右田邸の真実
そう、福富神子が怒るのも当然だった。
だってあの時、六文太弥勒は結果的にまといを見捨てた事にもなるからである。
右田邸の生存者は、本当なら蒼野まといを含めた4名になるはずだった。
弥勒とまといと直江宗政と右田常信だ。
あの時点ではまだ、4人ともしっかりと生存はしていた。
でも、王李の攻撃を受けてまといが気を失ってしまったのが、いけなかった。
4人以外すべて死んでしまったあの状況下で、唯一の部外者である弥勒に疑いの目が向いてしまったのは、必然だったといえるだろう。
というより、右田邸へと足を踏み入れた事自体が、六文太弥勒にとっての最大の悪手といっても間違いないのかもしれない。
それでも宗政の方は、疑いの目こそ向けていたモノの、弥勒には何も言わなかったのだが………。
右田常信は、容赦なく弥勒に銃口を向けた。
そしてこう言った。
『出て行ってはもらえないだろうか』と。
その時の右田常信は本気の目をしていた。
少しでもこちらが逆らった行動を取ったら容赦なく撃つ。彼のあの時の目はそう語っていた。
弥勒をフォーカスモンスターだと疑っての行動かもしれない。
だから弥勒は退かざるを得なくなってしまったというわけだった。
でも、とりあえずは大丈夫だろうとその時の弥勒は思ったのだ。
防犯カメラのハッキングにはその時にはすでに成功してはいたので、もうこれ以上、右田邸の防犯カメラを使っての殺人はできないはずだったからだ。なので弥勒は右田常信の言う通りに、その部屋の外へと出て、1階に移動したのだった。
だけど、そこで事件が起こった。
聞こえたのは、ひとつの大きな銃声だった。
弾がパァンと破裂したようなあの独特な大きな音は、右田常信が手にしていたウィンチェスターの銃で間違いないと思った。
だから弥勒はすぐに引き返そうと、体をクルリと180度回転させたのだった。
すると突然、つま先から先の床がなぜか腐食しはじめ、道路でいうところの一時停止ラインが真一文字に床に刻まれたのだった。
でも2階にはまといもいる。遠藤炭弥と交わした約束もあるので、弥勒は本当なら、このまま彼女のもとへと駆けつけたかった。
しかし、この不思議な現象が、蒼野まといにカメラで撮られたせいで発生したものだとするならば、引き返したら最後、100%の死が自分へと降りかかるという意味にもなる。
だからこそこうして床に、一時停止のラインが刻まれたのかもしれない。
2階へと引き返して蒼野まといと一緒に自分も死んでしまうくらいなら、この一連の事件の黒幕に一矢報いるために、彼女をあえて見殺しにするという選択肢も、ある意味では間違いではないと弥勒は思ったのだ。
だからこそあの時、まといを放置したまま、右田邸をあとにした。
でも弥勒は現在、ベッドのうえで、点滴の管を含む複数の生命維持のコードに繋がれた状態のまま動けずにいた。
唯一動くのは両手くらいだろう。
心電図の機械から、ピッ、ピッ、と電子音が鳴っていた。
弥勒は、右田邸での事件についてをひと通り福富神子に話した。
そしてこう言葉を続けた。
「死ぬとわかっていて、蒼野まといがいるあの部屋に戻るよりかは、生き延びた方が得策だと思ったというわけなんだよ」
「なるほどね………でも、そうとう勇気がいったはずよね?人を見殺しにするのって」
「きっついなー。見殺しにしたくてしたわけじゃないからねっ。まあ、言い訳じみた感じにはなってしまうけどね」
「ごめんなさい。でも、だったら、せめて今からでも蒼野まといくらいには連絡を取れるはずよね?彼女、いまでもあなたが死んだものだと思ってるはずだから」
「気持ちはわかるよ。でもね、これ以上はよけいなことはすべきではないと判断したんだよ。俺も、こんな状態になってしまったしね」
「そういえばなんなの?なんで点滴なんてしてるの?顔色も悪いし………」
「心臓を移植した事による後遺症だよ」
弥勒は深いため息をついた。
そしてこう言葉を続けた。
「俺は日本の生まれじゃない。出身は南米だ。そして俺の両親はレジスタンス勢力の支援者でもあった。レジスタンスの活動のために食料を運搬だってしたし、ケガしたメンバーに対する医療行為のためには、最前線に立つ事も決してためらわなかった。でも、それがいけなかった」
「……………………」
「政府からの、暗殺の指示が下ってしまった。それでも両親はなんとか生き延びたけれど、俺は爆弾による巻き添えを喰らってしまったんだ」
「だから移植をしたわけね」
「そう…………でも、その臓器の入手ルートがまずかった。そのせいで、いよいよ政府は俺の両親を犯罪者として指名手配した。そして、そんな両親を助けてくれる者は、誰1人として現れなかった。だから俺は、ボランティア精神なんてくだらないと思うようになった」
「それにしては、多額の金が懐に入るわけじゃないのに、随分といまは積極的よね。ボランティア精神がくだらないと言うわりには」
「そうだね………。でも、あなたならわかるよね。人間なんてくだらないと割り切ってしまうのって、とても悲しい事だよ。たとえ、いい人に巡り合える可能性が、この現実世界ではごくわずかなパーセンテージだったとしても、いい人に出会えた時くらいは、相手に心を開く勇気を持った方がいいってね」
「………そうね」
福富神子は相沢の顔をふと思い出し、そして胸を痛めた。
そう………もっと心を開けばよかったのかもしれない。
そうすれば、相沢があんな事をしでかす前に、彼の自殺を止められた可能性だってあったはずだ。
でも、相沢のあとを追うつもりもサラサラない。
「で、弥勒くん。私をあのベッドまで運んだのは誰?あんたじゃないのだけは確かよね?」
「ああ、それはヨルちゃんだよ。あの人、体が小さい割にはチカラ持ちだから」
「へえ……ほかにもお仲間がいたのね」
「仲間っていうよりかは………利害が一致しているだけっていうか…。ヨルちゃんの散歩ルートがあの川の近くだっただけの話だよ。そしてちょうどよくあの川の奥から福富さんが流れて来たから、ついでに助けただけ。優しい部分もあるけど、9割方ドライなんだよね、ヨルちゃんって」
「なるほどね………で、そのヨルって人は?」
「いまはいないよ。しばらく戻らないかもね。日本には戻って来ているみたいだけど」
「へえ……」
「でも、これ以上は手を貸してはくれないと思う」
「私はあなたとは違ってまだ動けるけど?それじゃあ不安?」
「あっ、もうこれ以上は派手に動かない方がいいかも。君はたしかに優秀だ。警察上層部に居座っているあの無能連中がさらに無能に思えてしまうほどに、君は情報収集能力には長けている。でも、刑事とは違って格闘技に強いってわけじゃないから、また襲われたら、今度こそ殺されるかもしれないね」
「じゃあどうすればいいの?」
「右田邸での惨劇が起こったあの日にね、防犯カメラの映像の方も、このノートパソコンに転送されるように設定しておいたんだよ」
「じゃあ、あの時の映像が確認できるってわけね」
「そういう事」
「なら、その映像には“あのオンナ”も映っているはずよね?」
「あのオンナ?」
「そう。私の仲間だった相沢が運営していたキャバクラで働いていたキャストのオンナが黒幕だったの。映っているはずよね?」
「…………キャバクラっていうと、だいたい20代から40代くらいの女性かな?右田邸では確かにメイドさんも働いてはいたけど」
「やっぱりそうなのね。なら、きっとソイツよ。ソイツが防犯カメラを使って人殺しをした瞬間が映っているはずよ」
「その前に………そのキャバクラで働いていたキャストのデータの方を1度さらってみてもいいかな?」
「ええ、別に構わないけれど?どうしたの?」
「……………まあ、君もこの映像を見てくれたらすぐにわかるとは思うけど………」
そして弥勒は、ノートパソコンのフォルダから防犯カメラの映像を引っ張り出し、福富神子と一緒にその映像を確認したのだった。
「……………えっ……………」
福富神子は、その映像に映っていたある“違和感”に気づいた。
さらに、その“違和感”を通して、とんでもない事実にも気づいてしまったのだった。