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死神様に会いたくて  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第7部分 ケース5 ミチコの場合

第7部分 ケース5 ミチコの場合


 ミチコ、52歳、専業農家の主婦。夫コウジをつい最近失くしたばかり。朝起きたら2m向こうで冷たくなっていた。運動も得意で、当時の趣味はサーフィンとテニスだった。今の生活には変化も娯楽も少なく、あんなに好きだった夫もすっかり平凡な農夫に還ってしまって、ときどき結婚自体を後悔することがある。


 ミチコは元OL。会社を辞めて故郷で農業を継ぐという夫に拝み倒されて農家の嫁に入ったのだった。

『田舎で自然を相手にのんびり暮らそう。おまえを大事にするって約束する。結婚しよう』

約束どおり大切にはされたが、ノンビリとはしていられなかった。別れを言い出す前に子どもが出来た。


 子どもが産まれてしまうとその世話に忙殺され、さらに2番目3番目が続いた、ふと気づけば夫が亡くなり、子どもは家の外へ巣立ち、あとは夫のジジババの世話と農家の経営だけが待っている気がする。


 当初はトマトの水耕栽培を中心にして経営もそれなり順調だったが、近頃はライバルの参入が相次いで買いたたかれることが多くなり、さらに重油の値上がりに追いついていけなくなってきた。会計簿には赤い字が目立ち、もう見るのもイヤになってきた。もともと農業の知識があったワケではない。


「アタシの一生って何なんだっただろう」

快活だった表情と言動が影をひそめ、うつむいて考えこむことめっきり多くなった。


 そんなとき、思いがけない訪問者があった。

『奥さん知らなかったの。3000万円、利息を含めると、ざっと3600万円ね』

「えっ、そんな。私何にも聞いていません。そんな大金無理に決まってるでしょう」

『でもちゃんと旦那さんの署名捺印があるんだよ。連帯保証人の、ほらここに』

「知りません、帰ってください」

『こちらもガキの使いじゃないんだよ。じゃ2週間後までに振り込みよろしくね。名刺ここに置いたよ』


 その晩、ジジババに相談した。

『おまえ、そんな。コウジに聞いてなかったのか。ワシは知らんぞ』とジジは言い放つ。

『夫婦なら知らないわけないでしょ。アナタが始末しなさい。家のお金はダメよ』ババのトドメの一撃。

「聞いてません、ホントなんです、信じてください。お金なんて無理です」


 夜独り泣きながら布団に入った。以前からの農家だから風通しだけは妙に良い。あ、そうだ。倉庫の奥に使い残しのアレがあった。危険すぎて処分に困っていたアレ。


『ふふふ…』

闇の中で含み笑いが聞こえた気がした。死神様が迎えに来ているのかも知れなかった。

「ちょっと待って、ちょっとだけ」


 倉庫に忍び込んでみた。奥に仕舞い込んであった茶色の瓶を手に取って… 中には農薬パラチオンが波を立てている。


 ん? ちょっと待って…

急に気が変わった。なんでアタシがここで責任とらなきゃいけないの? 


ミチコは財布を確かめ、自動車に乗った。実家に寄ってから当面失踪するつもりになった。


アタシ、知らないっ… 

不肖の息子の責任は、不肖の両親が取るべきだわ…


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