あっとらんだむの悲劇
イシユミに助けられたトモイがまずしたのは、“調べる”事だった。
花房グループが所持しているパソコンからだとバレる可能性が高かったので、防犯カメラの少ないマンガ喫茶を探してその中へと入り、巨大なパソコンのモニタが置かれたVIPルームの金額を6時間分だけ支払い、さっそくそこで調べ物をしたのだった。
リクライニングチェアにもたれながら、パソコンのキーボードを軽快なリズムで叩き、とあるサークルについて調べたのだった。
そう、フォーカスモンスターを信奉する類のサークルについてである。
フォーカスモンスターは、いまや人気者の存在となってしまった。
なぜなら警察組織だけでは裁ききれないクズを、超常的な方法で殺してくれるからである。
それに今の警察組織は政治家ともズブズブで、上級国民が犯した罪に関しては積極的に裁こうともしない。
だからこそ、こんなサークルが1つや2つだけではなく、100を超える数まで増えてしまったのかもしれない。
「………………………」
トモイが調べたいのは、近日中に、このサークル内でおこなわれるミーティングについてだった。
イシユミによると、大きなスペースを貸し切ってのミーティングが近日中にいくつか同時刻におこなわれるらしい。
ミーティングといっても、かたっ苦しい会議とかではなく飲み会がほとんどだが、このミーティングは決まって深夜に開催される。
そして、その同時刻に開催されるミーティングのうちのどれか1つが、惨劇の舞台と化すというわけだ。
正確な開催日時を絞り込ませないために、今日の深夜に開催されるミーティングもあるのだが、明日の深夜にもミーティングがいくつか開催されるように黒幕側はあえて仕組んでいる。明後日に開かれるミーティングもあった。
その悲劇を防ぐためにも警察総動員で毎日のように別々の場所を見張らせたいところではあるが、そんな事をしたら、警察が大勢派手に動いてしまうわけだから、黒幕にこちらの動きを察知され、逃げられる。
イシユミによると、毎回、発生する場所と日にちはランダムで決まるらしい。
サークルを利用してこういった計画を企てているので、この黒幕がサークルのメンバーなのはたしかだが、いくつかのサークルのリストをザっと調べてはみたのだが、それらしき人物は見当たらなかった。
ようはあれだ。他人の名前を勝手に使って参加している可能性……。
さて、どうするべきか。
花房聖が所持していた手帳によると、この惨劇に関しては100%防げたためしがないらしい。
今日の深夜におこなわれるサークルは12もある。
こんな時、優秀なハッカーがいてくれると助かるのだが………。
相沢も死んでしまったし、福富神子に関しては遺体もあがってないらしいが、きっともう生きてはいないはず………。
プルルルルル。
電話がかかってくる。
トモイはパソコンの脇に置いていたスマホを手にし、誰からの着信なのか画面を確認した。
「あっ………」
トモイはすぐに通話ボタンを押し、電話にでた。
「もっ、もしもしっ、福富さん?」
『…………………あれ?生きてたんだ』
「それはこっちのセリフだけど」
『お生憎様。まっ、ケガは負ってしまったけどね』
「なぜ俺に電話を……」
『あんたの遺体の場所ぐらいはつき止めてあげようかなと思ってたの。相沢は死んでしまったけど、いま、私の近くに優秀なハッカーがいるから、私のスマホから出る電波を辿ってもらって、あんたのスマホの位置を特定してもらおうとしてたんだけど………ま、あんたが生きてるんだったら、もういいわ』
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。いまなんて言った??」
『私のスマホの電波を使ってアンタのスマホの情報を………』
「優秀なハッカーがそばにいるって………」
『ええそうよ。あんたが黒幕扱いした例のハッカーだけど?』
「…………………」
『あっ、せっかくなら謝ったら?あんたも仕事で彼を疑ったんだろうけど、間違ったのは事実なんだから、それが筋ってもんよ』
「…………そうだな。いくらだって謝ってもいいよ。でも、彼にしてほしい事がある」
『えっ、何?』
「場所を特定してほしいんだよ」
トモイは福富神子に事情を説明した。
福富神子もまた、トモイが知らない情報を彼に提供したのだった。
福富神子は1度深くため息をしてから、こう言った。
『ふうん……なるほどねぇ。さすが、黒幕の方が何枚もうわてだったって事ね。SNSを使っての大量殺人を防がれても、ちゃんと別の場所で別の悲劇が起こるように仕組んでいたと』
「俺も、SNSを使ってそんな悲劇が起こるなんて知らなかったよ」
『…………たぶん、SNSを使った悲劇に関しては毎回六文太弥勒が止めてたからだと思う。だから、花房聖も知らなかった』
「なるほどね……」
『場所についてはわかったわ。ある程度はこちらでなんとかなるとは思う。たとえ他人の名前を使ってサークルに参加してても、他人の家に勝手にあがってパソコンを使う事だけは絶対にできないから、別のパソコンからメンバー登録しているはず。そこから探ってみるわ』
「助かるよ」
そして2人はいったん通話を終了させたのだった。
21時50分に目を覚ました碧は、クローゼットの中にあったショルダーバッグを慌てて掴み、包帯や消毒液やガーゼなどを大量に詰め込んでから、それを肩にかけて家を出た。
そして、全速力でバス停のある道路沿いの道へと出ると、そこに1台のタクシーが停まっているのが見えた。
運転手は碧にこう言った。
「おひさしぶりです、風椿さん。私をご指名してくださってありがとうございます」
「あなたがまだタクシーの運転手で助かったわ。こういうのは信用できる人に頼みたかったから」
「信用できるだなんてめっそうもありません。ただヒマだっただけですよ。これでもまだ独身なもので」
そう、この運転手は、1年前に、道の途中で倒れたまといを診療所へと連れていく際にお世話になったあのタクシーの運転手だった。
そして碧はベッドで眠ってしまう前に、タクシー会社に問い合わせて彼を指名し、この場所でずっと待ってもらっていたというわけである。もちろんあとでそれなりのお礼はするつもりだ。
碧は運転手に場所を告げ、さっそく河野豆ヶ原総合病院跡地の近くまで向かってもらった。
「あっ…………」
だけど碧は絶望した。
跡地の方から、大きな煙がたちのぼっていたからである。