犬も話せば癪に障る
ワン公が喋った。
最初は驚いたのだが、一時間もすれば気にならなくなり、普通に会話するようになっていた。だがこれまで言葉が通じていなかった分、言葉が通じたことでの抵抗はないとはいえない。
不思議な感覚だ。何を考えているか分からなかった関係だからこそ良い関係とも言えたのだろうが、今となっては普通に言葉が通じる。
「なあワン公。お前はこれまで私のことをどう思っていた?」
「犬で例えるならドーベルマンかな」
「犬で例えるな。というか何でドーベルマン?」
「そりゃ春妃は獰猛で恐ろしいからだよ」
「喧嘩売っているのか」
「すまないすまない。冗談だよ。春妃はプードルさ」
「犬で例えろと言っている訳じゃないんだが。まあプードルなら別に良いが……。というかワン公、もしかしてさ、たまに吠えたりしてるけど、あれって嬉しかったり警戒してたりしてるんじゃなくてさ、そんな感じで独り言呟いてたの?」
「ワン」
「そこは律儀にワンなのかよ」
それにしても家の犬がこんなに喋るとは既に九十歳を越えているお爺ちゃんですらも知るよしもないことだろう。
まさかあんなに可愛がっていた犬が独り言の絶えないお喋りな犬だったとは、予想できるはずもない。
どこぞの予言者ババなんとかでさえも犬が喋るなどという虚構は考えもしないのだろう。
「ところで春妃、その手紙に書いてあった通りにさ、色んな動物と仲良くなってみようよ」
「でもな、」
「丁度そこに蛇いるし」
「って、蛇だぁぁああああああ」
私は一目散にワン公の背後へと身を隠す。
いつの間にか私の背後にいた蛇は舌をちょろちょろと出し、ワン公の背にいる私を威嚇している。ワン公は尻尾をふりふりとし、可愛い仕草を蛇へと見せる。
だがそれが堪忍袋の緒に触れたのか、蛇は大口を開けてシャァァという声とともに威嚇を始めた。
「ワン公。何て言ってるの?」
「初めまして。僕は蛇のヘビ太と申す者です。よろしくお願いします、だって」
「そんなわけないよね。確実に敵意を向けてきてるよね」
大口を開け、その中にある牙を見せて明らかに私たちを威嚇してきている。これがどう聞き間違えれば自己紹介として捉えられる?
「ワン公。真面目にやってくれ」
「真面目にやっているって。そもそもヘビ太はコーンスネークといって、あまり人を襲わない蛇なんだ。だからペットとしてよく重宝されている」
「じゃあ……本当に自己紹介しているだけなのか?」
「そう言っているでしょ。ヘビ太を信用しな」
「そういうものなのか……」
正直恐怖はあった。だが私はゆっくりと手をヘビ太へと伸ばす。その瞬間に大口を開けるものだからてっきり手を食べられるのではないかと冷や冷やしたが、そんなこともなく、ヘビ太は私の手へと絡み付いてきた。
「確かにペットとして飼いたいかもな」
「あ。そういえばだけど、ヘビ太が春妃に会った瞬間から今まで、十回おならしてるから」
「何しとんねん」
そんなこんなで、ヘビ太とは良好な関係を築けた。
「じゃあ春妃。そろそろ写真でも撮ろうか」
「そうだな。じゃあヘビ太、写真撮っても良いか」
ヘビ太は大きく口を開けた。
それをワン公が翻訳する。
「良いって」
「オッケー。じゃあ撮るぞ」
ヘビ太は長い体で私へ絡み付いた。そのぬるぬるとした感覚に私は驚く。ワン公は私の肩に前足を置き、私の頭の上から自分の顔をちょこんと突き出している。
「ハイチーズ」
その光景が写真には焼き付けられた。
カメラから出た写真を手に取り、私はそれを見て微笑んでいた。そんな私の姿を見て、ヘビ太とワン公も嬉しそうだった。
学校に行かない私には友達がいない、そう思っていた。けど友達っていうのは、きっと人間も虫も動物も関係ない。
ただ心が繋がっていれば、それは友達なのだ。
今日、私の部屋の壁には一枚の写真が貼られる。
いつもは明日へ希望を馳せるなどということはしないのだが、今日に限っては別だ。
明日もこんな毎日が続けば良いのに、そう私は思っていた。
明日はきっと、やってくる。
だから明日の私よ。存分に笑ってこい。




