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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第八章 Hide and seek
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内緒のお話


 4月6日、AM10時。警視庁。

  


 誰も立ち寄らない薄暗い一室の中で近衛孝三郎はひとり、電気もつけずにオフィスチェアに腰を下ろしている。

 彼の目の前にはデスクトップパソコンがあり、画面からひたすら放出されているブルーライトの光にも、彼は眉ひとつ動かそうとはしなかった。

 

 今、このパソコンを通じて、“リモート会議”が行われている。

 デスクトップ上にはいま、8つほどのリモート画面が表示されていて、いかにも偉そうな“ジジイ連中”が雁首揃えて、淡々と話を進めている。

 近衛孝三郎はというと、彼らの話に耳を傾けながらも、沈黙を守っていた。


 右端の画面に映っていた唯一30代の男がふと、こんな事を言った。



 『いまだに警察庁爆破の件で意識不明の者が何人かいますからね。犠牲者の詳細が掴めていないという理由で、なんとか情報規制はしていますが………』



 そうなのだ。いまだに警察庁爆破の件は情報規制が敷かれている。

 犠牲者が思いのほか多いのは事実ではあるが、誰が死んで、誰がまだ意識不明なのかくらいは、すでに把握済みである。

 だが、これを馬鹿正直にマスコミに流すわけにはいかなかった。

 まだ犯人が捕まっていないというこの点においても、非常に警察側はまずい立場に置かれているが、問題はそこじゃなかった。


 7月下旬には東京オリンピックを控えている。世界各国から、選手のみならず観戦者も訪れるというわけである。

 それなのにテロがいつまでも解決しないと、各国からの信用すら地に落ちるだろう。針のむしろどころの話ではない。

 もうすでに、隣国からの非難の数々が、外務省を通じ、日本に届いている。

 だからこそ馬鹿正直に事細かにマスコミに情報を開示するわけにはいかない。今の時代、情報なんてものはすぐに各国へと拡散されてしまうからだ。


 こういうケースの場合は、極力、マスコミに対しては必要最小限の情報公開に留め、会見を開く場合は、なるべくまわりくどい話し方を選んで煙に巻くのがコツだ。

 国民の視点から見て、なぜ政治家はいつもわかりにくい言いまわしばかり使うのかというと、はっきりと端的にわかりやすく述べてしまうと、自分の非をあっさりと認めてしまう事にも繋がりかねないからである。

 

 それは、ここにいるジジイ連中も同じだった。

 真ん中のリモート画面に映っていたジジイの1人が、ニヤニヤとしながらふとこんな事を言った。



 『審議官のイスが開いてしまいましたからねぇ…。まずはこのイスをどうするかでしょうね』


 

 ピクリ。

 近衛孝三郎の目に鋭さが宿った。

 それでも彼は、“あえて”口を挟もうとはしなかった。

 


 『まったくですね。だがしかし、誰もやりたがらない』


 『当然だろ。そんなの、自らテロリストに向かって、“次は私を殺してください”と言っているもんだからな』


 『出世よりも命が大事……か。くだらん』


 『この際誰でもいい。そう、たとえば………おお、そうだ。近衛くん、(きみ)、やってみないか?』


 「いいえ、めっそうもございません」



 そこでようやく近衛孝三郎は口を開いた。

 さらに彼は、こう言葉を続けた。



 「誰でもいいとおっしゃるのなら、なるべく気が弱そうな男の方がいいでしょうね。何かと操りやすいでしょうし……」


 『そうだな。この際、審議官としての仕事ができるかどうかはどうでもいい。審議官のイスを開けたままにしない事が肝心だからな』


 「そういう事です♪使い捨てはこういう時のために“ある”んですよ」


 近衛は口の端を吊り上げ、不気味に笑った。

 そして、リモート会議は終了となった。

 

 近衛はパソコンの電源を落とし、部屋の外へと出る。

 すると扉のすぐそばに、思わぬ人物が立っていたのだった。






 挿絵(By みてみん)



 近衛は城士松に対し、ガッハッハと豪快に笑ってから挨拶した。


 「城士松さんっ、会いたかったですよっ。最近なかなかお見掛けしないから♪」

 

 「私もなにかと忙しくてね。“うちの課長”がなにかとじゃじゃ馬なもので」


 「ああ、加賀城密季警視の事ですね。じゃじゃ馬なのはいい事です。どこぞやのジジイ連中みたいに、重い腰の人間ばかりがあふれてしまいますと、警察組織を蝕む悪い空気はずっと停滞してしまいますからね」



 近衛孝三郎は陽気にガッハッハと笑った。

 それと対照的なのは、今の城士松だった。完全なる無の表情である。

 そんな城士松は彼に対し、こんな事を言った。


 「で、あなたのバックにいるのは誰でしょうか?」


 「は?」


 「警察庁が爆破されるまでは、あなたは監察室の中では、窓際的扱いだった。それなのにこのタイミングで動き出し、うちの加賀城に、テレビの前に出るように脅しをかけている」


 「ガッハッハ。たしかにそうですね。だから、城士松さんが不審がるのも当然かもしれませんね。それに私、自分の事はクリーンだと思ってませんので…。しかしですよ?こういう考え方もできるんじゃないでしょうか?」


 「というと?」

 

 「加賀城密季を人殺しにさせないために、あなたがテロリストに情報をリークし、審議官を含むほか数名の邪魔者を消した」


 「そんな頭の悪い事はしませんよ。人殺しなんてデメリットしかない。それだったら、相手の(あら)を徹底的にあぶり出し、白日の下に晒した方がいい」


 「ハッハッハッ!たしかにっ!!!ですが、やり方によっては、人殺しもメリットはあると思いますけど?たとえば、犯人との直接的なつながりがあなたにはなくても、それとなく、犯人のところまで情報が届くように仕組む事さえできれば…」


 「あなたの“バックにいる黒幕”と同じ方法をとれれば………という事ですか?」


 「ホホホッ、しつこいですねぇ……」


 「こういう緊迫とした状況下だからこそ、いまは誰も目立った動きには出ていません。あのテロリストの狙いはあきらかに警察上層部だった。だからこそ、生き残りの上層部連中が自分の身を極力危険に晒さずに、かつ、警察組織を動かしていくためにはあなたのような手足を使う方が安全」


 「目立ちたくないという理由で私を使っているのなら、よりにもよって密季嬢をたきつける行為はデメリットしかないと思いません?」


 「しかし、私はあなたを信用できません」


 「ええ、人間なんて信用しない方がいいですよ。ヒトってヘタに脳みその出来がいいもんだから、結局はキツネの化かし合いになってしまいますからね。で、城士松さんは、あーだこーだ言う割には、私が黒幕と繋がっている決定的証拠はお持ちではないようですね。今日はアレですか?私の事、揺さぶりにきたということでしょうか?」



 城士松は相変わらず表情のいっさいを変えようとしなかったが、近衛の言う通り、彼を断罪するための証拠を持ってはいなかったので、これ以上はどうする事もできなかった。

 近衛は相変わらずニコニコと笑みを浮かべている。



 「では、わたしはもう行きますね。彼女にヨロシク♪」



 そして彼は去っていった。




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