表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

九章 裏切りと許しと真実

 次の日、一睡もせずに調べ物を続けているとランが起きてきた。

「おはよう、ラン」

「おはよ……スズエ……」

 大きな伸びをしている彼に、私は笑いかける。

「ラン、早速で悪いが報告がある」

「ん……なんだ?」

「隠し部屋を二か所見つけた」

 私のその報告に彼は一気に覚醒したらしい。

「マジで!?」

「あぁ。だが、どちらも罠が仕掛けられている。一か所はロッカー室、もう一か所はモニター室だな」

 ほら、とパソコンを見せる。画面には、本当の地図が映っていた。

「ちなみに、どちらもドリンクバー兼制御室だ」

「お、おう……」

 そこまで調べられたのか……とランは呟く。そりゃ、一日あればある程度調べられるだろ。

 食堂に行き、私は皆にも報告する。

「あと、図書室……あそこにも罠が仕掛けられていますね。面倒ですけど、そこから解除しましょうか」

「パソコンから解くことは出来んぜよ?」

 ゴウさんに言われ、私は首を横に振る。

「無理ですね。試してみましたけど、エラーが出てしまって……パソコンも万能ではないんですよ。どうせなら全部認証してくれたらよかったのに……」

 まぁ、敵に渡すのだからそんなことをするわけがないが。文句の一つでも言ってやりたいところだ。

「にんしょう?ってなんだニャ?」

「自分の権限でこのパソコンからこの機械は使えますよとか、この操作は可能ですよっていうのが認証だ。例えば、ここの地図は出せるが罠は解除出来ないとか、そんなところだな」

 フウが首を傾げたので説明する。それを聞いたフウは顔を青くした。

「じゃあ、罠に飛び込むってことニャ?」

「そういうことになるな。いざとなれば一人でするけど……」

 何せどんな罠かも分からないのだ、皆を危険な目に合わせることは出来ない。特にフウやキナ、ナコを。……そもそも、みんなは外で待たせるつもりだけど……。

「ぼくが姉ちゃんを守ってやるニャン!」

 フウはそう言って私に引っ付いた。私は目線を合わせ、

「ふふ、小さな騎士様だな。可愛い」

「ニャ!?可愛いって言われて喜ぶ男はいないニャ!」

(シルヤは喜んだんだけどな)

「悪い悪い、「かっこいい」って言おうとしたんだ」

 言い換えると、フウは「うん!」と笑った。やはり、可愛い。もう一人弟が出来たみたいだ。

「子供の扱い、慣れてるなぁ……」

「シルヤ君が懐いていたわけだよ……」

 後ろでランとユウヤさんが何か言っているが気にしないでおこう。

 フウに手を掴まれて、連れていかれる。他の人達も慌ててついてきた。

 図書室に来ると、私は周囲を見ながら、

「気を付けてくださいね、何があるか――」

 分からないですから、と言い終わる前にタカシさんのところからカチッと音が聞こえた。ジジジジ!と大きな音が鳴り響く。それと同時に本の化け物が本棚から出てきた。

「な、なんですかこれ!?」

 キナが叫ぶ。私は思考をまとめようとするが、何せうるさくてイライラしてくる。

 その怒りが頂点に達し、私は多少手荒に音源を探し出した。本棚の隙間から、目覚まし時計とスマホが見つかる。それをやはり手荒に投げ、

「悪い、これぶっ壊しててくれるか?修理出来ないぐらいやってしまっていい」

 多少キレ気味で指示を出す。

「お、おう……」

 ランが一瞬ひるんだが、それを壊してくれた。さて、あと一つか……。

「な、なんか、怒ってる……?」

 ユウヤさんが怯えたように私を見ている。

「思考がまとまらなくてイライラするんですよ。誰だこんな仕掛け作った奴は」

 しかも本も増えていくし。マジで腹立つ。

「これは……相当ご立腹だね……」

「聞こえてますよレイさん」

 小さなスキマから最後の一つを見つけ出し、私は拳でそれを破壊した。ふぅ、気がすんだ……。

「おー、プロも驚く拳だな」

「し。静かに……」

 静かになったところで冷静になった私は周囲を見る。本の動きが鈍くなったのだ。これなら静かにしていれば……と思っていると、

「ニャ!?」

 何かに躓いたのか、フウの悲鳴と共に大きな物音が聞こえた。瞬間、本達はフウに襲い掛かる。

「危ない!」

 私はとっさにフウを抱きしめた。本達が大きく口を開いたので左腕を横に伸ばすと、腕や肩を強く噛まれ、血が飛び散った。

「……っ」

「ね、ねえちゃ」

「しっ」

 ここからは我慢比べだ。私はただフウを抱きしめ、本達が戻るのを待つ。一冊、二冊、三冊……と戻っていき、最後の一つが戻ったことを確認してようやく息を吐いた。これで仕掛けは解けただろう。

「大丈夫か?フウ、どこも怪我はないか?」

 私が確認すると、フウはコクコクと頷いた。

「ぼ、ぼくは大丈夫ニャ。でも、スズ姉ちゃんが……!」

「これぐらい大丈夫さ。あとで包帯でも巻けばいい」

 確かに水色だから血の色が目立つけど。多分大丈夫。

「だ、ダメです!すぐに手当てを……!」

 しかしキナが近くにあった救急箱を持ってくる。別にいいんだけどな……。

「ほ、ほら、スズエさん。手当てしますから……」

「……今じゃなければ駄目か?」

「当然です!」

「……仕方ない」

 私は上着を脱ぎ、シャツのボタンを外す。なぜ恥ずかしげもなく出来るのかというと、その下はさらしだからだ。そのさらしも、赤に染まっていた。

 腕の包帯を解くと、酷い裂傷痕や火傷の痕があった。

「これは……」

「前に話したことがあったろ?家が火事になったり、殺されそうになったって。その時のものだよ。さらしを巻いてるのも、これを隠すためだ。あまり人様に見せられたものではないからな」

 私の言葉を聞いたキナは泣きそうになりながら、消毒して包帯を巻いていく。思っていたより深いなぁ、なんて思いながらその様子を見ていた。それが終わると、キナは抱き着いてくる。

「どうしたんだ?キナ」

 私は少女の頭を撫でる。彼女は何も答えず、ただ顔を擦りつけていた。

「……スズエさんが、生きててよかった……」

 やがて泣きそうな声で、彼女は答えた。生きててよかった、か……。

「一度は死んだようなものさ。……実際、自分の名前も言えなくなったし」

「え?どういう、意味ですか?」

 キナが驚いた表情を浮かべている。私は内緒話をするように微笑んだ。

「……一つ、秘密を教えてあげよう。私の元の名前は「スズエ」じゃないんだ。もう一つの名前は、もう死んだんだよ。おじいちゃんが死んだ、あの時に」

 自分の本当の名前を思い出すだけで、苦しくなる。自分の名前を言えなくなって、名前を変えることでどうにかするしか出来なかった。

「誤解のないように言っておくが、今は本当に「森岡 涼恵」だから、安心してくれ」

「……本当の、名前は……?」

 そう聞かれ、私は困ったように笑う。

「……ごめんね、まだ、言えないんだ。苦しくて、息が出来なくなってしまうから。いつか乗り越えることの出来たその時は……教えてあげられると思う」

 今もなお残っている、心のトラウマは簡単には消えることがない。名前を変えた時は驚かれたが、仕方ないと言われたぐらいだった。

「ほら、行こうか。無駄話をしている暇はないぞ」

 私はボタンをつけ、上着を着る。そして、キナの手を握った。

 ――お前は、ちゃんと「名前」を大事にしろよ。本当に大事なもので、大切な人からの最初のプレゼントだから。

 私みたいに、何もかもが嫌になったらもう手遅れだからな。


 モニター室に来ると、私はモニターを調べ始める。すると急に何かが流れ始めた。

 ――それは、被害者ビデオの映像だった。

「い、嫌……!」

「な、なんでこんなものが……!」

 人形達の悲鳴を聞きながら、私は必死になってそれを止めようとする。しかし、どこを押してもそれは消えなかった。

「……………………」

 私は睨みつけ、そのモニターを強く殴って、壊した。

「お、おい!いいのかよ!?」

「一つぐらいなくなっても問題ない。……これ以上は見なくていい」

 こんな、自分の死ぬ瞬間なんて。

 右手から、ドロッとした液体の伝う感触を覚える。血が流れているのだろう。しかしこんなの、彼らの苦しみに比べればなんてことはない。

「スズエさん、怪我……」

「これぐらい、なめてたら治るでしょう。平気平気」

 事実、先程の怪我に比べればなんてことはないものだ。包帯や絆創膏つけるほどではない。

「……言ったからね?」

 しかしユウヤさんは私の右手を取ると、なんとなめたのだ。

「ちょ……!ななな何してるんですか、ユウヤさん!?」

「んー?君が言ったじゃないか。なめれば治るって」

「だからってユウヤさんがなめる必要はないですよね!?」

 顔が熱い。おそらくゆでだこのように真っ赤だろう。

「大丈夫、他の人のでもきっと治るよ」

「素直に消毒しますからやめてください!恥ずかしさで死にます!」

「よろしい」

 ニコリと満足げにユウヤさんは笑う。なんというか……。

「……もしかして、シルヤとか兄さんに言われたんですか?」

「うん。君にはこれぐらいした方が言うこと聞くって」

「二人とも……」

 余計なこと言いやがって……。

 渋々手当てしてもらい、改めてキーボートをかかる。すると隣からカチャと鍵の開く音が聞こえた。

「よし、開いた」

 これで第一関門は突破した。あとは中に入って罠を解くだけだ。

 中に入り、発動する前に無効化する。これで入れるハズだ。

「……なぁ、効率悪いし、ペアで動かねぇか……?」

 不意にランに言われ、私は少し考える。

 彼の言う通り、今のままでは確かに非効率的だ。ペアでわかれて行動した方がいいだろう。

 だが、不審な動きをする人がいる。それを考えると……。いや、人形達を信じよう。何かあった時は、私が対処すればいいだけだ。

「……そうだな。なら、そうしようか。他の人達もそれでいいですか?」

 私が聞くと、皆頷いた。なら、それで行こうと私は告げる。

 ケイさんとユウヤさんの横を通り過ぎる時、

「……不審な動きをする人がいます。目を光らせていてください」

 二人にしか聞こえない声でそう言った。二人は小さく首を振った。


 さて、ここで気になるところはやはりあの開かない扉だ。トイレではないとなると……。

(……この絵柄……手を繋いでいるように見えるんだよな……)

 最初に見た時も思ったが、そんな風に見える。

「どうした?スズエ」

 ランと手を交互に見る私に、ランが僅かに頬を染めた。足元のラインも気になるんだよなぁ……。

 そこまで考えて、ハッと私は気付く。ランの手を握ると、彼は挙動不審に陥った。

「な、なんだ急に!?」

 私が事情を説明するまでもなく、扉が開く。やはり……。

「ここは二人で入る用の部屋だったんだよ」

「な、なるほど……?」

 納得したような反応をしているが、がちがちだ。

「どうした?ラン。そんな緊張してるととっさに動けないぞ」

「誰のせいだ……」

 真っ赤にしているランに首を傾げながら、私達は中に入る。

 そこはメルヘンチックな部屋だった。

「あ、お客さん……スズエちゃんに、ラン君だ」

 女の子が私達を見て、笑顔になる。この子から敵意は感じられないが……。

 今、紅茶を淹れてくるねと言って、彼女はどこかへ行ってしまった。

「今のうちに探索しよう」

「あぁ」

 私はベッド側を調べる。すると、後ろから気配を感じた。どこか、ためらっている雰囲気だ。

(……やりたければ、やればいい)

 私は気付かないふりを続けた。この程度の気配に気づかないほど、私は落ちぶれてはいない。伊達にサムライ女などと呼ばれていないのだ。

 引き出しの中にある絵の具を見つけたところで、

「なにしているの?」

 あの女の子に話しかけられ、驚く。彼女は私の持っている絵の具を見て、「それ、欲しいならあげる」と笑った。

(……この子、敵、だよな?)

 紅茶を受け取りながら、観察を続ける。ランは「毒は入ってなさそうだぜ」と告げた。どちらなのだろう?シナムキのように、中立的な立場なのか?それとも……。

「えっと……ここはなんだ?」

 私が尋ねると、その女の子は「ここは相談室なの」と答えた。

「君は……」

「一応、妨害者ではあるんだけど……ワタシ、ここで人の話を聞く方が好きなの」

 ……つまり、今のところ攻撃はしないということか。だが、警戒はしておかないといけないだろう。

 私も紅茶をすする。……確かに毒は入っていない。何も分かっていない以上、下手に刺激しない方がいいのだ。

「スズエちゃん、なんでアイト君があなたに執着するか知ってる?」

「……いや」

 突然聞かれ、私は首を横に振る。

「それはね……あなただけは、特殊だからなの」

「どういうことだ?やはり、私が覚えていないだけで……皆の、敵なのか?」

 ランがいることも忘れ、私は聞いていた。それならば、いっそ死んだ方がマシだったから。

 しかし、彼女は首を横に振った。

「いいえ。確かにそんな世界もあったのかもしれないけど、あなたは皆の味方。「正の異常者」と呼ばれるように、あなたは正義側の人間だよ。……だからこそ、アイト君はあなたに執着する」

「悪側の人間なのにか?」

「悪側の人間だからこそ、だよ。あなたは、ワタシ達みたいな悪側にとってはまぶしすぎる。他人のためならば、自己犠牲も一切厭わないから。……己の「生」に執着しないあなたが、どれぐらい絶望するのか。そしてどれぐらい「生」に執着するのか試したいのよ。そのためだけに、あなたはこの舞台に呼ばれた」

 ぜつ、ぼう……。

 絶望なんて、何度もしてきた。弟を失い、兄を失い、人殺しの罪を背負い……もうすでに、希望なんてない。

「……なら、「私のための舞台」というのは……どういうことだ?」

 レントさんがビデオの中で言っていた言葉を言うと、彼女は微笑む。

「それは教えられない。ただ、一つ言うとするならば……恐らく、あなた達は解釈違いを起こしている」

 解釈が違う……。そういえば、ユウヤさんも言っていた気がする。

 ――私のこの、力は……?

 なんで強くなっているんだ?何の関係があるんだ?

「ラン、あなたも自分を見つめなおせるよ」

「は……?」

「あなたにとって、彼女は目的のためのペア?それとも、仲間?」

 そう聞かれ、ランは黙り込む。どういう意味か分からないが、やはり目的があるようだ。

「紅茶、ありがとう。また来るかもしれない」

 私が立ち上がると、彼女は「うん。いつでも来ていいよ。ここはそういう場所だから」と笑った。

 部屋から出ると、ランが「どういうことだったんだ……?」と首を傾げていた。

「……私も正直、よく分からないな」

 彼女の話が本当であるなら、私は本当に皆の敵ではないし、どれかに対して解釈違いがある。そして……私だけは、皆とは全く別の理由でこのゲームに参加させられている。

(心当たりがないが……)

 だが、事実として忘れていることもあるのだ。だから一概に否定しきれない。

 それに……なんとなく、分かっているから。

「……モニター室に行こうか」

「あ、あぁ」

 後から考えよう。ここで茫然と考えていても時間の無駄なのだから。

 私達はモニター室に向かう。そこにはケイさんとナコ、ユウヤさんとタカシさんがいた。私はキーボートを見てみる。

「な、なんかありそうか?」

「……待って、解けるかもしれない」

 私がカタカタと触っていく。

 ――ここをこうして……これをこうして……。

 すると、何かのパスワードのところまで辿り着いた。

「ユウヤさん、この文書が解けそうです!」

「本当!?」

 私の報告に、ユウヤさんは顔を輝かせた。

「はい!あとはパスワードさえどうにかすれば……!」

「…………っ!」

 その時、ケイさんが息を飲んだ音が聞こえてきた。彼が見ている画面を覗くと――ゴウさんが、マイカさんに背中から刺されている画面が映った。場所は……人形達と初めて出会ったあの場所。

 画面越しでもフウやキナの悲鳴が聞こえてくる。

「行きましょう、ケイさん」

「……っあぁ」

 私達はすぐに、その場所に向かった。

 そこでは、倒れこんでいるゴウさんと、茫然としている子供達の姿があった。

「なにしてるのかなー?」

 ケイさんがマイカさんに近付こうとしたが、私はそれを手で制止する。そして、私は静かにゴウさんの傷口を見る。そしてこれならと上着を脱ぎ、その怪我を圧迫する。

「ユウヤさん、すみませんが救急箱を持ってきてください」

「あ、うん……」

 血が止まらない……刺さりどころが悪かったのだろう。

 ユウヤさんが救急箱を持ってきてくれたため、私はひとまず包帯を巻く。そして、ユウヤさんに彼を見ておいてほしいと頼んだ。

「マイカさん」

「な、なに?」

 私が振り返ると、彼女はビクッと身体を震わせた。きっと、何を言われるのか分からないからだろう。

「腕、見せていただけませんか?怪我されているでしょう?」

「え……」

 予想外の発言だったのか、マイカさんは恐る恐るといった感じで私に腕を見せてくれた。……うーん。これじゃ指はまともに動かせないかもしれない……。

「……少し待っててくださいね」

 私は工具箱を持ってきて、おじさんから教えてもらったことを頭から引っ張り出して、そこを「治し」始める。

「……あ、あの。怒らないの……?」

 他の人達から怒気を感じる。だから、怖いのだろう。

 でも、私は首を横に振った。

「……私は怒るつもりなんてありませんよ。何か理由があるのでしょうし。そもそも、間接的とはいえ、五人も殺している私に怒る権利も、命乞いをする権利もないでしょう。少なくとも私は、殺されても文句なんて言えない」

 特に、ミヒロさんは私が殺したも同然だ。彼に入れなければ、死ぬことはなかったのだから。

 マイカさんは俯いている。私はただ黙々と治し続けていた。

「指、動かせますか?」

「……うん。大丈夫」

「よかった。修理はシルヤの方が得意なので……」

 出来ないことはないが、シルヤの方がこういった関係は器用だ。まさに二人で一つ、だったのだ。

 ――シルヤ……。

 いや、思い出している暇はない。

「スズエさん!ゴウさんの血が止まらない……!」

 ユウヤさんが私に叫んだ。もしかしたら失血死してしまうかもしれない……。

「……っ。……仕方ない」

 本当はあまりやりたくなかったのだが……命がかかっているとなれば、仕方ない。

 私は落ちていたナイフを拾うと、それで自分の手首を切った。

「なにやってるの!スズエ先輩!」

 ナコの声も気にせず、私はゴウさんの傷口に血を落とす。すると、光が溢れた。

「……え?」

 それが収まると、ゴウさんの傷口は塞がっていた。私は自分の血をなめながら、「よかった、間に合った」と呟いた。

「な、何があったんだ?」

 レイさんが聞いてくる。

「――血療だよ」

 それに答えたのは、ユウヤさん。そうか、彼はこの力のことを知っているのか。

「彼女に流れる血は……他人の傷を癒す力を持つんだよ。大昔、その血を巡って争いが起こったぐらいだ」

 淡々と、彼は説明していく。

 私はその体質ゆえに、他の人達から恐れられた。避けられた。だからいつしか、私は一人を好むようになった。だって、一人なら怪我をしても誰も見ないでしょ?

「なんでそれを隠してたの?」

 レントさんが尋ねる。なんでって、答えは一つだ。

「……だって、怖いでしょう。こんな……ばけものなんて」

 拒絶される。分かっているのだ。今まで同じように力を持つシルヤと親友のサチしか、受け入れてくれなかったから。ユウヤさんは知っていたからこうして味方でいてくれているけど……。

「……っ、ばけものじゃないよ!」

 でも、ユミさんが叫ぶ。

「スズエはばけものなんかじゃない!確かに驚いたけど、ちゃんとした人間じゃん!」

 人間、か……。

「……こんな、生きながらにして死んでいるような奴が、人間とは思えないですけどね、私は。あなた達の方がよっぽど人間らしい」

 そうやって、生に執着出来る人形達の方が。死にたくないと思える彼らの方が。

「本当に……羨ましい」

 人間らしい皆が。

「……ペアを殺すことが目的のオレが言うのもなんだけどよ……命は大事にした方がいいぜ?」

 ランのその言葉に、私の中で何かが切れた音が聞こえてきた。

「希望のない人間にどう生きろって言うんだよ!唯一の理解者だった大事な弟を死なせて、生き別れていた兄貴を殺して!これ以上私にどうしろって言うんだよ!これ以上何を失えって言うの!?」

 気付けば、そう怒鳴っていた。生まれてこの方、こんな感情のままに怒鳴ったことはなかったのに。

「私達が、何したっていうの……っ!私だってもう、疲れたんだよ……っ!」

 ここまで言って、しまったと思う。ここには幼い子たちもいるのに、こんなこと言ってはいけないとすぐに思い至ったのだ。

「……ごめん。少し冷静さを欠いた。頭、冷やしてくるから探索する時は声をかけて……」

 頬に伝う何かを拭い、私は皆から少し離れた壁にもたれかかった。どっと、疲れが溢れてくる。

 ――会いたいよ、シルヤ。

 早く、お前に抱きしめてほしいよ。「頑張ったな」って、そう言って頭を撫でてほしいよ。私も、同じようにやりたいんだ。「痛かっただろう」って、「苦しかっただろう」って、労わってあげたいよ。

 兄さんとも、もっと話したい。「ありがとう」って、「好きだよ」って、言いたいんだ。

「お願い、許して……シルヤ、兄さん……」

 小さく呟いた声はやはり、どこにも届きやしない。

 しばらくして、ユウヤさんが近くに来た。ランはどうやら、ケイさんと話をしているらしい。

「スズエさん、その……大丈夫?」

「……えぇ。さっきはごめんなさい。怒鳴っちゃって……フウとかキナを、怖がらせてしまって……」

 頭を下げると、彼は「ボクは大丈夫だよ」と笑ってくれた。

「それに、ちょっと安心したよ」

「安心……?」

「うん。初めて君を「人間らしいな」って思ったんだ」

 人間らしい……か。確かに私は人間らしくないけれど。

「スズエさん、浮世離れしていたからね。ボク達にあんな感情的に怒るなんてしたことなかったから驚いたけど、同時に安心もしたんだ。ちゃんとした人間なんだって」

 彼は私の頭を子供にするように優しく撫でてくれた。

「たまには甘えていいんだよ。無理し続けたら、本当に潰れちゃうから。特に君は、大事な人を亡くしたんだ。もう少し休んでも誰も文句なんて言わないよ」

「……でも」

「多少感情を出した方がフウ君達も心配しないよ」

 ねっ?と小さい子に言い聞かせるように笑いかけられる。それで、思わず聞いてしまった。

「……私、あとどれぐらい強がればいいんですか……?」

 その質問に、ユウヤさんは驚いたようだったけど、

「……もういいよ。もう、強がらなくていい。君だって、まだ子供なんだから」

 そう言って、優しく抱きしめてくれた。

 その時、誰かが抱き着いてきた。

「姉ちゃん!大丈夫ニャ!?」

「フウ。大丈夫だよ。ごめんね、怖がらせたよね」

 私は目線を合わせて、フウに謝る。自分で言うのもなんだが、今まで感情的に怒らなかった人間がいきなり怒鳴ったら怖いだろう。しかし、フウは首を横に振った。

「ううん、大丈夫ニャン!ちょっと驚いたけど」

 そして、いつも抱えているニャンチャンクッションを差し出し、

「これを触るといいニャン!スズ姉ちゃんには特別に触らせてあげるニャン!」

 そう言ってくれた。私は笑って、

「……そうか。なら、お言葉に甘えて」

 それを受け取る。実際に触ってみると、

「……柔らかいな」

 ムニムニしていて気持ちいい。フウが気に入るのが分かる。

「うん!柔らかくて伸びるんだニャン!」

「枕によさそうだな」

「ニャ!?それはダメ!ニャンチャンは友達!」

「冗談だ、半分は」

「半分は本気なのかニャ!?」

 フウとじゃれていると、キナも近くに来た。

「フウ君だけずるいです!わたしにも構ってください!」

 擦りついてくる二人に私は笑った。

「……フウ、そのニャンチャン、すごく大事にしているんだな」

 私が言うと、彼は「うん!」と笑った。

「だって、「お友達が出来ない」って言った時に、おかあさんが買ってくれたんだニャン!これを買ってもらってから、お友達が増えたニャン!」

「そうなんだな」

 彼の母親はさぞいい人なのだろう。きっと理由があって、このクッションを買ったのだから。

「でもね、おとうさんもおかあさんもいつも忙しそうにしているニャン……」

「……それは、寂しいな」

「ぼくを大事にしてくれてるのが分かるから、平気ニャン。きょうだいもいて楽しいニャン」

「きょうだいがいるのか?」

 フウはニコニコしている。答える気はないらしい。これ以上聞かなくてもいいかと私は彼の頭を撫でた。

「キナも、姉がいたんだよな」

「はい。お姉ちゃんはとっても優しくて、いつもアイスを一緒に食べてたんです」

 そんな姉を奪ったのだから、誘拐犯……「モロツゥ」も酷いものだ。

「あの……髪、触ってもいいですか?」

「あぁ、別に構わないぞ」

 許可を出すと、キナは私の髪を触った。

「サラサラしてます……。お手入れはされているんですか?」

「これと言ったことはしていないな。面倒だし、パソコンをかかっている方が好きだからな」

「それにしてはお肌も綺麗です……。羨ましいです」

 確かに、他の女子からかなり羨ましがられた。そんなにいいのだろうか?私にはよく分からないのだが。

 その時、ランとケイさんが来た。ランは少し気まずげにしていた。

「探索、続けるか?」

 気にせずに私が聞くと、ケイさんが「それより君達は、互いの理解を深めるべきじゃないかなー」と言った。

「君達は同じ高校生だからねー。もう少しゆっくり話してみなよー」

「そ、それじゃあわたし、少しあっちに行っていますね」

 その場に、二人だけで残される。しばらく沈黙が続いたが、

「……とりあえず、座るか」

 ランがその沈黙を破った。私は頷き、壁を背に座る。

「その……さっきは無責任なことを言って悪かった。大事な人亡くして、すぐに立ち直るなんて出来ねぇよな……」

「いや、こっちも悪かったよ。いきなり怒鳴ったりしてさ……八つ当たりだって言われても文句は言えないよ」

 また沈黙してしまった。どの話題を出すべきか悩む。

「……なぁ、シルヤの話、もっと聞かせてくれよ」

 しかし私が出す前に、彼が言ってきた。

「あぁ、いいぞ。

 あいつはさ、小さい時は私の後ろをついてきていたんだ。身長も私より低くてな、可愛かった。それに、泣き虫だったんだよ。私より身長が高くなったのは小学三年ぐらいだったかな?すっごく喜んでたな、あいつ」

「まぁ、双子の姉貴の身長越したら嬉しいだろうな」

「それから、私の髪を触るのが好きだった。入院していた時一度だけ、髪の毛をばっさり切ったんだが、その時ものすごく泣いてしまったんだ。「スズ姉の髪の毛が短くなったー」って。それ以来、どんなに短くしても肩より下の方で整えるようにしているんだ」

「あー、だから髪の毛長いんだな。手入れ大変そうだと思ってたけど、そんな理由があったのか」

「あとはからかわれることが多かったな。仲がよくて苗字が違うから、いつも「付き合ってんだろ」って言われて、そのたびに「姉弟なのにね」って笑い合っていたんだ」

「まぁ、男女があの距離で親友は、他の人から見たら異常だからな」

「ふふっ、そうだね」

 そこまで話して、私は遠くを見つめる。

「……本当にシルヤ、もういないんだなぁ……」

 小さく呟く。頭では分かっていたハズなのに、受け入れられない。

「……本当は私が、守ってあげなきゃいけなかったのに……」

 姉として、シルヤを守らないといけなかったのに。なんで、それが出来なかったのだろうか。私に、弟を守ることは許されなかったのだろうか。

「……別に、お前のせいじゃねぇだろ」

「えっ……?」

 ランに言われ、私は彼の方を見る。ランは真剣な目で私を見ていた。

「シルヤはさ、お前を守ってやりたかったんだよ。お前が助けてくれるって分かってて、でも死なせたくないって。きっと、そう思ったんだ」

「……本当に、あいつらしいな。お人好しすぎる」

 昔からそうだ。困っている人がいると助けてあげなければ気がすまなくて、捨て猫がいたら飼えないって分かっているのに拾ってきてしまって……。どこまでも、優しい弟だった。

「お前の真似だろ?」

 その言葉に、私は目を見開いた。私の、真似?どういう意味だ?

「お前もきっと同じことするって思って、シルヤはそうしたんだよ。オレにはきょうだいなんていないからよく分かんねぇけど……シルヤと同じ立場なら、お前に生きていてほしいって、そう願う。今まで自分のために時間を費やしてくれてありがとうって、そう思うよ。だって、お前はずっと弟のために身を削っていただろ?」

「……そう、か。そんな、ものなのか……」

 雫が落ちる。ランは私の頬に伝う涙を拭ってくれた。

 あの時……まさに、身が裂かれる気分だった。いや、実際に裂かれた。だって、私達は二人で一人だったから。片割れがいなくなって、私は「私」じゃなくなった気がした。

 でも……そうか。私があいつを想っている限り、あいつは生きているのか。

「……なぁ、今度はお前の話を聞かせてくれよ」

 私がそう言うと、ランは「面白い話は出来ねぇよ」と笑った。

「……オレの母さんはさ、オレを産んだ時に死んだんだ。親父は親父で、酒にギャンブルにって、ロクな親じゃねぇ。小さい時から、家事はオレの役目だった」

「だから、料理が上手かったんだな。男の子なのにえらいな、家事をするなんて」

「そう言ってもらえてうれしいよ。……そんなんだったから、家には借金取りがよく来るんだ。高校に行けたのも、運がよかったよ。学費は爺さんと婆さんが出してくれてさ」

「……なるほど。私は、親が仕事人間だから必要なお金だけ置いていっているような状態だよ。だからバイトをしていたな」

「オレもしてみたいと思ってるんだけどな、何せ親父がうるせぇし、金を稼いだら多分奪われるからな。漫画とか、爺さんと婆さんからもらった小遣いで買ってる」

「どこまでも最低な父親だな……どうやったらそんなクズのような父親からお前みたいに立派な息子が生まれるんだ……」

 なんて、それはシルヤとエレン兄さんにも言えることだが。なんであの両親からあの素晴らしい兄弟が生まれるのだろう……。

「……私達、似ているな」

「そうだな。……ありがとう、話、聞いてくれて。父親の話なんて、今まで誰にもしたことがないんだ。……生きて、お前に会えたらよかったのに」

 彼の、切なる願いは地に落ちた。

 まぁ、そんな父親など誰にも言いたくないだろう。私だって、そんな親、他人に話したくない。

「……オレがさらしを巻いている理由は」

「うん?」

「父親から、暴力を受けているからなんだ。あのクソは見えるところに痕を残さねぇ。この身体は痣だらけなんだよ」

「……家庭内暴力か。大人はよほどのことがないと助けてくれないもんな……」

 自分が経験していることだ。親が家に全くいないのはおかしいのではと小学生の時担任に言われたが、あの両親は一切聞かなかった。すぐに諦めたのか、担任はもう一度言うことはなかった。

「……そうだな。顔とか腕には殴ってこねぇから……言うに言えないんだ、オレも」

 身体を見せるわけにもいかないだろうし、見せたところで取り合ってくれるかも分からない。それに、親に知られるんじゃないかと怯えてしまうものだ。だからこそ、子供はそんなことがあってもなかなか言い出せない。その恐怖を知っているから。

「なんか、楽になった。少し話すだけでもいいもんだな」

「あぁ、確かにな」

 私も、心が軽くなった。二人で笑い合う。

「ありがとう、「相棒」」

「は……?」

「何を驚いているんだ?お前は私の、最高の相棒だろ?」

「でも、オレ、お前を裏切るかもしれないんだぞ……?」

「別にいいさ。それは私の見る目がなかったってことだからな」

 私が手を差し出すと、彼は恐る恐る握った。

 ……温かい。

 この手を、関係ない人の血で汚さないようにしなければ。

「……探索、始めようか」

「あぁ」

 私達は立ち上がり、ケイさんのところに向かう。

「話は終わったー?」

「はい。ありがとうございます」

「別に構わないよー。探索を再開するんだよねー?」

「そうですね。私達はモニター室に行こうと思います」

 そう言うと、「気を付けてねー」と送り出してくれた。

 私はランと一緒に、モニター室に向かう。その途中でランに呼び止められた。

「……なぁ、スズエ」

「どうした?ラン」

 私が振り返ると、彼は少し青ざめた表情をしていた。

「心臓の音と同じ機械音って、あるのか?」

「……は?」

 何を言っている?彼は。心臓の音と、同じ……。

「……そんなの、ない」

「え?」

「当然だろ?少なくとも今の技術では不可能だ。心音と同じ機械音なんて、録音でもしない限り……」

 ロボットに心音をつけるなんて、何年も先になるだろう。録音して埋め込んで、ギリギリ出来るかどうかだ。

「で、でも、オレ……」

「……失礼」

 私はランの手首に指をあてる。

 トクッ……トクッ……トクッ……。

(これは……)

 気付いてはいたけれど、間違いない。

 彼は――人間だ。

 だって、こんなにも心臓がはねているのだから。

「……………………」

「なんだ?」

「……ラン、実はお前だけを連れてきたのには理由がある」

 モニター室に着くと、私は真っ先に被害者ビデオを読み込んだ。

「これはユウヤさんにしか話していないことだ。――お前は、生きているんだ」

「……は?」

 わけが分からないと言いたげだ。私は言葉を続ける。

「お前は人形じゃなくて人間だと言っているんだ。……気付いてたか?人形の中で人間らしい言動をしていたのは、お前だけだったんだよ」

 寒いと言ったのは。飲食していたのは。手が、温かかったのは。彼だけだった。

 読み込んだのは、ランの処刑ビデオ。私はそれを元の映像に戻していく。するとそこに映っていたのは全くの別人だった。

「これ、は……」

 ランは目を見開いた。当然だ、自分は死んだものだと思い込んでいたのだから。

「私でなければ見逃していただろうね。ケイさんと一緒に見たんだが、彼は何の違和感も覚えていなかったみたいだし」

 まぁ、普通の人ならば騙されるということだ。

「なんで気付いたんだ?お前は……」

「声が若干不自然だ。機械音が混ざっている。壁に飛び散っている血もおかしいな。ガタイのいい……それこそケイさんとかゴウさんとか、タカシさんぐらいの男性じゃなければあんな跡にはならない。見る人が見れば分かるようなものさ」

 ユウヤさんにも見てもらったが、やはり彼もおかしいと思ったようだ。ユウヤさんは自営業でエンジニアをしている。だからこそ分かったのだろう。ようは、この場合多くの人が分からないようにすればいいだけだったのだ。

 ランは俯いていた。覗き込むと、

「……そう、か。オレは……「生きて」、お前と出会えたんだな……」

 彼は涙を流していた。私はその涙を拭う。いつも彼やユウヤさんがしてくれたように。

 ――あぁ、こんなにも……生きている。

 それがどれほど嬉しいか。

 ランが泣き止むと、私は機械をいじり出した。

「……やった、あったよ……。これで、首輪の設定をいじれる」

「ま、マジで?」

 ランが覗き込む。私は「ほら、これ」と見せた。

「でも、パスワードがかかっててペアの解除しか出来ないね」

「でも、ペア解除したら……」

「あぁ、皆が自由に動ける」

 それはかなり大きいことだ。

「ラン、そこのマイクで放送してくれ」

「で、でも、それだと敵にも知られないか?」

「私はハッキングも得意なんだぞ?」

「……ソウデシタ」

 私がペア解除の操作をする。そして、ランが放送をしてくれる。その間に私は再び操作出来ないように、設定をいじった。

「よし。これで一応自由行動が出来るな」

「あぁ。次は……」

「今日はもう休んだ方がいい。フウやキナの精神的なダメージが大きすぎる。それに、お前も休めていないだろ?」

 時間も十八時だ。休憩するにはちょうどいいだろう。

「スズエはどうする?」

「私はもう少し探索するよ。お前は先に休んでいてくれ。何かあったらすぐに来てくれ」

 ランがモニター室から出たことを確認し、私はもう少しいじってみる。

 ……人形の充電……。ミニゲーム……。

 色々な情報が出てきた。

 まず、ルイスマとシナムキは人形ではなく洗脳させた人間であること。カラダアツメのルイスマの人形は動かないらしく、どこかに保管されていると考えていた方がよさそうだ。

 それから、人形達が入っていた棺は人間か人形かを判別出来る機能があるらしい。首輪で判別するらしく、人間が入っていると青、人形が入っていると赤のランプが光るようだ。そして上の方には「人形……七 人間……一」と書かれていた。

 それから……このデスゲームの終わらせ方もあった。

(……私は……)

 どうすればいいのだろうか?

 モニターを見て、誰もいないことを確認した私はあの充電部屋の反対の部屋……人形部屋に入る。

「……意外と重いな……」

 私はそこにある人形を持ち上げようとするが、出来なかった。男の人の力を借りてようやく持ち上がりそうだ。

(これを使わないと……人形達の命がなくなってしまう)

 しかし、他の人達にそれを言うわけにもいかないし……。さて、どうしようか。

 時間はもう二十三時。私は一度モニター室から出て、図書室に向かう。相変わらず研究資料ばかり出てくるが、一つだけ異様な雰囲気を放つ本が置いてあった。中身は神話だった。しかも、私の母方の血筋のもの。

 ――そういえばちゃんと読んだことはなかったな……。

 ただ巫女の血筋であるということしか知らない。私はそれを読み始めた。


 昔々、村を守る巫女がいました。彼女は神の血を引いていました。

 彼女の血には、他人の怪我を癒す力がありました。また、全てを見破る目を持っていました。

 ある日、人々は食料を求めて争いを始め、彼女は絶望しました。そんな中で、彼女の流した血は死者をも蘇らせました。

 それを知った人々は彼女を巡ってさらに争いました。さらなる絶望を抱いた彼女は自ら死を選びました。しかし、死してなおその力を失わなかった身体は争いを激化させてしまいました。

 子供達はこれ以上人々が争わぬように、母の遺体を隠しました。朽ち果てることの知らぬその身体はずっとその力を宿していました。

 それから、同じ力を持つ女子は「巫女の生まれ変わり」と呼ばれるようになりました。


「…………」

 パタン、とその本を閉じる。普段の私なら、こんなのただの神話だ、そんなわけないと笑い飛ばしていただろう。しかし、今の私には出来なかった。

 ――だって、その力を私は持っているから。

 自分の手を見る。この身体に流れる、血は……。

 もしかしたら私はもう、後戻り出来ないところまで来てしまったのかもしれない……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ