バットエンドの舞台
まといが加賀城に待ち合わせ場所として指定したこの河野豆ヶ原総合病院跡地は、以前は医療界でもトップを走る大病院だった。
その広い敷地の中には細長い建物が何棟もあり、建物同士が吹き抜けの渡り廊下で繋がっているところもあった。
千葉にあるあのアミューズメントパークほどは敷地面積は大きくはないかもしれないが、それでも充分すぎるほどに広かった。
でもこの場所はあくまで跡地である。
なんでトップを走っていたこの河野豆ヶ原総合病院が跡地化してしまったのかというと、優秀な医療スタッフの引き抜きが相次いだだけではなく、そのさなかに院長が心臓麻痺で死んでしまったため、瞬きをするあいだに潰れていってしまったというわけだった。
病院が潰れたその後は、不況が続いてしまった影響で、この土地を使っての教育施設の建設や高級アパート建設の話も計画としてはあがったものの、儲けが見込めないとして、いまだに病院の建物が残ったまま放棄状態が続いている。
だからこそ“惨劇の舞台”としてはふさわしいのかもしれない。
加賀城は例の黒いコートを羽織った状態のままタクシーで近くまでやって来て、裏口の方からこっそりと入って、指定された中庭のところまでやってくる。
その中庭の右と左にはそれぞれ細長の別棟が建っていて、前と後ろにあたる部分には吹き抜けの渡り廊下が通っていた。
加賀城は吹き抜けの廊下の方から中庭へと入り、そして足を止めた。
「………………………」
蒼野まといはすでに到着していた。
生暖かい風が2人の髪をユラリユラリと揺らした。
加賀城はまといにこう言った。
「自首でもしてくれるんですか?」
「………………………」
まといのウエストポーチには“確かなふくらみ”があった。やっぱりカメラ持参でやって来たという事なのだろう。
さらに加賀城はこう言葉を続けた。
「花房聖が死んだのはあなたのせいだと、わたしはあの時あなたに言いましたが、でも本当はそうじゃない」
「……………………」
「わたしがもっと早くに王李を殺していれば、花房聖にまで被害が及ぶような事にはならなかった。だから、わたしの手で招いてしまった悲劇でもあるんです」
「……………………」
「たぶん私は怖かったんだと思います。たとえ正当防衛として私の殺人が処理されたとしても、いやでも罪悪感と向き合わなければならなくなるから」
「……………………」
「私は精神科警課の人間ではあるけれど、とても心が弱い人間なんです。だから、罪悪感にずっと付きまとわれたくはなかった。だからこそ、王李を殺せる瞬間があったのに、中途半端な形で彼を生かしてしまった」
「……………………」
「だからといって、フォーカスモンスターがいままでしてきたことを認めるつもりも正当化するつもりもありません。でも、きれいごとだらけの自己満足に浸り続けても、守れないものだってある。そう、私みたいにね」
「……………………」
「………なので私はあなたを殺します。あなたにどんな事情があろうとも……」
するとまといはウエストポーチの中からカメラを取り出し、カメラのフォーカスを加賀城へと向けたのだった。
そして加賀城もまたまといに拳銃を向けた。
そう………まといも、もう加賀城密季を殺す以外に道がなかった。
ほかに方法が思いつかないのだ。
ここでやめてしまったら、次、敵が何をしてくるか予想ができないからだ。
だから、守るために殺すのだ。加賀城密季を………。
あとは簡単だ。このシャッターボタンを押してしまえばいいだけだった。
すると、まといの体から“ちいさな光のカケラ”がヌッと出てきて、フッと風に乗って、そのカケラは加賀城の方へと飛んでいった。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「………えっ………」
まといは驚愕の表情を浮かべた。
突然、加賀城の目の前に“ある人物”が現れたからだった。
でもその人物は、もうこの世にはいないはずの人物だった。
「………………………サラ………」
いまのサラのその表情はとても穏やかだった。
でも、せつなげでもあった。
だけど、これだけはわかる。今の彼女には、いっさいの憎しみなんて存在してはいないという事を。
本当は、もう魂すらこの世に存在していなかったはずなのに………。
「……………………」
サラには、ちゃんと面と向かって謝りたかった。
復讐を途中で放り投げてごめんなさいと。
許されなくても当然だと思った。
親友が受けた屈辱を、ちゃんと晴らしてあげなかったのだから。
だけど、今のサラは決して怒ってはいなかった。
言葉を発しようとはしないものの、まといに対しての謝罪の気持ちがその表情からあふれ出ていたのである。
復讐心を煽ってまで何人もまといに人殺しをさせてしまった事に対する謝罪だった。
まといの目から一筋の涙があふれ、頬をつたった。
そしてサラはゆっくりと透明になっていき………。
完全に姿を消してしまった。
「……………………」
もう気配すら、どんなに意識を研ぎ澄ましても感じなくなってしまった。
成仏してしまったのか、それとも、今度こそ完全にこの世から消滅したのかはわからない。
「………………………」
だけど気が変わった。
きれいごとばかりでは守れない者が多すぎるのがこの世の中だけど、それでも、ひとつの可能性を信じてみたくなった。
なのでまといはやはりシャッターを切る事にした。その可能性のために。
パンっ。
上空の方からなにか破裂音が聞こえた。
加賀城はすぐにその音の正体に気づいたが、体を逸らすよりも早くその銃弾は加賀城の寸前へとやって来ていて、首の右側の肉の部分を貫いてから、その銃弾は後ろの渡り廊下の柱の部分に命中したのだった。
加賀城はすぐに首の傷を両手で押さえ、血が噴き出るのをなんとかして抑えたのだった。
致命傷にも近い場所を撃たれてしまったため、まといに向かって引き金を引くどころではなくなってしまった。
加賀城の指の隙間から血が漏れ、ポタリ、ポタリと地面へと垂れた。
「えっ…………」
まといは目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
だってこれでは、話があまりにも違い過ぎるからである。
黒幕が話してくれた予定では、加賀城密季を殺すのは自分だったはず。それなのにどうしてこんな事になってしまうのか。
だけど、これはチャンスだった。
やっぱり、あの黒幕もまた、この場所のどこかにやって来ているという意味でもあるからだ。
銃弾が飛んできた方角はもうわかっているので、あとは建物ごとこのカメラで撮ってしまえば終わりだ。
まといは覚悟を決め、建物に向かってシャッターを切った。
まばゆいフラッシュが発生し、白い光が建物全体を包み込んだ。
「……………………」
そして………。
まといの肩にも銃弾が命中し、血しぶきが広範囲へと散ったのだった。




