1 お見合い
私の家は老舗の蔵元です。後継をしてもらうために婿養子に来て欲しいのですが、今どき婿養子なんて…… しかし、取り敢えずなんとかしないと…… 今からお見合いです。
今日はお見合いの日です。私、木村郁美は三十二歳独身なのです。それは何故か、私の家は先祖代々の酒蔵で私の父が七代目なのです。しかし、私は女性なので婿養子をもらって八代目をお願いしないといけないのですが…… この話を出すと、ことごとく断られてしまいます。大体、今時婿養子なんて無いよね! そんなわけで、私はお見合いをするため馴染みの料亭華へ行きます。
「郁美さん待ってましたよ!」
「恵子叔母さん、本日はありがとうございます」
叔母さんは微笑んで……
「良いのよ! あなたには早く幸せになってもらいたいから」
「あれ、郁美! なにやってるの?」
友人の山川瀬菜と平泉明奈です。この二人は同級生なのですが結婚していて子供もいます。
「ひょっとして今からお見合いなの、綺麗な格好で!」
私はお気に入りのリボンの付いた淡いブルーのワンピースと花柄にカットの入ったシルバーのパンプス、それに淡いグレーのハンドバッグです。
「なるほど、でも大丈夫? あの話になったら……」
そうなんだよね……
「まあ、郁美は綺麗なんだから大丈夫だよ! 大体今まで相手がいなかったのが不思議なくらいなんだから」
二人はそう言ってくれるけど……
「郁美、ガンバ!」
「うん、それじゃ頑張って来るね」
そう言って料亭の中へ入ります。綺麗なお庭が見えるお座敷に通されお茶を頂いている時、お相手の方がお見えになりました。
「遅れてすみません」
「いえ、私達も今来たところですよ。さあ、新城さんこちらへ」
お相手の方は新城弘樹さんという方で年齢は三十四歳、私より二つ年上で市役所の職員さんだそうです。
「とても綺麗な方ですね」
まあ、お世辞でも嬉しいですね。趣味はドライブとか……
まあ、在り来たりか!
「郁美さん、ご趣味は?」
「あっ、私もドライブです。よく友人と行くんですよ」
そう言ったのが良かったのか、二人でいろいろ話をしました。
「それじゃ郁美さん、私はここで、新城さんあとはお願いしますね」
そう言って恵子叔母さんは先に帰って行きました。私達は食事をしながらいろんな話をして盛り上がりました。新城さんはとても優しく一緒にいて楽しい人だと思いましたが……
「新城さん、うちの家のことはご存知ですか?」
「ええ、老舗の酒蔵を経営されてるのは知っていますよ」
たぶん、叔母さんは婿養子の話はしていないんだろうな……
ここですべての話は終わってしまいました。やっぱり叔母さんは婿養子の話はしていなかった訳です。もちろん婿養子にはなれないという事でした…… 恵子叔母さんちゃんと話しといてよ……
「ただいま!」
「あっ、お帰り! 早かったのね」
「そうね、いつも通り断られたから…… 恵子叔母さんに言っといて!」
私は部屋へ行くなり溜息です。はあ…… これじゃ駄目だ。これじゃ一生お嫁に行けない…… 私は部屋で寝っ転がっていました。
「郁美いる?」
瀬菜と明奈が来てくれました。
「どうだった?」
「上手くいったようにみえる?」
二人はたぶん心配して来てくれたんだと思うけど…… 半分楽しんでるよね! だって終始笑顔で笑ってるもん。
「ねえ、お茶でもしようよ!」
「嫌だ! 外に出たくない」
「いつまでそうしてるつもり!」
「だって……」
「ほら、行くよ」
私を無理矢理外に出すつもりです。私は少し抵抗します。
「もう! あなたの名前みたいに行くよ!」
「私は郁美です!」
「どうでもいいから、ほら、もう……」
そう言って強引に無理矢理部屋から引っ張り出されました。もう、仕方ない付き合ってやるか!
「叔母さん、郁美を借りますね!」
「ええ、どうぞ好きにしてね」
「ちょっと、お母さん!」
全くなんて事だ!
そして、私達がやって来たここも馴染みの喫茶店杏子です。
「実は郁美に見せたい物があるのよ」
瀬菜が一枚のチラシを見せます。
「なにそれ、ユーネット?」
「そう、婚活サイト! 週に二人紹介してくれて、お互い会ってみたいと思ったら連絡先が送られてくるの」
「なに、瀬菜はやった事あるの?」
「そんな訳ないでしょう! 私達には必要ないから、ほらここに書いてあるじゃん」
私は胡散臭そうにチラシを見ます。
「でも、有料なんでしょう」
「当たり前でしょう! 今どきなんでもかんでも無料な訳ないでしょ」
まあ、確かにそうだけど…… 私がチラシをずっと見てると……
「それ、あげるから検討してみたら」
瀬菜がウインクしながらそう言います。えっ、なに、どういう事?
「まあ、瀬菜が持ってても仕方ないもんね!人妻だし」
「あんたも人妻でしょう」
瀬菜と明奈はいつもこうです。本当、仲が良いのか悪いのか? 私がこんな事で悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。
「いらっしゃい郁美ちゃん! 相変わらず鬱陶しいの連れてるね」
「はあ、まあ……」
ちょっと困った顔をして見せます。
「マスター、誰が鬱陶しいのよ!」
マスターは明奈と瀬菜の手を振り払いながら注文を取ります。
「何にする?」
そう言っても定番はコーヒーか…… 私達はコーヒーを頼みました。
郁美ちゃん、姫雫を六本頼んでもらって良いかな」
「はい、毎度有難うございます」
ここの喫茶店もお得意様なんです。喫茶店で日本酒が出るとこは少ないと思うけど…… ここの店は私達が中学生の頃からあります。とは言ってもマスターも同級生で二代目マスターです。そういう事で何かあると必ずここに集まります。
「郁美、少しは元気出た?」
こういう風に言ってくれるのは明奈です。
「うん、有難う」
瀬菜と明奈はいつも私の話を聞いてくれます。私の大親友です。
うちに戻ると恵子叔母さんが来ていました。
「郁美さんごめんなさいね…… 私が婿養子の話をしてなかったから……」
「ううん、なかなかそういう人って難しいと思うから……」
「また、良い人紹介するからね」
私は部屋に戻って瀬菜からもらったチラシを見ます。
「うーん、駄目元でやってみようかな…… 恵子叔母さんばかりに頼っていられないし」
そう思ってお試し入会する事にしました。
入会して数日後、うちのお店の手伝いをしている時、私のスマホにメールが来ました。確認すると二人の男性の紹介があり下の名前と簡単なプロフィールが書いてあります。とにかく会ってみないと分からないので、会いたいと返信しましたが、次の日にお断りされました。なんじゃこりゃ…… でも、まあ最初から上手くは行かないでしょうと思っていました。
次の日は春のイベントの案内が有りました。こういうのも良いかな! ということでイベントに参加する事にしました。
イベント当日、会場はガーデンホテル城北の一階の大広間です。ここで会食をしながら参加者の男性とお話をするのですが、立食形式は慣れないので疲れます。
その時、料理を撮りに来た男性が不器用そうにしてるので……
「あっ、私がやりましょう」
そう言ってお料理をお皿によそってあげました。彼は頭を下げて行ってしまいました。
「あっ!」
思わず声が出ましたがしょうがない、かな……
しかし、しばらくしてさっきの男性が戻って来ました。
「良かったら一緒にワインでもいかがですか?」
酒蔵の娘にワインを勧めるとは…… でも初対面だし、知らないからね!
「あの、僕は北御門清政です。あなたは?」
そう訊かれたので……
「私は木村郁美です」
そう答えたら……
「良いお名前ですね」
なんて言われましたけど、この男性こういうところに慣れていないなと思いました。だってワイングラスの持ち方とかなってないんだもん。酒蔵の娘だってそのくらいは知ってるのに。私は彼の手を握ってホールの端に連れて行きました。
「あ、あの……」
「少しは落ち着きましたか?」
「あっ、すみません。こういうの慣れなくて」
それから私達はイベントの最後まで一緒に過ごしました。
「今日は楽しかったです。有難う。あの、もし良かったら、今度ドライブに行きませんか?」
そう誘われてしまいましたが……
「一応、ユーネットを通しましょう。私は十四番の木村郁美ですので……」
すると彼はニッコリ微笑んで……
「僕は十五番の北御門清政です。お返事を待っています」
「私も!」
そう言って、私達はその場を別れました。
翌日、私は父に言いました。
「お父さん、この蔵元の八代目は私が継ぎます」
それを聞いた父も母も突然の事に驚いていました。女性である私が八代目になるという事ですから……
「しかし、おまえ、蔵元を継ぐのは代々男なんだぞ……」
父はそう言いますが……
「今までみたいに婿養子を探しても、経験の無い人には無理でしょう。それに、私だって好きでもない人と結婚なんて嫌だから……」
父は呆気に取られていますが、母はどうやら違うみたいです。
「そうね、そんな昔気質のことを言っても今の世の中じゃ通用しないかもね! お父さん良いんじゃない、七代目で終わるより八代目を郁美にして続けた方が」
父は、困惑していましたけど、その日の夜に……
「おまえに少しづつ教えるから着いて来いよ」
そう言ってもらいました。よし、頑張らないと…… するとユーネットから正式に北御門さんを紹介されました。あとは連絡を取って正式にお付き合い出来るといいな……
八代目蔵元を父に許してもらいましたが、本当に大丈夫かな…… でも、結婚だって好きな人としたいし、蔵元だってそんなに簡単になれる訳ないけど…… でも、北御門さんと交際が始まる事だし、なんとか結婚まで行きたいところです。