昔のクラスメイト2
生暖かい風がまた加賀城の髪を揺らした。
今日は、いじめが原因で自宅学習を余儀なくされていた女の子の家を訪ねていたのだが、ふと第六感が働いたので、外に出てみたのである。
センシビリティ・アタッカーの力をオンにしてみると、生暖かい風に乗って、殺意が、ある一定の方向へ流れているのが見えた。
「……………………」
殺意が見えたからといって必ずしもそこで殺人が起こるわけではない。なぜなら、常識やモラルを持った人間は、しっかりと踏みとどまる事ができるからである。
でも………嫌な予感がした。
早く行かなければ手遅れになってしまうと、加賀城の中の第六感が警鐘を鳴らしていた。
「加賀城せんせい?どうしたの?」
女の子が不思議そうに加賀城の顔を覗き込んできた。
「ごめんなさい。私、行かないと………」
本当は、もっと精神科警課の仕事に集中しなければいけない。
日本は毎年、2万人近くの人達が自らの手で死ぬといった選択肢を選んでいる。
この女の子だってそうだ。
学校に行けなくて苦しくて、1度死のうと考えた事もある。
でも現実は、彼女達に寄り添えるような環境は整っていない。
だからこそ自分が、精神科警課の人間としてきちんと向き合わなければならないのだ。
自分自身で選んだ道である。
たとえフォーカスモンスターの存在が世間を騒がすようになっても、疎かにしてはいけないのだ。
だけど………だけど………行かなければ…………。
加賀城は走った。
センシビリティ・アタッカーの力をオンにした状態のまま、殺意の糸を全速力で辿っていく。
決して足を止めたりはしなかった。呼吸に苦痛を伴うようになっても、そのスピードを緩めたりもしなかった。
呼吸の代わりに咳がでてしまう。心臓がすでに悲鳴をあげていた。
生暖かい空気が加賀城の汗と交じり合い、返り血でも浴びてしまったのかのような気持ち悪さを頬全体に感じさせるのだった。
そして加賀城は、病院近くの、東京ドーム1つ分はある大きな公園へとそのまま入った。
緑の生い茂るとても広大な公園である。残念ながら、遊具などは撤去されてしまってないが、散歩にうってつけの公園だ。
中央には女神像の形をした大きな噴水があり、デートスポットとして訪れる人達もいる。
バイクの、音がした。
まさか、公園の中をバイクで走っている馬鹿者でもいるのだろうか。
それも、1台ではなく、2台、3台、5、6台分くらいは聞こえる。
加賀城はさらにスピードを上げ、風を切って走ると、ようやく中央広場の噴水前まで着いたのだった。
そこには、つい昨日加賀城が相談に乗ったあのサラリーマンの男性が立っていた。
彼は加賀城の存在にすぐに気づき、とても不思議そうな表情を浮かべたが……。
もう手遅れだった。
バイクが彼の寸前まで迫っていて、とてもではないが、手を伸ばしても届きそうにはなかった。
そして…………、バイクはそのまま彼に体当たりし、彼の体を遠くまで飛ばしたのである。
彼は、後頭部から勢いよく地面へと落ちたせいで首がぐしゃりと曲がってしまったのだった。
「ギャーハッハッハっ!!!」
バイクに乗った男達が何度も、そんな彼の体をぐしゃりと踏みつけた。
「…………………………」
間に合わなかった。
あともう少し、もう少しだけ早ければ助けられたというのに。
あの時、少しだけ行くか行くまいか迷ってしまったから。
だから、助けられたはずの人を、死なせてしまった。
「ギャーハッハッハ。俺達はフォーカスモンスターの代弁者である。法で裁けない悪は俺達が裁く」
加賀城はその場に立ち尽くした。
フォーカスモンスターの代弁者と名乗った男達は、満足したのか、バイクに乗ったまま去っていった。
すると、女の絶叫が加賀城の鼓膜へと深く響いた。
顔をそちらへと向けると、青白い顔をした女性が1人、目を大きく見開かせていた。
「兄貴っ、兄貴っ!!!そんなぁ………そんなぁ」
彼女は、男性の遺体へと駆け寄り、何度も何度も体を揺さぶった。
でも、当然返事なんてなかった。
首が折れてしまったからだ。
目は白目を剥いてしまっていて、口はだらしないくらい大きく開いていた。
体中の骨も、バイクに轢かれてしまったために粉々で、手首なんてもう完全にぺしゃんこになってしまっていた。
それでも彼女は、何度もその遺体を揺さぶり続けた。死んだなんて認めたくなかったからだ。
噴水から飛んできた雫が地面へとポタリ、ポタリと落ちた。
遠くで一部始終を見ていた人達が、なぜかスマホを取り出し、カメラ機能を起動させてフォーカスを向ける。
野次馬が、騒ぎを聞きつけてさらに増え続ける。
彼らもまたスマホを取り出し、フォーカスを、男性の遺体へと向けた。
そして彼らは、平然とした表情でこんな事を言った。
「フォーカスモンスターの代弁者だってさ」
「じゃあなに、そこで倒れてる男の人って、悪者なの?」
「すっげ。じゃあ、ついでに大輔の事も殺してくんねえかな」
「ひゅー、ダークヒーローってチョーかっこいい」
生暖かい風が突如止んだ。
そのかわりにあたりに静電気が生じ始め、少し手を動かしただけでスタンガンのような光が奔った。
ストッキングをはいていた女子は悲惨だった。ひとりでにいたるところから穴が開き始めたからだ。
風が止んでいるのに、加賀城の髪がゆっくりと靡いている。
そして………………………。
遺体の写真を撮ろうとしていた人達のスマホにいっせいに電気が奔り、同時にブラックアウトしたのだった。