再会
12時59分。東京高匡総合病院にて。
血液検査の結果を待合室のイスに座って待っていたまといは、こんな事を考えていた。
そう、バス停前で碧に言われたあの言葉についてである。
「………もっと仲良くなりたい…か…………」
もっと仲良くなりたいって、具体的にどんな事をすればいいのだろうか。
一緒にテレビゲームでもすればいいのか?
いや、それだったら、一緒にゲームでもしない?と言ってくるはずである。
そもそも彼女はゲーマーではない。だって、プレステや、ニンテンドースイッチなどの据え置きの機械は家にはひとつもないから。
相手が小さい子供や男の子とかだったら、外でサッカーで遊んだり、砂場でお城でも作ったりできるのだが、砂遊びを年頃の女性と一緒にやるのは、絶対に間違っていると思う。
「……………………」
苦手だ。こういうの。
別に碧が嫌いとかではないのである。感謝もしている。
ただ釣り合っていないのだ。彼女とは。
これも、青春を粗大ごみのようにドブに捨ててきたツケなのかもしれない。おしゃれについても詳しくないし、どのイケメンが好きかといった話題にも興味が持てない。音楽だって聴かないし、どのお店の料理がおいしいとか、そういった情報にも疎い。
だから、彼女を楽しませるような話題を何1つ持ってない。
一緒にいても楽しくない人間、それがきっと自分なのだ………。
「……………………はあ」
まといは深いため息をついた。すると、向こうの廊下から電動車イスに乗った女性が現れ、まといへと近づいてくる。
「蒼野さんよね?」
その声には聞き覚えがあった。
まといは顔をその女性の方へと向ける。
御影テンマである。
花屋ペイズリーの店長だ。いや、店長だったというべきか。
「あっ、こんにちわ」
とりあえずあいさつした。
それくらいの事はできる。
でもこれ以上の話題は持ってない。
花屋の件はお気の毒ですねなんて言ったら、無神経にもほどがあるわけだし……。
そういえば彼女も年頃の女性である。
彼女は、同年代の女性と話す時は、いったいどんな話題で盛り上がるのだろうか。
「蒼野さんもどこか悪いの?」
「…重い病気ではないです」
「脈は……正常よね?」
「えっ?」
テンマは、スッとまといの手首を掴み、親指を脈にあて、目をつぶった。そして、突然満足そうな笑みを浮かべてまといの手首を離した。
「あっ、そうだ、蒼野さん。スノードロップのお花の予約の件が浮いた状態のままになっているけれど、代わりのお店は見つかったの?」
「えっ?あっ、えーっと……」
どうやら、なんで急に脈を測りだしたのかについては話す気はないらしい。
「代わりの花屋は見つかってません」
そうなのだ。
以前、花屋ペイズリーでスノードロップの花を大量注文したのだが、花屋がああなってしまったので、うやむやになってしまったのだ。
でも、代わりの花屋は見つからなかった。
普通は、大量注文すればその分花屋が儲かるわけだが、その分手間もかかるので、面倒くさがる人もいる。
ネット注文については最初から考えてない。
碧と一緒に住んでるため、家に大量の花が届いたら、いったい何事かと聞いてくるだろう。だからといって、お寺の住所を無断で書くわけにもいかない。
だからこそまといは、1人で花屋から直接スノードロップの花をお寺へと持っていく必要があったのだ。
「じゃあ、こうしない?」
「えっ?」
「実は配達だけはひっそりと続けてるのよ。だから、あなたの希望する場所まで花をトラックで運ぶわ」
「本当ですか?」
「ええ。ついでだから、あなたの事も目的の場所まで運んであげる。まあ、運転するのは頼宏さんだけどね」
「でも、そこまでしてもらうのはなんか悪いような……」
「そんな事ないわ。私達も食べていく分のお金を稼がないといけないからとても助かるの。そのお礼だと思っていいのよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「それにしても………、何でさっきため息をついていたの?」
「えっ?」
「私が声をかけるまで、とても思いつめた顔をしてたから」
「…………………」
「無理に話せとは言わないけど、たとえあなたがどんな悩みを私に話したとしても、私はあなたをバカにしたりしないし、責めたり否定したりもしない」
「…………………」
「やっぱり話せない?」
「…………苦手なんです」
「えっ?」
「同年代の女性と話すの」
「…………………そう」
「やっぱり、ドン引きしますよね、こんな悩み」
「そんな事ないわよ。というより、そういう悩みを抱えた人は思いのほか結構いると思う。私にも苦手なタイプだっているしね」
「無我夢中で働いていただけのあの頃は楽だったんです。1日短期の派遣ばかりだったから人間関係について考えなくてもよかったんです」
「誰の事で悩んでいるかは知らないけれど、性格的に合わないんだったら、無理につきあわなくてもいいとは思う。まあ、あなたの場合だと、誰に対しても遠慮がちなところがあるから、このままだと、誰とも友達になんてなれないかもしれないけどね」
「……………………」
「親友とかはいなかったの?中学とか高校とかで?」
「……………いました」
円城寺サラ。小学校低学年の時からの親友である。
「じゃあ、その親友さんとは、どうして仲良くなったの?」
「………向こうから積極的に話しかけてくれて……そうしたら、いつの間にかって感じだった」
「ふうん、じゃあ、蒼野さんには積極的なタイプが合うのね。高校の時はどんな事して楽しんだの?」
「朝コンビニで買ったパンをこっそり授業中で分け合いっこしたり、夏休みの時は、一緒に北海道まで自転車だけで目指してみたり………でも、その子はもういない。今一緒に住んでる人だって、サラのような肉体派だとは思えないし……」
「思えないし?思えないしって事は、本当はどうか知らないって事でしょ?」
「でも、年頃の女性って、ファッションとか恋愛の話が好きなんじゃ………」
「それは偏見よ。私も洋服選びとか結構適当だし、奮発しても5000円以上のものは絶対に買わない。ほとんどファッションセンター・シマムラしか行かないしね。恋愛経験もそんなにないし」
「そうなんですか?」
「そう、だからね、そんなに怖がらなくていいのよ。その一緒に住んでいる女の人だって、嫌々一緒に住んでいるわけじゃないはずだから、蒼野さんはもう少し自分をさらけ出してもいいと思うの。きっと受け止めてくれるはずだから」
「そう………ですね」
根拠なんてないが、まといの事を心配して同居しようと言ってくれた人だ。この御影テンマと同じように、たとえどんな形であれ、バカになんてしないだろう。
性格の不一致を恐れていたら何も変わらない。
勇気を出さなければ………。