて」
優しく呟くユウヤさんに、私の頬に何かが伝った。
「……もう、疲れた……」
「うん」
「背伸びするのも、みんなの命を一人で背負うのも、もう嫌だ。……もう、死にたいの……生きていたくない……」
「……うん」
私がこぼす言葉も、ユウヤさんは優しくも真剣に頷いてくれた。
「つらかったね。そうだよね、一人で背負うには重すぎるよね……」
涙を拭う私の頭を、彼は撫でてくれた。
「……スズエ」
その時、誰かが手を握った。私は顔をあげる。
「話せよ。オレだって同じもん、背負ってやるから」
「……ラン」
そう、大切な相棒だ。彼は私の顔を真剣に見ていた。
「お前はさ、オレ達が裏切っても許してくれただろ。どんな時だって、自分の身を挺してオレ達を守ってくれただろ。どんな話だって真剣に聞いてくれただろ。さっきだって、分かっていながらオレ達のために無理やり戦わせようとしなかっただろ。……オレはもう、守られてばかりなんて嫌なんだよ」
「……でも……」
死ぬかもしれないのに……。
「それとも、オレに「最高の相棒」と言ってくれたのは噓だったのか?」
「そんなわけない。お前は本当に、最高の相棒だ」
「なら、もっと頼れよ。……他人の命を一人で全て背負うってのがどれほど大変なのか、バカなオレでも分かる。想像以上なんだっていうのも、理解出来る。……だったら、二人で背負おうぜ。二人でダメなら、三人で。そうやってやればいいじゃねぇか」
その言葉に、私はハッとなる。
彼の言う通りだ。一人で駄目ならば、二人でやればいい。二人で駄目なら三人で、三人で駄目なら四人で。そんな当たり前を、私はシルヤを失ってから出来なくなっていた。なんでも一人でやらないといけないと、思い込んでいた。
「だからさ……泣きたい時は、泣けよ。お前だって、ただの女の子なんだから」
少し特別な力を持ってしまっただけの、ただの女子高生だ。
ランはそう言って、微笑んだ。
その時、後ろから足音が聞こえてきた。振り返ると、そこには――死んだハズのシルヤ。……いや、多分人形だろう。だって、あの時確かに息を引き取っていたのだから。
「……スズ姉?」
しかし、私を呼ぶその声は本当にシルヤのもので。
私に駆け寄るその姿は本物の弟と同じだった。
「スズ姉!なんで泣いているんだよ?」
「……シルヤ、ゴメン」
シルヤの質問には答えられず私は俯き、弟に謝った。
「お姉ちゃん、お前を守れなかった。何かあったら助けてやるって、そう言ってたのに、お前を死なせてしまった。ゴメン……ごめんね……」
私は涙を流しながら、彼に懺悔する。シルヤは「……姉さんは、本当にばかだな」と静かに笑った。
「確かに、死ぬのは怖かったさ。だけど……スズ姉が死ぬ方が怖かった」
「え……?」
そう言われ、私は顔を上げる。
「スズ姉は、自分の命を軽んじる節があるだろ?自己犠牲って、時には美徳かもしれねぇけどさ。でも、お前に生きていてほしい奴だって確かにいるんだよ。オレだって、その一人だ」
「…………」
「大丈夫、オレはスズ姉を恨んでねぇよ。だって、お前は最後までオレを守ろうとしてくれただろ?自分を身代わりにしようとしてくれただろ?それだけでも、嬉しかったよ、オレは。本当に、姉さんに愛されているんだって」
彼は本当に幸せそうに笑っていた。
「……オレさ、親には恵まれなかったかもしれねぇけど……兄貴と姉貴には恵まれたなって思えるよ。だって、兄貴は会えなくてもずっとオレ達を想っててくれたし、姉貴もいつもオレを守ってくれた。……そんなきょうだいの中に生まれて、本当にオレは幸せ者だよ」
「…………っ」
「……こういうのってさ、いくら双子の姉弟だって言っても恥ずかしくて言えないけどよ」
シルヤは、手を伸ばす。
「大好きだぜ!スズ姉!お前は最高の親友で、オレの自慢の姉貴だ!」
「……あぁ」
私も、同じように手を伸ばす。私達の手が重なる。私より大きな、弟の手。
「私も、シルが大好きだよ。お前は最高の親友で、私の誇りの弟だ」
私は、彼の胸に飛び込む。
「シルヤ――私のきょうだいとして生まれてきてくれて、ありがとう」
「スズエ、オレの姉でいてくれてありがとな」
――あぁ、ようやく光が見えた気がした。この暗闇から、抜けられる気がした。