密室からの解放
いまトモイがいるその部屋には、たくさんの食料が用意されていた。
冷蔵庫もあり、お風呂もトイレもベッドもあった。
オフラインで遊べる類のアプリゲームの入ったアイパッドもあったが、Wi-Fiが通っていないせいでインターネットにつなげる事はいっさいできなかった。あと、テレビとパソコンもなかった。
つまり、ひどい扱いをするつもりはないが、“現時点での外の世界の情報”をなるべく与えたくはない、という事なのだろう。
そして、この部屋から出るための唯一の出入り口でもある扉は、分厚くて頑丈な鉄製だった。
もちろん、何度か試してみたが、蹴りを入れてもビクともしなかった。
さて………はたしてここはいったいどこなのか。
せめてもの救いは、こういった“修羅場”にはそれなりに慣れているという事。普通の人間ならきっと発狂ものだろう。何日もこうして同じ部屋に閉じ込められ続けているのだから。
「………………しゃらくせぇ」
だけど、いいかげんもう出たかった。
ここで1日、2日、よけいな時間を過ごすたびに、もしかしたらまた、別の誰かが殺されてしまっているかもしれないのだ。
もしかしたら、加賀城も城士松ももう生きてはいないかもしれない。
それを確かめるためにも、何としてもここから出たかったが、この分厚い鉄の扉を開けるための手段をトモイは思いつきそうになかった。
爆弾を作れる道具がこの部屋の中にひとしきり揃っていれば、トモイにはその知識があるので作る事は可能だったが、マンガやドラマのように、そう都合よく揃っているわけもなく、いたずらに時間だけが過ぎ去っていく……。
自分はなんて無力なのだろうと思い始めてから、1時間後の事だった。
ガチャ。
なんと扉が外側から開き、ある人物が部屋の中に入って来たのである。
トモイは、フォークを手にし、素早くその人物の首元へとフォークの切っ先を突きさそうとしたのだが………。
「なっ」
寸でのところで思いとどまり、フォークを持っている手をすぐに引っ込める。
「……………おひさしぶり」
「おっ………お前は………」
「見つけるのに苦労したよ、兄さん」
「フユキ………いや、いまはイシユミって名前だったっけ」
「…………………」
「で、なんでお前がここに?」
「もうこうなってしまった以上はまわりくどい言い方でごまかすだけ無駄だからはっきりというよ。兄さんにこんな事をしたのは………花房聖なんだよ」
「…………なっ…………」
「そしてその花房聖はもうこの世にはいない………」
「なっ、なんでそんな……」
「兄さんにこんな事をした理由としては、彼女にはわかっていたんだよ。右田邸に行ったら、兄さんは100%確実に死ぬってね。でも兄さんは警察組織に属している身。それに正義感も持ち合わせている。だから、説得しても無駄だと思って、しかたなく拉致という手段を取った」
「………………………」
「もちろん、兄さんの命を助けるためとはいえ、許される事ではないのは彼女もわかっていたはず。それに、彼女はもう罰を受けている。死という形でね」
「…………そうか……」
「花房聖に関しては、兄さん的には、他にも色々聞きたいだろうけど、実はもうそんなに悠長にしている時間は残ってないんだよ。だからこそ俺はなんとかして兄さんを見つけ出したかった」
「どういう意味だ?」
「もうすぐ…………右田邸の事件よりも凄惨な事件が発生する。そしてその事件はいまだかつてないほどにこの日本を震撼させる」
「その事件とはいったいなんだ?」
「……………カメラによる大量殺戮だよ。しかもかなり大掛かりのね」
「大掛かりというと、普通にカメラで撮るよりももっと大掛かりな手段があるとでもいうのか?」
「あるんだよ実は。SNS上で流行したフォーカスモンスターへの殺人依頼の件は、この大量殺戮のための伏線だったんだよ」
「しっ、しかし、なんでお前がそんな事を知っているんだ?おかしくないか?だって、犯人しか知りえない情報のはずだろ?これから大量殺戮を起こすつもりかどうかなんて」
「たしかに………普通に考えるとそうだよね。でも兄さんは、俺が犯人側に属している人間に見える?」
「………………いや……」
嘘を言っているようには思えない。
それに、もしもイシユミが黒幕側の人間だったら、わざわざこの場所までやって来たりもしないはず。
だって放っておけば、永遠にトモイを閉じ込める事ができるのだから。
「その前にフユキ、仲間に連絡させてくれ。きっと心配しているはずだから」
「だめだよ。なるべく少人数で動きたい。黒幕側に悟られたら、発生時期がまたずれる可能性も出てきてしまうから」
「………もしかしてフユキ、お前には未来が視えるとか?」
「いいや、俺にはそんなチカラはない。何回も同じ時間を繰り返し続けていたのは花房聖の方。でも、そんな彼女ももうこの世にはいないから、俺がなんとかして止めないといけないんだよ」
そしてイシユミは、懐から古ぼけたビジネス手帳を取り出したのだった。