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アリス・ウィッチ  作者: 颯さん
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プロローグ

 ーーーああ、またこの夢か。


 眼下に広がる瓦礫の山と夥しい量の死体を眺めながら、彼は自身が毎夜見る悪夢の中で立ち尽くしているのだと気づいた。


 見渡す限り死体、死体、死体、また死体。


 死といっても、一人一人その過程は違う。


 半身をもがれた男性、皮膚が溶けて真紅の肉が露出した女性。肘から先が無くなり骨の突き出た子供。大量の鮮血を流し、その血の池でゴボゴボと溺れ、事切れる老人。


 老若男女、数えきれないほどの死が彼の足元に転がっていた。これは現実ではないと彼は理解しているが、目の前に広がっている光景は現実以上に酷く現実味を帯びていた。


 しかし、そんな狂った状況にも関わらず、彼は微塵も動揺しない。頭上に広がる灰色の空を見上げて、ただ時間を潰す。


 醜く原型を留めていない死体たちを眺めていたくないという理由もあったが、彼にはもう一つの理由があった。


 ーーーそろそろ、くるか?


 そう考えた瞬間、足元に転がっていたはずの死体たちがぞろぞろと動き出し、彼の両足にしがみ付き始めた。


 死体たちは、彼の両足、腰、肩へと次々に救いを求めしがみ付く。


 そして、身体中を死体が埋め尽くした時、新城創太(しんじょうそうた)は自身の犯した罪を思い出す。


 ーーーこれは罰なんだ。


 愚かにも、たった一人生き残ってしまった。その罪への報いなのだと。



          *



 6月10日、水曜日。


 上野第一高校、2年3組の教室。


 時刻は11時25分。高校生活で最も目蓋が重くなるであろう時間帯、三限目の授業が半分終了し、ラストスパートだとボールペンを握る手に気合を入れたその瞬間、新城創太は人生の岐路に立たされた。


 岐路といってもそこまで人生を左右するような重大な場面という訳ではなく、創太に限らず高校生にとっては日常的な一コマなのだが……。


「……それじゃあ、4人1組で班を作って、配布されたプリントの内容について、意見交換をしながら課題に取り組めー」


 教室内に響き渡る担任の声。


 つまり、グループディスカッションである。


 多様化する社会を生き抜く為、己の主張を他者に理解しやすく伝えるのが目的であるこの授業は、友人が多く協調性のある生徒にとっては楽しい交流の時間だ。


 しかし、友達が少なく強調性の無い生徒にとっては……。


 ーーーしまった、油断した! 今日もグループディスカッションあるんだっけか!?


 地獄の時間の始まりである。


 地獄への片道切符プリントを担任の亜貴恭子(あききょうこ)先生が、机4つを並べて作られた大机に置いていく。


 新城創太はとある事情により、友人と呼べるクラスメイトが少ないので、その地獄の住人に該当してしまうのだ。


 これはもう彼にとって宿命とまで言える。


 こうなった場合、創太が取れる選択肢は二つである。唯一の友人であり親友である橘和馬(たちばなかずま)のグループに入るか、その他の余り物で結成されるグループに入るか……。


 創太としては前者でありたいところだが、和馬はどんな生徒とも仲良くできるクラスの中心的存在なので、当然創太以外にも彼には友人が大勢いる。


 創太が和馬のグループに入れば、嫌でもその和馬と仲の良い他の生徒と向き合って、話し合わなければならない。


 気まずくなるのは目に見えているので、それは絶対に避けたかった。


 かと言って、もう一つの選択肢はどうだろう。どのグループにも入ることができなかった協調性の無い生徒たちの寄せ集め。


 気まずく無く割と居心地は良さそうだが、協調性が無い生徒の集団なので、おそらく課題は進まず終わらない。


 その場合、成績表に亀裂が入るだけである。


 大学への進学を考えている創太としては、それは看過できない。


 だとすれば……。


「おーい創太。真鍋(まなべ)たちに誘われてるんだが、お前もこいよ。一緒に課題終わらせようぜ」


 自分の席で考え込んでいる創太に、背後から声をかける少年が一人。創太にとって唯一の友人であり親友の橘和馬たちばなかずまだ。


 創太の両肩を揉みながら、俺たちのグループに来いよと満面の笑みで誘う。和馬の背後を見ると、真鍋と桐島桐島(きりしま)が既に机を向かい合わせにして座っていた。


 チラチラと創太の方を見ては、コソコソと何かを話し合っている。


 どうせ自分への不満だろうと、創太は肩を落とし落胆する。こんな扱いには多少なり慣れてはいるが、和馬にも不満の目が向けられているようで、申し訳ない気持ちになった。


「……いいのか? ありがたいが俺が入ると、スムーズには進まないと思うぞ?」


 よそよそしく創太は言った。


「何言ってんだよ。今更気にすることじゃねえし、お前がいねえとつまらねえよ」


 再び満面の笑みでそう応えるので、余計に創太は自身の選択を後ろめたくなる。


 和馬は創太に有無を言わせず背中を押し、真鍋と桐島のいるグループの空いている席に無理やり座らせる。


 創太は観念し脱力すると、真鍋と桐島の顔色を交互に伺ってから、配布されたプリントに視線を落とした。


『議題・上野町大災害』


 プリントにはその言葉だけが大きく書かれている。シンプルなのかそれとも大雑把なのか、どちらにせよ創太にとって頭が痛くなるような議題だった。


「グループは作ったな? 4限目に体育館で例年通り追悼式を行うので、それまでに私に提出してくれ」

 

 教卓の前で亜貴先生が各々グループを作った生徒たちへ言った。


 和馬のグループを選んだ要因として、成績云々の問題もあったが、創太にとって4限目に待ち構えている追悼式はとても憂鬱なものなので、式前になるべく友人である和馬と話してテンションを上げておきたかったのだ。


「……今年もやってきたか」


 誰にも聞こえない小さな声で創太が呟くと、和馬が司会進行役でグループディスカッションが始まった。


 創太の脳内で上野町大災害への様々な想いが錯綜する。


 ーーー今年こそ、俺は災害の真実を知ることができるのだろうか。


 


 




 


 



 

 


 

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