表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第七章 蜃気楼のような人
93/487

よけいなお世話3


 質屋の娘亡き後、まといはアパートから離れ、静かな夜道を1人歩いた。

 本当はその場にとどまって警察に事情を話すべきだったかもしれないが、気がついたら、逃げるようにしてあのアパートから遠ざかっていた。


 もしあの時、彼女ではなく自分があの中に飛び込んでいたら、死んだのは自分だったかもしれない。

 結果的に男の子は助かったが、彼女の命を引き換えにしたからこその結果にすぎず、『今行けばまだ助ける事ができる』といった希望的観測は悲劇しか生まなかったというわけだ。

 

 なんて愚かなのだろうとまといは思った。だって彼女はもう2度と帰ってこないのだから。

 それでも、彼女の言う通り、つらくても生きていかなければいけないのだろうか。

 

 後悔の多い人生だったとしても………。


 

 ピコン。



 スマホから小気味好い音がなった。

 ラインからのメッセージである。そう、碧がメッセージを読んでくれて、返信してくれた合図でもあった。

 

 『タクシーで今から帰るね。30分もかからないから待ってて』


 それを見てまといはこう思った。

 少なくとも、あの時まといの方が死んでいたら、彼女はずっと家で待ち続けていたはずだ。そして、数時間後になって碧は知るのである。蒼野まといは死んだと。


 仮の話ではあるが、永遠に仲直りもできないと碧が知って、はたして、これからさき彼女は清々しく生きる事ができただろうか。


 無理だ。彼女はそんな人間じゃない。もしそんな人間だったら、初めから同居をしようなんて言っては来なかったはずだ。


 やはり、生きなければいけないのである。彼女を傷つけたくない。


 だからまといは歩いた。

 風椿碧よりも早く家に着くために。




 だけど、その足を止めさせたのはまったくもって思わぬ人物だった。

 


 名前は知らない。というより、まったくもって他人である。

 マスクやニット帽とサングラスで顔を隠していてはいたが、男なのは間違いなかった。

 そしてその男性は、緑の掲示板のうえに、『喫茶店CAMELの店長は人殺し』といった張り紙を何枚も貼り続けていた。


 最初それを見た時、いったい何事かと思ったが、そう深く考えるまでもない、ただのいやがらせだ。

 最近、自粛ウォーカーの人達が、なにかにつけて嫌がらせをするケースが多発しているので、これもまたその中のひとつというのだけはわかった。


 でも、これはさすがにやりすぎである。

 まといは炭弥の知人なので、彼がそんな事をしないとわかりきっているが、こうしたデマの恐ろしいところは、真実かどうか、たいして見極めようとしないその他大勢の人達による誹謗中傷を生みかねねないという事。


 結果、あの児童養護施設の子供達はあんなにまで追い詰められ、死んだのである。

 見過ごせるわけがなかった。


 「………………」


 まといはまず、懐からスマホを取り出し、カメラ機能を起動させた。

 さらに、こっそりと背後から忍び寄り、男性のマスクとサングラスを思いきりはぎ取ったのだった。


 そしてスマホでパシャリ、シャッターを切った。



 「何すんだてめえええええええっ!!!」



 だが、相手はすぐに逆上して、まといの顔面を思いきり殴った。

 

 骨まで響くダメージと共に、まといの体は地面へと転がった。さらに、落ちてた小石で頭を深く切ってしまい、そこから容赦なく血まで流れ始める。


 男性は、まといにスマホで顔を撮られてしまったので、なんとか彼女からスマホを奪い取ろうとするが、まといは胸の中にスマホを抱いて、死守を貫いた。

 

 それがよけいに癇に障ったのか、相手は容赦なくまといを何度も何度も蹴ったり、殴ったりを続けた。

 何度殴られてもまといはスマホを渡したりはしなかった。

 頬は紫に晴れ上がり、口からも血が流れ始めるというのに……。



 そして…………。



 男性の頬に何者かの拳がめり込み、男性の体はそのまま低空飛行を維持しながらクルクルと塀の方へと飛んで行った。

 その際折れた歯が4本ほど地面へと落ち、派手に2回ほどバウンドした。

 まといの体は、たくましい2つの腕に抱きかかえられた。



 まといの瞳に映ったのは遠藤炭弥の顔だった。

 炭弥は、壁に貼られた張り紙を見て、なんでこうなったのかすぐに状況を察した。


 炭弥に殴られた男性は、頬を押さえながらなんとか立ち上がり、そして逃げて行った。


 炭弥は大きく肩を上下させてからため息をつき、まといにこんな事を言った。



 「あんた……怪我の多い女やな」


 「…………………すみや……さん」


 「さすがに頭切っちゃってるし、病院にいかなあかんな。ケーサツにも事情話さないとあかんし」


 「やです」


 「なんでや?」


 「このあと碧さんに謝らないといけないんです。だから………だから……」


 「チッ、だったらこないなよけいなお世話すんなやっ!!結果死んでもーたらなんにもならんやろがっ!!」


 「………私、あなたがいい人だって知ってます。だから、不幸にしたくない…」


 「あほか。ぼこぼこに殴られておいて、言える立場じゃないな。もうええ。無理やりにでも病院連れていくから」


 

 炭弥は自宅に停めていた車までまといを抱えたまま走って、まといの掛かり付けの病院へと彼女を連れて行った。

 時間帯が時間帯だったので受付の人から重篤患者優先と一応念を押されたが、そう待たされずに治療を受ける事ができた。


 病院まで来てくれた所轄の刑事に廊下で事情を話すと、正当防衛だから、炭弥が自粛ウォーカーを殴った事自体は罪に問われないと言ってくれた。

 それに、まといは顔写真をスマホに撮ったわけで、あの男性が逮捕されるのも時間の問題だと言ってくれた。



 遠くの廊下から、かつーん、かつーんと足音が響いてくる。



 やって来たのは加賀城密季だった。

 


 蒼野まといは加賀城密季と目が合ったが、お互い何かを話すわけでもなく、顔色すら変えずに、そのまま通り過ぎるだけに終わった。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ