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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第五章 狭間の狩人
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石黒奈留の場合6

 


 薄暗い雨の中、奈留は住宅街を彷徨った。


 

 雨はいよいよ本降りになってきた。

 奈留は傘を持ってきていなかったので、すぐに服はビショビショに濡れてしまった。

 雨脚は時間とともに激しくなり、まるで体中に(ひょう)を叩きつけられているような、そんな痛みまで感じた。

 


 空はどこまでも排気ガス色に染まりきっている。

 空気もよどんでいて、人通りは皆無だった。

 でも、奈留は晴れを望んではいなかった。

 情報開示請求が通るのは時間の問題だろう。

 自分の未来にはもう晴れなどやって来ない。

 それでも時は残酷にも進んでいくものだから、一生この雨に打たれながら、彷徨い続けていたかったのだ。



 すると前方から赤い傘を差した人物がやって来る。

 蒼野まといだった。

 まといの手には、中身がパンパンの白のビニール袋があった。彼女は今、カメラを手にしてはいなかった。


 「どうしたの?ずぶ濡れじゃない」


 まといの声はどこまでも優しかった。

 でも、奈留の表情から何かは感じ取ってはいて、少しだけ怪訝そうな表情を浮かべている。

 そしてまといはこう言葉を続けた。



 「とにかく、このままだと風邪をひくわ。私の家ここから近いから、あがっていかない?」


 「……………放っておいてください」


 「………………どうして?」

  

 「………あなたは何も知らないからです。なにも知らないからそんな優しい事が言えるんです。でも、人間の優しさなんてしょせんは薄っぺらいものだから、すべてをあなたが知ってしまったら、簡単にその目は敵意へと変わる」


 「………何があったかは知らないけれど、それってつまり、自業自得だからじゃないの?たしかに、薄っぺらな事ばかり言って外面ばかり取り繕う人はいる。もしかしたらそういう人の方が、パーセンテージ的には多い方なのかもしれない。でも、みんながみんなそういうわけじゃないよ。自分がした事を棚にあげて、人のせいにしようとしてない?」


 「…………………………」


 「罪悪感は、ないの?」


 

 まといは、福富神子とは違って、ムシケラを見る目で奈留の事は見なかった。

 あくまでひとりの人間として、まっすぐと奈留の事を見つめている。

 だからこそ奈留は耐えられなくなり、こう叫んだ。



 

 「罪悪感を感じてないわけないじゃないっ!!!でも怖くて仕方がないっ!!謝ってすべてが元通りになるのなら、いくらだって謝るっ!!だけど、死んでしまった命はもう戻らないっ!!戻らないんだよっ!!!!」


 「………………………」


 「不幸にしたかったわけじゃなかったっ!!!」


 「……でも、不幸にしたんだね」


 「私は、ネットを使って犯罪の証拠を白日の元に晒せば、いい世の中になると思ったからっ!!!」


 「警察にその証拠とやらを提出すればいいだけの話だったんじゃないの?」


 「えっ………」



 「わざわざネットを使って広めなくても、あなたが掴んだものが犯罪の証拠だっていうのなら、それこそ警察に届ければ済むだけの話。その証拠とやらがいったいどんなものだかは知らないけれど」



 「あっ………」



 「政治がらみの証拠なら、もみ消される可能性も出てくるから少し話は違ってくるけれど………。なんにせよ、100%純粋な正義は存在しないんだよ。ただ単に悪党を潰したつもりでも、その裏で必ず誰かは不幸になってる。SNSやブログは不特定多数の人がみるから、よけいに肝に銘じなければいけない」



 「……じゃ、じゃあ、私の罪はやっぱりチャラになんてならないんだ……」



 「そもそも、チャラになる罪なんてあるの?チャラかどうかなんて願望でしかないでしょ?これからも気分よくご飯を食べていきたいがための、ただの言い訳でしょ?」



 「…………………………」



 「あなたがたとえこれからどんな選択肢を選ぶ事になっても、罪悪感が心の中にちゃんとあるのなら、死ぬまでその苦しみは消えない。だってそれが罪を犯すという事だと思うし、罰だと私は思うから」



 「…………………………」


 「じゃあね……。風邪ひかないようにね」



 まといは奈留の横を通り過ぎ、右へと曲がって、奈留の視界から完全に姿を消したのだった。

 

 「……………………」


 全部、まといの言う通りだった。

 わざわざSNSにアップしなくても、警察に通報すればいいだけの話だった。たとえ冤罪だったとしても、不特定多数の人達に知られずに、事は収まったはずだ。

 近親相姦であの女の子が本当に苦しんでいたのならなおさら、素人が正義のヒーロー気取らずに、こういった案件のプロにでも相談する方法だってあったはずなのだ。

 でもそれをしなかった。

 女の子の事を救いたいと本当に思っていたのなら、こんな血も涙もない行動には出れなかったはずなのだ。


 つまりは、人を救いたかったわけではなく、ただ単に、ヒーローという名の称号が欲しかっただけ。


 

 「………………………」



 奈留は帰宅した。

 お風呂に入り、新しい服に着替え、ノートパソコンを使って、休日でもやってそうな弁護士事務所を検索した。

 

 包丁で刺し殺したりなどの直接的な殺人を犯した場合は警察にそのまま出頭すればいいわけだが、こういったケースの場合、どう償っていいかわからなかった。

 名誉棄損が成立する云々は別にしても、遺族はこれからも不特定多数の人達の好奇の目に晒され続けるわけである。精神的苦痛による慰謝料の件を含め、罪滅ぼしをしたかった。



 

 

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