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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第四章 死ぬべき基準
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直江宗政

 



 翌日まといは、頼宏の運転する大型トラックで、直江寺まで連れて行ってもらった。

 


 

 たまに、長い階段を上らないとたどり着けない神社や寺があるが、直江寺は平坦な土地に建っているのでその心配はない。

 さらに直江寺は広大な敷地を誇っており、周りは木々に囲まれているが、木と木の間隔はそれほど密集しているわけではないので、この土地全体に陽の光が行き届いている。

 そして本堂から少し離れたところに寺院墓地エリアが存在している。


 ここの住職のご厚意で、まといは27人分の遺骨を一時的に保管してもらっているというわけだ。

 一般的な墓地だと、外に墓石が建っているイメージを持つ者もいるだろうが、堂内に墓石を設置する形態も存在している。この形態の事を堂内陵墓(どうないりょうぼ)という。

 


 頼宏は堂内陵墓の建物の前まで台車を使って、スノードロップの花を運んでくれた。


 「それじゃあ、俺はこれで」



 そして彼は帰っていった。

 その入れ替わりにやって来たのが、ここの住職である。


 名は直江宗政(なおえそうせい)

 歳は20代後半くらいだろう。スラリとしていて背が高く、品のいい顔だちをしている。

 髪の色は地毛なのか、根元までアッシュブラウンで、眼鏡をかけている。



 「こんにちわ、蒼野まといさん」


 

 声も実に品のいいトーンである。

 

 宗政は、頼宏が持ってきた分のスノードロップの花を台車を押して走らせ、まといと一緒に堂内陵墓の中へと入った。



 堂内陵墓の中は、天井がとても高くなっており、真っ白いツルツルの広い廊下がどこまでも続いている。

 陽の光がところどころ差し込んでいるのは、天井近くにあえてガラスがはめ込まれているからである。

 

 この堂内陵墓は一世帯ごとの個室形式となっていて、廊下から透明の自動ドアを通って、個室へと入る事ができる。

 

 児童養護施設の子供達の遺骨は、1番奥の部屋に置かせてもらっている。

 でも墓石は飾っていない。仮の物を用意するにしても、墓石の値段もバカにならないからだ。

 なので、大きな棺の中にとりあえずだが遺骨はしまってある。

 保存状態については、この堂内陵墓は室温管理も徹底しているので、心配はない。

 

 まといと宗政は、自動ドアを通って中へと入った。


 スノードロップの花は、棺の上に綺麗に並べた。


 そしてまといは電池式線香を焚き、両手を合わせた。

 

 宗政は念仏を静かに唱えはじめる。

 まといはただただ静かに、27人の魂の冥福を祈ろうとした…………。 



 「……………………」



 だが、まといの眉間にうっすらと刻まれるしわ。

 すると、念仏がピタリとやんだ。


 宗政はゆっくりとまといへ顔を向ける。



 「その心の中にあるのは、迷い、そして疑い」


 「……………………」


 「あなたの中には今、2つの本音が存在している。そう、矛盾した2つの本音が………。だからこそ、純粋な気持ちで冥福を祈る事ができない」


 「……………………」


 「なぜ本音を否定する必要があるのかについては、その本音に従う事イコール悪い事だと思っているから」


 「……………………」


 「ですが、あなたは人です。27人の死について複雑に想いを巡らしてしまうのは当たり前です。自分自身を責める必要はないんです」


 「……………だけど、私はわからないんです。この27人の死は現実で、ドラマやアニメの世界とは違う。だから、ここでこうして冥福を祈ったところで報われる事なんてないんじゃないのかなって思ってしまうんです」


 「…………それは仕方のない事です。彼らだってかつては人だった。不本意な死であればあるほどよけいに、納得して成仏なんて望まないのかもしれない」


 「………………………」


 「でもこのままだとあなたは押しつぶされて……………」






 

 突如、堂内陵墓内に、男の叫び声が響いた。







 何事かと思って宗政は部屋を出ると、廊下には老若男女の群れがあった。

 

 まといも宗政に続いて廊下へと出ると、同じく、何事かといった表情の何組かが、自動ドア越しに様子を覗いていた。



 群れの先頭にいた70代くらいの男性は、宗政の姿を見るなり、『どうにかしろよっ!!』とさらに大声をあげる。

 どうやら彼らは宗政に会いに来たらしい。皆、眉間にしわを深く刻み、目をギラギラとさせていた。

 それでも宗政は動揺した様子など一切見せずにこう尋ねる。



 「何事ですか?」



 声のトーンもとても落ち着いている。



 「フォーカスモンスターを、とっとと成仏させろって言ってんだよっ!!!」



 まといの片眉がピクリと動いた。



 「………フォーカスモンスター……ですか」



 相変わらず宗政は、男の怒鳴り声には動揺しない。

 さらに宗政は、落ち着いたトーンを保ったままこう言った。



 「生きているにしろ死んでいるにしろ、フォーカスモンスターは人の心を持った存在かと。だから、相手の意志を無視してまで成仏を促したところで、聞き入れてくれると思いますか?」



 だが、男達はその言葉に対し、こう反論する。



 「そこはだなっ、お前が無理やりその霊能力で成仏させればいいんだよっ!!!」


 「そうだっ、そうだっ!!!」


 「お前のその霊能力で、死者の魂を消滅させろっ!!!」


 

 

 フォーカスモンスターの存在が大きくなってきたせいで、次は自分の番なのではと思う人が増えたのだ。

 きっと彼らも、殺されるような心当たりがあるからこそ団結し、いまここにいる。

 でも宗政はそんな彼らに対し、こう言った。



 「私に死者を消滅させる力はありません。私にできる事は、死者に寄り添う事です」



 それでも彼らは1歩も引かない。目を相変わらず血走らせたまま、宗政に対し、こう怒鳴った。



 「寄り添う必要なんてねえんだよっ、ボケがっ!!!」



 ここまで来ると、もう警察沙汰の域である。

 宗政は彼らに対し、落ち着いたトーンのままこう返した。



 「死者に対しその言い草………どうやらあなた方は罪悪感のカケラも持ち合わせてはいないようですね」


 「そもそもな、俺たちはなにも法的には悪い事してねえんだよっ!!それなのに呪いとかアホかっ!!!特にあの児童養護施設の連中だよっ!!!全員死んだはずなのに、結局門の前で高校生が死んでんじゃねえかっ!!!」


 「……………………………」


 「結局あそこは、やっぱり犯罪者生産工場だったって事だっ!!死んでもなお、罪のない人を殺そうとするんだからなっ!!!」








 ビキっ!!






 天井近くにはめ込まれていたガラスに亀裂が生じ、ガラス片となって男達の周囲へと降り注いだ。

 


 「うっ、うわあああああああああっ」



 それでも、怪我人は”幸運”にも1人も出なかったのだが、男達はいっせいに逃げてしまった。

 


 すると、奥の方から坊主の若い僧侶が数名出てきて、ホウキでガラスを片付け始める。

 純粋にお参りに来てくれた家族に対しても、騒ぎについての謝罪に回ったりする者もいた。



 宗政はあいかわらず落ち着いた表情をしている。

 ふと、何か感じ取ったのか後ろを向くと、そこには目をギラつかせたまといが立っていた。



 「……………蒼野さん。彼らもまた、ただの人でしかない。まあ、”優しさに欠けた”人ではありますが、恐怖のせいで余裕がないのでしょう」


 「…………………………」


 「恐怖があるからこそ、声を大にして”自分は間違っていない”と振りかざす。そして相手を納得させたがる。なぜなら、安心したいからです」


 「…………………………」


 「でも、あなたよりかは、心は脆くはないかもしれませんね。ああいう類は、騒ぎが収まればすぐにケロッとしてしまいますから」


 「…………………………」


 「…………………………」



 宗政は、スッとまといの手首を掴み、そのまま手を引っ張って堂内陵墓の外へと出た。

 そして、離れに建っている屋敷の縁側へと移動し、そこにまといを座らせた。

 

 宗政はいったん、すぐそばの襖を開けて中へと入り、壁際に置いてあったポットと急須で、緑茶を湯呑みへと注ぐ。

 

 湯呑みをまといへと渡し、宗政はこう言った。



 

 「27人の事は忘れなさい。相反する2つの本音にあなたが押しつぶされてしまうくらいなら………」


 「………………………」


 「彼らの死はあなたのせいではない。あなたまで苦しむ必要はないんです」


 「……………忘れる事なんてできない」


 「それでも、あなたは忘れるべきです。このままだと、あなたまで本当に悪霊になりますよ」




 宗政は、懐から500円玉サイズの小さなきんちゃく袋を出し、それをまといの手のひらに握らせる。

 そしてまといに対し、こう言った。

 


 

 「この中には香木が入っています。カケラサイズで無臭ではありますが、邪な匂いをかき消す効果があります。つまり、匂いを”無臭”にする効果があるんです」


 「無臭………ですか」



 

 まといは、きんちゃく袋を受け取った。

 このサイズならポケットにいつも入れておいても、目立たなそうだ。

 

 


 

 

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