バッドエンドの舞台2
そして7月26日のAM0時過ぎ。
BECKにはかつて別世界が存在していた。奥の、ステージ横に見える大きな扉から入ると、奥まで続く幅広の廊下のエリアへと出られる。かつてはこの扉の前には屈強なガードマンが立っていて、許されたものしか奥へは進めなかった。
その幅広の廊下の左右の壁には、等間隔に扉が配置してあって、“昔”はその扉の中からいやらしい悲鳴が聞こえたという。
その廊下をずっとずっと奥へと進んでいくと、豪勢な装飾が施された黒の大きな扉の前へとたどり着く事ができる。
BECKは2年前に潰れてしまったので、その装飾はすっかり剥げてしまってはいるが、最後の舞台を飾るのにはふさわしい場所だった。
その扉を抜けた先には、白と黒のコントラストが際立つタイルが床一面に広がっていて、その床のうえに等間隔に置かれた40ものイスには、両手足を縛られた男女がむりやり座らされていたのだった。
口もガムテープでふさがれているために、小さなうめき声がむなしく聞こえるだけ。
この部屋の奥には、“ショー”をおこなうために使われていた黒光りした黒曜石の壇上が際立っている。
そしてその壇上がある後方の壁には、大きなモニタが取り付けてあった。
部屋の隅には、例の大型スタジオカメラが何台か等間隔に置いてあった。
0時過ぎたと同時にそのモニタに、パッといくつもの映像が表示された。
そう、画面を分割した状態で映した例のミーティングの光景だった。
そして、黒曜石の舞台へとあがる1人の“男性”がいた。
その男性は“僧侶の格好”をしていた。
「こんにちわみなさん。いや……こんばんわかな。まあ、あと数時間もすれば、おはようございますなわけだけど………」
「むぐっ、うっ………」
「私の名前を知っている人間がこの中で何人いるんでしょうね。テレビにはさんざん出演はしましたが、ワイドショーばかりだったし、地上波離れが加速していますので、もしかしたら私を知っている人は1人もいないかもしれませんね」
「…………ぅ……………」
「まあ、そんな事はどうだっていいんですよ。あなた達はもうすぐ死ぬんだから」
「………うぐっ……………」
「でもあなた達にはその前に極限の恐怖を味わってもらいます。いまこのモニタの中から、あるひとつのサークルをランダムに私が選び、あの会場に配置されたスタジオカメラを使って彼らを撮影します」
「………………………………」
「あっ、言い忘れてました。私はフォーカスモンスターです。まあ、急にこんな事言われても信じられませんよね。じゃあこうしましょう。まずはあなた方の中から適当にひとりを選び、私がこのカメラで撮ってあげます」
“僧侶”の手にはひとつのデジタルカメラがあった。
さっそくそのカメラで、1人撮影した。
まばゆいフラッシュが焚かれ、その光は部屋一面へと広がり、あたりは真っ白い光で埋め尽くされる。
すると、天井の一部が突如しずかに抜け落ち、カメラで撮られたその人物の頭へと派手に直撃したのだった。
頭は簡単にぐしゃりと潰れ、その人物はイスごと床の上にガシャンと倒れてしまった。
血が床一面へと広がっていく。
「ふふふふふ、信じました?私がフォーカスモンスターだって」
その死を目の当たりにした彼らは、悲鳴を言葉としてなんとか声に出そうとしたが、やはり、口を塞いでいたガムテープのせいで、ただのうめき声にしかならなかった。
「あと2.3人くらいこの場所で殺せばあなた方もさすがに信じるとは思うんですが、いまみたいに天井の一部が何度も何度も抜け落ちたりしてしまうと早々にこの場所が崩れてしまう可能性があるのでそれはしません。だからこそああいう形でサークルの参加者をいくつも募ったというわけです。このスイッチを押せば、いまモニタに映っているサークルのうちのひとつが、惨劇の舞台と化す。今度は大勢の人達が今みたいにいっせいに死ぬんですよ」
「むぐっ………ううっ」
「その前に、何で私があなた達にこんな事をしようとしているのか、理由をお話ししましょうか」
「むぐっ……ううっ、むぐっ」
「そう、これは復讐です。あなた達はもっと考えるべきだった。あなた達がSNS上で何気なく発した言葉のせいで、相手がどう思うのかをね………」
「………うっ…………」
「よく知りもしない相手をさんざん罵っておきながら、誹謗中傷されるのは相手にも非があるとあなた達はいつも開き直り、飽きればまた次のターゲットを捜す。その繰り返し。そして、過去にあなた方がさんざん叩いたターゲットがようやく社会復帰した頃にまた騒ぎ出して、その可能性の芽すらも摘もうとする。そしてあなた達は決して罪悪感を抱こうとはしない。なぜなら、相手に100%非があると無理やり思い込んでしまっているからです」
「…………………………」
「あなた達はいったい何様なんですか?」
「…………………………」
「それともあなた方は自分自身を“清廉潔白”な人間だとでも思っているんですか?」
「…………………………」
「本当に清廉潔白な人間なら、相手の事を口汚くは罵らないはずです」
「…………………………」
「相手を好き勝手に侮辱している時点で、あなた方もしょせんは一緒なんですよ。誰かに誹謗中傷されるほどの汚い一面があなた方にもあるという事なんです」
「…………………………」
「それなのにあなた方は相手だけを100%悪人だと決めつけ、自己満足という名の愉悦に浸るために、罪悪感からもつねに目を背け続けている」
「…………………………」
「それが、私があなた方を殺す理由です」
「…………………………」
「あのサークルの参加者たちの死は新聞の一面には載るでしょうが、あなた方の死が一面に載るのはかなり後にはなると思います。この場所、まだ建て替えの予定がないみたいなので、あなた方の遺体は当分見つからない」
「…………………………」
「でも、それでいいんです。どんなに派手な事件が起きても、いずれは風化し、みんなたいして思い出さなくなってしまう。だからこそ、あなた方の死が明るみになるのを遅らせる必要があるんです。だってそうすれば、またみんな思い出すはずだから……」
「……………うっ…………」
「そして“戒め”としてできるだけ長い間効果を発揮してくれたらそれでいい。悪い事をしたらフォーカスモンスターがやってくるかもしれないと、みんなが恐れてくれたらそれでいいんです……」
そう、これでいいのだ。
計画が予定通りに終わりそうでよかった。
変に長引くと、自分の命がいつ潰えるのか予想がつかないからである。
最初は、ストレスで胃に穴が開いただけだった。
サラの死があまりにもツラすぎたせいで、最初は胃だけだったのに、他の部分にも異常をきたすようになってしまった。
でも、治療なんてあまりにもばかばかしすぎたので、今日までほとんど何もせずに生きてきたのだ。
皮肉なのは、志半ばでこの世から去るような事にはならず、今日まで生きられたという事。
気分を落ち着かせるために頼った香木の力が、うまく作用してくれたおかげかもしれない…。
計画は完璧のはずだが、イレギュラーな事態が起きた時のために、この建物周辺には、見張りの者を何人か立たせてはいるが、さっきも定時連絡で異常なしという電話を受けているので、嗅ぎつけられてはいないらしい。
「…………………」
ふと、蒼野まといの顔を思い出したが、すぐに頭から追い出し、目の前の事に集中した。
そう……もういいのだ。ここまで来てしまった以上は、期待するだけ無駄だ。
もう押そう…………このスイッチを。




