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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第四章 死ぬべき基準
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死ぬべき基準



 彼の名前は上辺亮というらしい。

 彼の遺体にフォーカスを向けていた人達のスマホはいっせいに壊れてしまったため、加賀城が自分で警察に電話をした。


 その時加賀城は電話越しにこう言う事しかできなかった。

 

 「バイクに乗った男達が若い男性をひき殺しました」


 警察が駆けつけた後も、加賀城は詳しい事情を聞かれたが、大まかな一部始終しか語る事ができなかった。

 なぜ現場に居合わせたのかも、その理由についても、たまたまとしか答えられなかった。

 

 だって、超能力で危険を察知したなんて、信じてもらえるわけがない。

 危険を察知していたのに間に合わなかっただなんて、どう説明すればいいのかわからなかった。


 

 彼の命を救えなかったのだ。最悪の形でフォーカスモンスター関連の事件に関わってしまった以上、いまさら何事もなかったように振舞っても、もう遅かった。


 

 警察の無線で騒ぎを聞きつけたのか、城士松和麿が現場にやって来て、加賀城を、彼女の自宅があるマンションへと無理やり車で連れて行った。

 

 車に揺られている最中、城士松は加賀城にこう言った。



 「お願いですから、この前の鮫山組のように、連中をひとりで潰しに行こうだなんて思わないでくださいね。まだあなたはギリギリですが、一線を踏み越えてはいない。まだ、ごまかしがきくラインです」


 「…………………………」


 「無理やり私がなんとか手を回して、誤魔化してみます。だからあなたはもうこれ以上は…………」


 「…………………………」


 「あなたの仕事は、悪を捕まえる事ではない。人の心を救う事でしょう?」


 「………………でも、私はその心を救う事すらできなかった」


 「前にも言いましたが、キリがなくなってしまう。助けられない事だってあります。無責任に振るまえという意味ではありません。私は、あなたなら大勢の人達の心を救えると確信しています。だから、本当にすべきことを見失わないでください」


 「………………………………」



 そして城士松は加賀城をマンション前へと降ろし、もう家で寝るように言ってから、再び車を走らせるのだった。

 もうすっかり夜になってしまっている。

 明日になればもう3月だが、ひんやりとした風が加賀城の頬を撫でたのだった。



 「…………………」



 加賀城は自覚していた。

 城士松の言う通り、何でもかんでも自分が解決しなければと思いすぎてしまうところがある。

 

 だが………上辺美鈴をこのまま放っておいてはいけない。

 あの男達がフォーカスモンスターの代弁者として上辺亮を殺した理由は、例のフォーカスモンスターへの殺人依頼がネット上で急増したせいだろう。

 つまりは、誰かが依頼したからこうなったのだ。

 もしもその事に上辺美鈴が気づいていた場合、彼女の悲しみが殺意へ変わる可能性は高かった。


 

 それだけは絶対にだめだ。


 

 何の罪もない人が、こんなバカみたいな理由で家族を失った上に、殺人者になるだなんて、それだけは何とも防がなければいけない。


 このセンシビリティ・アタッカーの力ならそれも可能だ。

 殺意を能力で潰すだけでは根本的な解決にはならないので、心理療法と並行して心のケアもしていかなければならないが、根気よく彼女の中に根付く殺意を取り除いていけば、最悪の未来だけは回避できるはず。


 彼女の住所は、さきほどの事情聴取の時にすでに確認済みだ。

 さいわい、歩きで着ける距離にある。



 加賀城は歩き始めた。

 


 昼間も風はそれなりに吹いていたが、今は、体に叩きつけるような強い風が吹いている。

 耳の裏もすぐにひんやりとなり、じんわりと痛みを感じ始める。


 誰ともすれ違わなかった。

 時間帯のせいかもしれないが、19時にしろ、21時にしろ、帰宅途中のサラリーマンぐらいはいても不思議ではないのに………。


 いや、たまたまかもしれない。そんな日だってある。

 でも……、遊び盛りの若者の気配くらいはあってもいいはずだ。たまに大きな声が遠くから聞こえてきたりもするので……。



 耳を澄ませてみる。





 やはり、人の声なんて聞こえなかった。

 それどころか、車の走行音すら聞こえやしない。



 人の流れはどの時間帯であっても流動的なのは変わりないはず。

 この近辺にたまたま人がいないにしても、車の音くらいは聞こえないとおかしかった。



 いつの間にか、風が凪いでいた。


 生暖かい空気が汗と交じり合って、べっとりとした不快感が頬全体へと拡がっていく。




 ここはいったいどこだ?

 もしかしなくても自分は、妙なところに迷い込んでしまったのではないだろうか。



 

 いや、落ち着け。まだ取り乱すような段階までは来ていない。

 富士の樹海に迷い込んだわけではないのだ。交番がそこにあれば駆け込む事だってできるし、スマホでまた城士松に来てもらう事だって…………。



 「…………………」



 圏外だった。

 それどころか、スイッチを押しても、スマホがウンともスンとも言わなかった。




 これはいったいどういう事なのか。

 

 

 加賀城はセンシビリティ・アタッカーの力をオンにし、目に意識を集中させた。

 すると近くに電柱を見つけたので、電柱に張り付けてあったプレートの住所を確認した。



 どうやら、上辺美鈴の自宅から相当離れた場所まで来てしまったらしい。

 いったいなぜ、こんな見当違いのところまでやって来てしまったのか。


 今からだと、あそこのトンネルを抜けて軌道修正すれば、30分くらいで着けるはず。




  

 突如、大地が激しく揺れた。




 思わずよろけてしまいそうなくらいの、大きな横揺れだった。震度はおそらく、5か6か。

 でも、1分もしないうちに鎮まった。


 あのトンネルを通るのは止めるべきかもしれない。地震を甘く見てはいけない。トンネルの崩落事故は珍しい事ではないのだから。

 すると、トンネルの奥から大きな白い閃光が奔った。1・2秒程度だが、人ひとり分は呑み込んでしまうくらいのとても大きな光だった。




 こちらへ向かって駆けてくる足音が1人分、奥から響いて外まで伝わってくる。

 トンネルの出入り口には亀裂が生じている。

 



 

 「たっ、助けてくれっ!!!」



 男だった。スーツに身をまとった20代後半くらいの男が、加賀城の姿を見るなり、ホッとした表情を浮かべたが。



 「だめですっ、こっちに来てはいけません!!!」



 男をトンネルの外へと逃がすまいと、天井の亀裂が一気に拡がった。

 加賀城はさらに男へと警告するために叫んだ。



 

 「さがってくださいっ!!天井が落ちてきます」



 「えっ!!!」



 彼は加賀城の言う通り、すぐに後ろへと素早く下がった。

 すると彼の目の前で大きなコンクリートの物体がズシンと落ちた。

 

 どうやら、今度は人の命を救う事ができたようだ。



 「たっ、助かった………」


 安心したのか、彼は腰が抜けてしまい、その場へと崩れ落ちた。

 そして………………。



 

 グシャリ。




 彼は死んだ。

 彼の頭上にだけ不自然な亀裂がさらに生じて、天井の一部がまた落ちてきたのである。

 ペシャンコになってしまった事によって体内の血液が一気に外へと拡がった。



 「……………………」



 こんな事があっていいのだろうか。

 地震による天井の崩落のケースは何も珍しい事ではない。でもこれだと、何者かの意志によって起きた事としか思えない。

 それに、さきほどの白い閃光。カメラのフラッシュのようにも見えたが。

 

 カメラのフラッシュ………。

 まさか………………。



 加賀城はセンシビリティ・アタッカーの力を最大限に高め、足音を殺しながらトンネルの奥へと入った。



 もしも本当にフォーカスモンスターが存在して、彼を殺すつもりでこのような現象を起こしたのなら、彼の死を確認しないと気が済まないはずだ。

 

 つまりは、まだ逃げていない可能性が高いという事。

 だから、足音さえ殺してしまえば、正体を知れるチャンスがあるという事にもなる。


 逃げてしまった可能性ももちろんある。

 どちらにせよ、確かめないわけにはいかなかった。



 まだ逃げていないのであれば見えるはずである。たとえ感情を押し殺してその場に立っていたとしても、ロボットとはわけが違う。わずかな感情の歪みが空気と混ざり合って、どこにいるのかくらいは…………。


 いた。


 ずっとその場で微動だにしないまま立っていた。

 加賀城はスマホを取り出し、懐中電灯モードをすぐに起動させ、その人物へとライトを向けた。

 これでもうチェックメイトだった。

 でも…………。









 顔が、ナカッタ。

 





 いや、正確には、黒くうごめくナニカが邪魔をして、まともな人の形をしているのは脚しかなかったのだ。

 これだと太っているのか、中肉中背なのか、おおよその身長すら掴めない。

 はたして……はたしてこれを人間と思っていいものなのか。



 「バケモノ………」と加賀城は言った。




 「…………………」

 

 「彼は死にましたよ。あなたの望み通りにね」


 「…………………」




 バケモノが加賀城に背を向け、歩きながらその場から去ろうとする。

 加賀城はすばやく懐から拳銃を取り出し、「待ちなさいっ」と言って銃口をそのバケモノへと向けた。


 センシビリティ・アタッカーの力を使いすぎたせいか、頭痛が奔った。

 するとそのバケモノの姿が一瞬だけ透明へと変わった。


 加賀城はもう1度意識を集中させ、センシビリティ・アタッカーの力を継続させる。



 どうやら、このセンシビリティ・アタッカーの力を使ってでないと、このバケモノをまともに見る事すらできないらしい。まあ、脚以外はすべてぼやけてしまっているが………。

 

 それでも、このバケモノが実体を持った生き物ならば、撃てばダメージは通るだろう。

 

 

 つまり、殺す、という選択肢を選ぶ事もできるというわけである。



 その場合は、あの警察庁の連中の意に沿った形となってしまうが、野放しのままよけいな犠牲者を出すくらいなら、愚かな行為とは決して言えないだろう。

 

 



 撃て。どうせ生きたまま捕まえたところで、この犯罪を立証する事はできない。

 殺せ。コイツのせいで、死ななくてもいい人間まで死んだのだから。

 このバケモノに正義ナンて存在シナイ。殺せばスベテ終わる。時が経てば、フォーカスモンスターの存在をミンナ忘れる。


 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。



 

 「あなたがこれ以上人殺しをしないと誓うのなら、私は撃ちません。あなたの犯罪は法で裁けはしないでしょうが、私が特別に、あなたのための牢獄を用意しましょう」


 「……………………………」




 バケモノは、再び加賀城に背を向け、歩き始めた。

 不思議なのは、走って逃げようとはしなかった事。

 


 刑務所に入る気はないが、殺すのは加賀城の判断に任せるといったところなのだろう。

 そして、殺さなければこれからも殺し続けると言った意志の表れ…………。


 頭が、痛い。視界が何度も二重にブレては、加賀城の意識を眠りの淵へと引きずりこもうとする。

 もうだめだ。10秒もしないうちにセンシビリティ・アタッカーの力が切れる。

 



 だから加賀城は撃った。

 こんなチャンス、もう今しかない。 

 


 銃口が2度火を噴き、そこから発せられた弾丸がフォーカスモンスターへと一直線に飛んで行った。




 

 加賀城の意識はそこで途切れたのだった。






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