前編 トナカイさんは出てきません。
黎明です。
ささやかなクリスマスプレゼントとして短編小説を書こうとしたのですが
ブランクを考慮していなかったため執筆が遅れてしまいました……
後編は今年中に投稿します。
“聖夜”……この二文字を読んだ人の多くは十二月二十四日、クリスマスイブを頭に思い浮かべるだろう。
宇宙の法則と同列に扱うべき存在で、決して揺るぐことのない常識である。
しかし、その常識が商業主義に汚染され、形骸化してしまっている事も局所的には常識となっている。
そんな形だけの存在と化した者が座る玉座を狙う存在が現れるのは予定調和だ。
この物語はそんな予定調和の一ページである……
《十二月二十三日》
街はすっかりクリスマスムードだ。
灰雪が舞い、家の前にはリースが飾られ、カップルがそこら中でイチャついている。だがしかし、万年クリぼっちである私、小泉若葉にとって、クリスマスまであと二日である事などどうでもよかった。
そんな中、突如として“十二月二十四日、盟夜開幕!”と書かれたビラが降ってきた。
突然の出来事に戸惑う人々、しかしこの状況下でもバカップルどもは人目を気にせず抱き合っている。あぁ鬱陶しい。
ビラの量と勢いは、槍の雨と形容するに相応しい程だった。そんな事象が数分続いたのだから堪ったものではない。
ビラの雨が止んだので辺りを見渡してみると、その場の人々(バカップルを除く)は皆「“盟夜”とは何か」という疑問を胸に抱いている様だ。
幾分か時が過ぎ去った後、街にある広告用のスピーカーからジングルベルのメロディが流れ始めた。
「えー……皆様、先ほどはお騒がせ致しました。私の口からお詫びを申し上げますと共に、戦夜について説明をさせていただきます。
私のことは“ベル”とお呼びください」
続けて流れてきたのは加工された音声だ。辛うじて男性の声だとわかる。
「盟夜とは“渇望を叶える場”、一般市民の中から選ばれた者一名と、我々の代表“サンタ”の二名で行う一対一の遊戯の総称でございます。そして当然の事ながら我々の設けたルールに則った上で行われます。一つ目のルールは……」
ベルと名乗る男から告げられた盟夜のルールは、
・戦夜は挑戦者と我々の代表“サンタ”の一対一で行う。
・挑戦者が勝利した場合、実現可能な範囲で願いをかなえることが出来る。
(法に触れるモノはアウトらしい)
・戦夜の様子は某動画サイトにて配信される。
といった旨だった。
「どうせ暇だし明日は配信を見て過ごそうかな」
この時の私はそんな事しか考えてなかった。
《十二月二十四日》
「レディィィス! アンド! ジェェントルメェェェン!!!」
司会の声に呼応して歓声が響き渡る。
「今回の挑戦者のォォォ! 入場だァァァァ!」
「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
男子校のノリと言ったらよいのだろうか、言葉を選ばずに言えば“暑苦しい”。
男子校出身でもなければ、暑苦しい雰囲気が好きな訳でもない私が、こんなところにいる理由は極めて純一だ。
……私が盟夜の挑戦者に選ばれてしまったのである。
〈WAKABA KOIZUMI〉と私の名前が記載されているチケットを黒服に渡し、入場ゲートをくぐった。
そしてそのまま用意されていた椅子に腰かける。
先程使ったチケットは、昨晩ポストに入っていていたものだが、何故住所が知られていたのか……という点については考えず、
今は「願いを叶える」という一点のみに集中することにした。
入場ゲートの方へ目をやってみたが、サンタはまだ入場してくる気配がない。
「どんなゲームで対戦するのだろう」
そんな事を考えているうちに、サンタが入場してきた様だ。
「……」
会場に静寂が訪れる。ボルテージはそのままに、何かへ期待を寄せている様子だった。
やって来た対戦相手は筋骨隆々の大男で、おまけにサンタのコスプレまでしていた。
怪しげな集団の代表というだけの事はあるな。
「暴れん坊の~サンタクロース♪ クリスマス前~に、殺って来た☆」
絶望的なセンスの替え歌を歌った後、彼は私の方へ手を伸ばしてきた。握手を求めている様だったので、私も手を伸ばし彼の手を握った。
「ようこそ挑戦者、小林ちゃん…だったカナ?」
「“小泉”です」
すかさず訂正、小林と呼ばれたのは何年ぶりだろうか……
「それではァァァァ! 挑戦者ァァァ!
まずは意気込みを聞かせてもらおうかァァァァァァ!」
思考の刹那、いつの間にか傍へ来ていたマイクマンが私にマイクを差し出す、ここは牽制の意を込めて強気にいこうと考えた。
「えっと、どんなゲームが待ち構えているのか知りませんが、私はあんなダッサイ替え歌を歌う奴なんか眼中にありません。
私が考えていることは一つだけ、ゲームに勝利し、数年前から行方をくらましている私の幼馴染である“荒神新樹”に再開する……という願いをかなえてもらう事だけです」
そう、私はもう一度彼に会わなければならないのだ――