意地
よくテレビドラマで見る終盤のパターン。
大勢死ぬ予定だったのに、気持ち悪いくらいにちょうどよく主人公がなんとかギリギリ間に合って、1人も犠牲者を出す事なく、平和な日常が訪れるといった大団円。
はっきり言って、これは興ざめ以外のナニモノでもない。
放送倫理的にそういう展開にしないとマズイというのもあるのかもしれないが、結局そのせいで似たり寄ったりのハッピーエンドにならざるを得ないのは、視聴者だっていつかは飽きるもの。
それに、犯人が長い講釈をたれ過ぎたせいで主人公が間に合ったりもしているので、『しゃべっているヒマがあればスイッチを押せ』とツッコミを入れる視聴者だって出て来るのは当然だ。
それだけはいやだったので、とりあえずこの会場にいる人間を適当に1人だけ選んでカメラで撮り、犠牲者ゼロの大団円というシナリオだけは潰しておいた。
そして直江宗政は手に持っていた遠隔用の小型スイッチを押したのだった。
「………………………」
なにも起こらなかった。
いつの間にか扉の前にまといと加賀城が立っているのに気づいた。
宗政はニヤリと笑みを浮かべた。そして心の中で思った。勝ったと。
そして加賀城に対してこう言った。
「…………………まさかあなたまで生きているとはね、加賀城密季」
「……………………」
「それにしても、この建物の周辺には見張りの者を立たせていたはずですが?」
そう、見張りの者がいたはずなのだ。
そして彼らにはあるものを持たせていた。
加賀城密季のセンシビリティ・アタッカーの力を封じる効果のある、超音波の出る電子機器だった。
センシビリティ・アタッカーの弱点は音だ。
チカラを使用している最中は特に聴力が過敏になるので、聴力に影響を及ぼすタイプの超音波を流せば、彼女の脳に深いダメージを与えられるはずだった。
いかにもな場所にばかり見張りを配置してしまうと逆に気づかれてしまう可能性があったので、通行人を装わせ、この建物の周辺を歩かせたりと、よけいな人間を近づかせないための布陣は完璧のはずだった。
それについては加賀城はこう説明した。
「見張りの何人かは私の“仲間”が事前に片づけてくれたので、私達は残りの見張りを片付ければいいだけでした。私がいま耳につけているイヤホンは、超音波を防ぐ専用のノイズキャンセリング機能もついているのでね」
「…………………………………」
「なんにせよもう終わりです。蒼野さんと私が生きていると、この殺戮ショーに支障がでてしまうからあんな形で殺し合いをさせようとしたのももうわかってます」
「…………………………………」
「それともまだあがいて見せますか?」
「……………フフフ、もう結構です。ここまでやって来たのが加賀城密季、君だけだったら、この手持ちの手榴弾で君を殺していたかもしれないけど………もういい。もう飽きました。だからいったんこの部屋からでましょうか。3人で」
「宗政さん………」
まといはせつなげな表情をずっと浮かべたままだった。
宗政の提案通り、いったん3人は部屋から出て、廊下へと移動した。
そのあいだも加賀城は、宗政が不審な行動をしないかどうか気を配っていたが、宗政にはもうその気は残っていなかった。
宗政はこんな事を言った。
「キレイごとだけじゃ何も変える事ができないという考えは今でも変わりません。どんなに法を整えようが、その法の網をなんとかして掻い潜ろうとしてくる愚か者は必ず現れる。だからこそ戒めが必要なんです」
「宗政さん………」
「ふふふ、負け惜しみみたいになってしまいましたね。ところで加賀城さん。あなたが逮捕できるのは、私か蒼野さんか、どちらか1人だけです」
「えっ……………」
「フォーカスモンスターが実は2人いたという事が世間に広まってしまったら、この一連の騒ぎは決して鎮まらない。それはあなたもわかっていますよね、加賀城さん」
「…………………」
「もしそんな事になったら、第3のフォーカスモンスターが名乗りをあげるのを人々はずっと期待し続けるでしょう。それと同時に、また模倣犯だって現れるかもしれない。殺人依頼だって減らないでしょう。そして、SNS上に書き込まれた個人情報のせいで、フォーカスモンスターとは関係のない別の人間の手によって殺される人も出て来るかもしれない」
「……………………」
「だからこそフォーカスモンスターは“唯一無二”の存在であるべきなんです。マスメディアやSNSのチカラを使って、そう知らしめる必要があるんです。2人目、3人目、4人目は絶対にこの世に現れる事はないのだと、わからせなければいけない」
「……………………」
「超法規的措置による特例法によれば、マスコミの“報道する権利”をあえて無視して、秘匿特権を行使する事も可能ではあるようですが、その存在を知っているみんながみんな、お行儀よく口を噤んだままでいられるかどうかを考えたら、ハッキリ言って否ですよね?もしかしたら政治利用のために蒼野まといの存在をあきらかにされてしまう危険性すら孕んでいる。しょせんあの特例法は、腹に一物を抱えた政治家達が作ったものにすぎませんし……」
「………………つまり、あなただけを逮捕しろと?」
「私がフォーカスモンスターとしてのチカラを使った瞬間が、ちょうどあの部屋の中に設置してあるスタジオカメラが撮っていますので、証拠としては充分かと?」
「……………………」
「あなたの負けですよ、加賀城密季。この一連の騒ぎを完璧なものとして鎮めたいのなら、あなたは絶対に彼女を逮捕してはいけないんです」
「……………………」
「警察は2年前、サラの事件をまともに解決しようとすらしなかった。腐りきった警察上層部は政治家として働いている“お友達”を守るために下へと圧力をかけ、そしてその下の連中はたいした抵抗もせずにすぐにその圧力に屈してしまった。よりにもよってあなたは、すべてを宗像先生に押し付けた。そんな宗像先生は、あんな惨い方法で殺されてしまった」
「……………………」
「たとえどんな結末を辿ろうが、あなた達が納得するようなハッピーエンドにだけは、2年前のあの日からするつもりはありませんでした」
「……………………」
「あなたの負けですよ、加賀城密季。それとも、正義のために、たとえ完全な形で終息しなくても、蒼野さんごと私を逮捕しますか?」
そう、これは復讐をはじめた者としての最後の意地でもあった。
正義が勝つというくだらない予定調和を打ち壊すための最後の意地だ。
蒼野まといだけは絶対に逮捕させない。
警察側の自己満足のためだけに刑務所に閉じ込めておくよりかは、その方が絶対に彼女のためになるはず。
だから彼女には、青空の下で、ちゃんと罪を償ってほしい。




