幕間24 最後に殺すべきヒト
唯一の後悔があるとするならば、復讐に頭がとらわれ過ぎてしまったばかりに、蒼野まといを思いとどまらせるチャンスをみすみす潰してしまったという事。
そう、彼女がフォーカスモンスターになってしまう前に、彼女の心を繋ぎ止める事だってできたはずなのだ。
だけど、ずっと死んだものとばかり思っていた彼女が生きているとわかったあの日、最初に自分が思った事といえば、よりにもよって『さっさと過労で死ぬべき』だった。
そう、彼女はあの事件のせいでなにもかも失ってしまった。
このまま生き続けても、あの時の唯一の生き残りであると嗅ぎつけられてしまったら、今度はサラではなく彼女が、SNS上の不特定多数の好奇の目に晒されてしまうかもしれない。
それを避けるためには、大手の会社に入社してしまうと履歴書から身元がばれてしまうので、履歴書不要の低賃金の派遣生活しか彼女には選べなかったのだ。
それに現実は思った以上に厳しい。
新卒が絶対条件の会社は多いので、派遣生活を強いられる時間が長くなるほどに、彼女がいい会社に入れるチャンスも低くなってしまうというわけである。
そうなったら、たとえお墓を建てるお金が溜まっても、細々と暮らす生活から彼女が解放される事はまずない。
なんの生きがいもなく、日々の食費と生活費のためだけに重労働を続けるその毎日に何の意味もないと思ったからこそ彼女はさっさと死ぬべきだと思ったのである。
その方が彼女の幸せのためだった。
それなのに…………。
「………………………」
蒼野まといはそれでも人間らしさを取り戻していった。
日々の食費と生活費だけでも必死だったはずのあの彼女が、月日を追う毎に、幸せをその身で実感するようになっていったのだ。
そのきっかけを与えたのが、あろうことか、あの風椿碧だったのだ。
そう、よりにもよってあのオンナに思い知らされてしまったのだ。
大切なのは、自分の置かれている環境や財産なんかではなく、あきらめない心と思いやりなのだと。
最初からあきらめきっている人間には、相手だって心を開くわけがないのだと……。
その結果、蒼野まといが1番親しくなってしまったのが、あの風椿碧になってしまった。
その時になってようやく我に返ったのである。
復讐よりも大切なものが自分にはあったのだという事に。
だからこそはげしく後悔した。彼女がフォーカスモンスターにならなかった未来を、なぜ選ぼうとしなかったのかと。
「………………………」
いや、もうやめよう………。
次は蒼野まといの番だ。
御影テンマを殺し損ねた今、ここでやめてしまったら、風椿碧に対する復讐が不完全なまま終わってしまう。
風椿碧には、人格に異常をきたすほどの精神的苦痛を与えないと気が済まない。
だからこそ、蒼野まといの死は必要不可欠なのだ。
サラの復讐のために絶対殺さないと…………。
復讐…………復讐………ね。
蒼野まといは、唯一サラの死を悲しんでくれた同年代の女の子だったのに………。
これを“矛盾”と言わずに、いったいなんと表現すべきなのだろうか。
復讐のために………………サラの1番大切な親友を殺さないといけないという矛盾。
でも、ここまで来て復讐をやめるというのか?
せっかく、罪悪感に苛まれる事なくここまで突き進んでこれたのに、よりにもよって、こんな中途半端な形で終わらせてもいいというのか?
それだとサラの死が無意味なものになってしまう。
サラはなにも悪い事をしてなかったのに、バカで醜いネット民と愚かで汚いマスゴミに存在そのものを侮辱され、自己陶酔のための正義感に振り回され、サラが自殺した事を知っても、みんな平気な顔でソッポを向いたのだ。まるで使い捨てのゴミのような扱いを彼らはしたのである。
許せない。許せるわけがない。
ああ、そうだ………。やっぱりこのまま復讐をやめたらサラがかわいそうだ。なのでやっぱり蒼野まといは殺すべきなのだ。
超法規的措置による特例法が内々で制定されてしまった以上、蒼野まといの人生も結局終わったも同然。それに、許斐川を含む反徳川派は、なんとしても日本の治安の維持をはかるために、アレコレ理由をつけて、卑劣な手段を用いて彼女の事も捕まえるはずだ。
もしそんな事になったら、結局彼女は獄中で“謎の人物”の手によって殺される。
フォーカスモンスターの存在を信じている者のほとんどは日本人だが、日本と違って外国では、ときに霊能力者に捜査協力を求めたりといったケースもあるので、そういった方面の組織にとっては、フォーカスモンスターの存在は脅威というわけである。
だからこそ、やっぱり彼女は殺すべきなのだ………。
それしかもう道は残されていないだろう。他の人間の手で殺されるよりかは、自分で手を下すしかもう道はない。
蒼野まとい………。
エンディングまであともうちょっとだ。




