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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第六章 そしてあなたになる
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1日目後編

 


 タクシーから降りると、炭弥から電話がかかってきた。



 『碧ちゃん、もう家だよね?』


 「ううん、まだだけど?」



 まだ家にはついてないが、炭弥は炭弥で、まだ喫茶店CAMELの閉店時間ではないはずである。まあ、21時には閉まるし、だいたいの客はそれを理解して店に入って来てると思うので、いま店内にいる客の人数はそんなにないかもしれないが。



 『実はな、よけいなお世話かもしれへんけど、まといちゃんがもう数日前から帰って来とるんよ。だから彼女のこと怒らんといてな』


 「えっ!!!!!」



 碧は目を見開かせて驚いた。

 あの占い師にはあんな事を言ったものの、心の中ではもう2度と帰ってこないような気がしていたので、これはかなりの衝撃である。

 


 『まといちゃん、気にしとったで。碧ちゃんが怒ってるんじゃないかって』


 「そんな…、別に怒ってないけどさぁ」



 怒ってはいないが、気にならないわけはない。2日以上も家を空けたその理由を。

 でもそれを問い詰めたら、それこそ唐突に姿を消す可能性がある。

 だから怒るに怒れないのである。

 でも、テーブルの上にイタズラ半分のメモは置いておいた。



 激おこぷんぷん丸カム着火インフェルノと書いたメモである。

 

 

 普通なら、本気で怒っている人間にそんなふざけた文面を書く心の余裕なんてないはずなので、『あっ、碧さんそんなに怒ってないんだな』となるはずだった。

 あのメモを真に受けたのだとしたら、まといは思った以上のマジメ人間である。

 

 

 「とにかく私は怒ってないから。でもめずらしいね、炭弥さんがそこまで気を回すなんて」


 『ただのきまぐれかな。あの子とはまだそんなに仲はよくないしな。それに、自発的に世話焼くの嫌いやし』


 「甘えられるのとかも嫌いだもんね。まあそれでも、私は炭弥さんには色々と世話にはなってるけどね」


 『お互いがちゃんと自立しているうえでの助け合いならかまへん。その証拠に、碧ちゃんには色々と助けられてはいるし。この前はわさびももらったしな』



 そこで炭弥との会話はいったん終了した。

 そう、地方に飛んでいったりする撮影の時はいつも、喫茶店CAMELで使えそうな食材や調味料を買ったりする。この前は炭弥のために生わさびをいっぱい買って、直接喫茶店CAMEL宛てに送ったりもした。その時は期間限定メニューで和風豆腐ステーキのワサビのせが鉄板プレートで出たりもした。

 調味料なんてみんな同じだろうと思うかもしれないが、やはり、醤油にしても、料理の旨さをどれだけ引き出せるかの『質』は違ってくる。

 わかりやすい例をひとつあげるならばネギトロかもしれない。普通の醤油だと、ちょっと付けすぎただけでしょっぱくなってしまうが、本物の醤油は、深みと味わいを決して台無しにしたりはしない。

 今回はしいたけを買った。あとで喫茶店CAMEL宛てに届くはずだ。


 「とにかく、まといちゃんが帰ってきたっ。ヤッホー」


 碧は両手を勢いよくあげ、喜びながら家へと急いだのだった。








 

 そして碧はマンションへと帰宅した。

 玄関と廊下の電気はついていなかった。

 リビングの電気はついていたが、まといの姿はなかった。

 冷蔵庫を開けるとラップにつつまれたテリーヌとチキン、サラダとケーキを見つけたので、もしやと思いまといの部屋をノックした。


 返事はなかった。


 でも鍵は中からは閉まってなかったので扉を開け、電気をつけた。


 「あっ………」


 まといはベッドのうえで布団もかけずに横になっていた。

 碧はすぐに電気を消し、オレンジ色の灯りに切り替えた。

 さらに、スマホを懐中電灯モードへと切り替え、ベッド横の小さな4段チェストの、1番上の引き出しを照らした。

   

 その引き出しは少しだけ開いていた。

 そして、その隙間からは、薬局の名前が印刷された封筒が顔をのぞかせていた。

 

 ベッドのうえで寝ていたまといのおでこに手をあてるととても熱く、汗がべっとりと掌にまとわりついた。


 「………………」


 この封筒に印刷されている薬局の名前は知っている。いつもまといが通っている病院の近くにある。

 封筒の中身も一応スマホで照らして確認してみたが、いつも処方されている薬だった。

 薬は2種類入っていた。日々の自律神経を整えるための錠剤と、あと、急激なストレスで高熱が出てしまった時のための錠剤がほんの少々である。

 まといは今、熱があるみたいなので、飲んだのはおそらく熱を抑える方の薬だろう。


 碧はいったん近くのコンビニで熱さまシートを買ってきて、それをまといのおでこに貼ってあげた。

 あと、濡れタオルで首回りや頬の汗も拭った。


 さらに、エアコンを空気洗浄モードへと切り替え、寝苦しくならないようにもしてあげた。


 「……………………」


 戻って来てくれたのはいいが、いったいどんなストレスが原因で、またこんな事になってしまったのだろうか。

 あの高熱を抑える薬だって、最近は熱が出る事もなくなってきたので、処方される量も少なくなってきていたのに…。



 

 やっぱり、まといを家から放り出すなんてできない。

 いや、最初からそんな選択肢を選ぶ気なんてないが、こうなってしまった以上はよけいに彼女からは目を離すべきではないのだろう。

 あの日、彼女が道の真ん中で倒れてしまったあの日、周りにいた人達は、彼女の横を通り過ぎるばかりで、誰も助けようとはしなかった。

 もしかしたら、あの時碧が診療所に連れて行かなくても、誰かが救急車を呼んでいたのかもしれないが、でも、一緒に住もうとまでは思わないはずである。仮にそんな人が現れたとしても、体目的だった場合、悲惨な事にしかならない。


 やはり、あの時まといを助けたのは正解だったのだ。



 とりあえず碧はお風呂にサッと入って、肌触りのいいスウェットの上下に着替えた。

 チキンはレンジでチンして、テリーヌはそのまま食べた。ノンアルコールのワインがあったので、グラスに注いで飲んだ。


 すると、ぼんやりとした顔のまといがゆっくりとやって来る。ついさっきおでこに貼ったはずの熱さまシートはもう乾いてしまっており、取れかかっていた。



 「あっ、まといちゃん待ってて。熱さまシートまだたくさんあるから」


 「………碧さん……あの………」


 「ん?なあに?」


 「あの………2日も無断で帰らなくて………ごめんなさい」


 「………でも帰って来てくれたじゃん。じゃあ、別にいいよ。あと、謝ってくれたしね。だから、これ以上怒ったって、何にもならない」


 「……………」


 「理由について気にならないわけじゃない。でもね、私はあなたの事情を把握するために一緒に暮らしているわけじゃない。まといちゃんの事を気に入って、そして、放ってはおけないから一緒にいるの」


 

 なんだか愛の告白みたいなセリフだが、言いたい事はすべてこの言葉に詰まっていると思っている。

 事情なんて最終的はどうだっていいのである。彼女の幸せを阻む弊害にならないのであれば特に………。

 大切なのは、彼女とこれからも一緒にいる事なのだから。



 「………………じゃあ、これからも一緒にいていいの?」


 「えっ?」



 ドキッとした。

 まさかそんなセリフを返されるとは思わなかったからだ。

 これだと、愛の告白にOKしてくれたようにも聞こえる。


 いや、自分の都合のいいように物事を考えるのはやめよう。

 思春期の中学生や高校生にありがちな、『もしかしてこの子も自分の事好きなんじゃね』的な解釈は勘違いの場合が多い。

 だから、ここで調子に乗ってキスなんてしようものなら、すべてが水の泡になりかねない。

 そう、ここはぐっと堪えるのだ。 



 「アハハ。あたぼうよ。好きなだけ一緒にいようよ」


 「そう……よかった」


 まといはそっと胸をなでおろし、自分の部屋へと戻っていった。



 「あっ、まといちゃん、熱さまシート」


 

 碧は冷蔵庫から新しい熱さまシートを1枚出し、まといの部屋の扉をノックなしに開けた。

 

 「あっ」


 でもすぐに閉めた。見てはいけない『あるもの』を見てしまったからだ。

 すると扉が自動的に開いて、まといが中から顔を出した。


 

 「………どうしたの、碧さん?」


 「ごめん、着替えの途中だった?」



 まといのもう片方の手にはブラがあった。

 まといはうえだけパジャマ用の長袖シャツに着替え済みである。下は履いてない。ふとももはシャツで隠れているので、パンツまでは見えなかったが。



 「………あと下を履くだけだけど?それがどうかしたの?」


 「いや、あの、なんていうか……その…………」


 「………体がだるいし、お風呂は明日の朝に入る。それと、洗濯機の方まで脱いだ服持っていく体力もないから、洗濯も明日するね」


 「そっ、そうなんだ。でも無理しないでね。私、明日はオフだから、洗濯は代わりにするよ」



 チラッ。


 はだけたシャツの隙間から覗く谷間。

 ノーブラという事もあってから、胸のラインが際立っていた。




 碧は熱さまシートをサッとまといへと渡した。

 そしてそっと扉を閉めたのだった。


 

  



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