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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第五章 狭間の狩人
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石黒奈留の場合5



 土曜日の朝。とんでもないニュースがテレビでやっているのを石黒奈留は目にした。

 外はどこまでも暗雲が立ち込めている。


 自殺のニュースである。

 

 死んだのは女の子だ。

 母親の話によると、ブログにアップされた写真のせいで近親相姦だと学校中に広まり、耐えられなくなって死を選んでしまったそうだ。

 父親の話によると、近親相姦についてはまったくの事実無根。名誉棄損の件を含め訴えるつもりでいるとの事。


 そのニュースの内容を見て石黒奈留はというと、頭の中の脳みそがグワンと揺れたような気持ち悪さを覚えたので、派手に倒れてしまう前にしゃがんだ。

 ショックのせいか、床までもがグワングワンとし始めてしまう。


 奈留はそれでも、地面を這うようにして移動し、ノートパソコンを開いた。

 そして彼女がすぐにした事と言えば、記事の削除だった。

 次にアカウントも消して、ノートパソコンを閉じた。


 「……………………………」



 あの女の子が………死んだ?


 こんなの間違いであってほしかった。

 これから自分は、順調な未来を歩むはずなのである。

 汚れや曇りなど1点もないジャーナリストになるのだ。

 間違いなんて起こすわけがないのだ。

 そう、これは何かの間違いである。

 顔だって映さないように配慮した。そうだ、故意ではないのだ。

 たまたま不運にも、あの女の子が誰なのかについて、少ない確率で特定されてしまっただけ。


 石黒奈留は、何度もそう自分に言い聞かせ、思い込もうとした。

 しかし、どんなに言い訳を並べても女の子が死んだこの現実の前ではただの屁理屈でしかなく、奈留はそれを自覚していたからこそ、心臓の鼓動が鎮まる事はなかったのだった。



 



 そして、1時間後ー。 

  

 



 スマホで例の事件について検索した奈留は、女の子の住所が載っているSNSの書き込みを見つけたので、彼女の家に向かった。

 その一軒家の周りにはパトカーは停まっていなかったが、所轄の刑事らしき男が数名と、あとマスコミも何名かいた。そして、その周囲を囲うようにして人だかりができていた。

 いかにも野次馬が好きそうな主婦もいたが、中学生ぐらいの若者も多かった。同じ学校に通っている生徒が死んだという事で、面白半分で来たのだろう。スマホでパシャパシャ家の写真を撮っている人もいれば、楽しそうに笑っている人もいた。



 「近親相姦だってさ、キモっ。あの父親、自分の事を棚に上げて、ブログを書いた人間を名誉棄損だなんて……テメーが蒔いた種じゃん」


 「どーだかね。ブログの件がなければ彼女、死ななかったわけだから。まあ、その例のブログ、警察側が確認する前に削除されてたっぽいけど」


 「でもさ、顔は映ってなかったんでしょ?その写真」

 

 「結果的に特定されちゃったわけだから、名誉棄損にはなるでしょ。肖像権に関する刑事罰や罰則はないっぽいけど……」


 

 奈留は野次馬から離れて、別の場所に移動しようとした。

 空は相変わらず暗雲が立ち込めている。

 すると、ある人物に後ろから呼び止められたのだった。


 

 「逃げるの?」



 その声は、どんな氷よりも冷たく、触れた者の心を容赦なく抉る声だった。

 振り返るとそこには福富神子がいた。

 

 振り返らなければよかったと、奈留はすぐに後悔した。

 ムシケラを見るような目で福富神子は奈留の事を睨んでいたからである。

 福富神子はさらにこう言葉を続けた。



 「ブログを消したところでもう遅いわ。情報開示請求が通ればあなたについてすぐにわかるし、ブログを復元する方法だって存在する」




 そんな福富神子に対し、石黒奈留の口から出た言葉といえば…………。



 「私は………私は悪くない」



 と言いつつ、目はあきらかに泳いでいた。

 当然福富神子はそんな奈留に対し、「は?」と怒りをあらわにした。

 それでも奈留は言い訳を続ける。



 「わっ、わたしは、わたしは情報を使って犯罪を白日のもとに晒しただけ。それのなにが悪いのっ。芸能人の不倫を追い掛け回しているマスコミだってそうじゃない。あの人達だって似たような事してるのに罪に問われないっ」



 「じゃあ罰則にならなければ何をしてもいいの?他の人も罪に問われないからと言って、これからもどんどん、人のプライバシーを不特定多数の人達に晒していくの???」



 「わっ、私はそういうことを言ってるんじゃないっ!!!」

 

 「そういう事でしょ??」


 「違うっ!!!」



 「……なにが違うのよ。あなたは日本語が理解できないサルじゃないんだから、自分の口から出た発言の意味をしっかりと理解しているはずよ。責任から逃れたいがために、二転三転させないで」



 「だっ、だってっ、だってマスコミは罪に問われなくて、何で私だけ………」


 「……ここまでバカだと思わなかった」



 福富神子は深いため息をついた。

 そしてこう言葉を続けた。



 「あなたこう言ったわよね。この開かれた情報社会のもと、影に隠れた膿をマスメディアを通して白日の元に晒していけば、弱き者の希望にもなるって。でも、あなたが彼女に与えたのは絶望よ。ご立派な事を言っておきながら、あなたは真逆の事をした。ねえ、なんでこうなったかわかる?」



 「…………………」



 「あなたは周囲の人達をヒト以下としかみなしていなかった。だから、相手の気持ちになって考える事ができなかった。本当なら、よほどのバカでない限り、こんな簡単な事にはすぐに気づくはずなのにね………」



 「…………………」



 「完璧な人間なんて存在しない。あの女の子が周囲の好奇の目に耐えられなかったように、どんな人間にも弱さがある。許せない事だってある。でもあなたはそれを自覚しなかった。だからこうなったのよ」



 「…………………」



 「じゃあ、私もう行くから。あなたがどんなに言い訳しようとも、結末はもう決まってしまった。それだけはちゃんと胸の中に留めておいてね。じゃあね」




 

 福富神子は奈留から離れ、野次馬の中に消えて行った。

 ポツリ、ポツリと雨が降り始める。





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