1日目前編
風椿碧が赤橋駅のホームに降り立ったのは、夜の20時過ぎだった。
本当ならもっと早い時間には着けた。
でも、急に妹に会いに行かなければならない用事ができたので、埼玉でいったん特急列車を出て別の電車に乗ったのである。
用事の方は1時間もしないうちに済んだ。
相変わらず妹の、こちらを見る目つきはドロドロとしていたが……。
「……はあ」
風椿碧は深いため息をついた。
赤橋駅を東口から出ると、背の高い家電量販店の壁面に埋め込まれた大きなテレビにて、警察庁の最上階が爆破されたというニュースが流れていた。
怪我をしたのは20人ほどらしい。正確な人数については現在確認調査中である。
爆発のせいで最上階の床が抜け、そのせいで両足を折ってしまった人もいるそうだ。
確実に死んだのは3名である。
この事件が起こったのは14時47分らしいが、現時点においても、その死亡者の名前についてはニュース上では1度も流れていないそうだ。
いずれにせよ、これはテロである。
この事件をきっかけに治安が崩壊するような事になれば、対岸の火事として物事を見がちな人間であっても、日本にいる限り、無関心ではいられないだろう。
その証拠に、近くでニュースを見ていた通行人達は、いつもとは違うざわつきを見せていた。
碧はタクシー乗り場へと向かった。
警察庁の件についてはこれからも不安は続くだろうが、碧を含め、ただの一般人にはどうする事もできない。解決はすべて警察に任せ、何も変わらぬ毎日を送るしかないのだ。
碧は足を止めなかった。
遠くの方で、ちょうど客待ちをしていたタクシーが見えたのでそれに乗ろうと歩く速度を速めた。
「ん?」
でも、寸でのところで碧は足を止め、体を130度別の方向へと素早く向けた。
少し離れたところに、不気味なローブを身にまとったいつぞやの占い師がこちらを見ている。
碧は占い師の元へと歩いていった。
「……………………」
そう、以前、運命の人について碧が占ってもらったあの占い師である。
もう2度と会えないものだと思っていた。
まあでも、よくよく考えたら、この人が幽霊だったとしても、あんな不吉な事だけ言い残して成仏だなんておかしい話なので、まだ現世に未練があるのかもしれないが。
「ねえ占い師さん。私の運命の人って……まといちゃんの事だよね。タイミング的に考えても彼女以外に思い当たらない」
「……………………」
「じゃあさ、不幸にならないように私が努力すれば、恋が実る未来だって………」
「あなたに未来なんてない………」
占い師が言い放ったその言葉は、碧のポジティブな考え方の介入をいっさい許さないくらいに、とても乾ききっていた。
さすがにそこまで言われてしまうと、愛想笑いもできそうにない。
「どうして?どうしてそんな事を言うの?」
「……だって、進んでしまった人間関係はいまさらなかった事にはできないから。蒼野まといの事を忘れろって言っても、あなたは忘れないでしょ?」
「……あなたは彼女の何を知っているの?」
「すべては知らない。でも、ろくな事にならないのだけは知ってる……」
「…………それは、私の今の問いに対する正確な答えにはなってない。私はね、彼女とは友達になったの。あの子はまだまだ完全には体が回復してない。それなのに今、家から放り出したらどうなるか。あの子はね、誰かがちゃんと近くで見ていないとダメなんだよ」
「……この世界には野垂れ死んでる人なんてたくさんいる。彼女1人が死んだところで、それがなに?」
「あなたには………人の心ってものがないの?」
「…………人の心ってそんなに重要?しょせんはみんな、自分勝手に生きてる。表面上はまっとうな人間を演じていても、人の非はやたらと攻め立てるクセに、自分の事になるととたんに甘くなる。人の心ってその程度の価値しかない」
「だったら、その程度でしかない私の事なんて放っておけばいいんじゃないの?」
「私はその選択肢だけは絶対に選ばない。あなたにどう思われようとも」
「それはなぜ?」
「…………私は、必要最小限の事しか言えない。よけいにこじれるくらいならね」
そしてその占い師は風椿碧のもとから去っていった。