猫の訪れ
引き続き7月17日。
まといが帰ったその30分後に、加賀城は精神科警課へとやって来た。
そして加賀城は、女子3人組の1人から、謎の女性が加賀城を訪ねてここへやって来たことを聞いた。
まといは、この女子3人組の1人と話をしている時、名乗ったりはしなかったので、謎の女性という呼び方になってしまったが、紙袋に入っていたコートを見て、まといだと加賀城はすぐにわかった。
なので加賀城はこう尋ねた。
「彼女、なにか言ってましたか?」
「いいえ。コートを返しに来ただけです。あっ、でも、なにか言いたげだったかも。精神科警課の活動内容を聞いてきたわりには、返事がうわの空だったような」
「そうですか………」
本当に、コートを返しに来ただけなのか?
もしかして自首しに来た……とか?
いや、だとしたら、わざわざ精神科警課に来ずとも、近くの交番にでも出頭しているはずだ。自首なんて、しようと思えばどこでだってできる。
まあ、円城寺サラの魂のカケラは集まってきてはいるので、このカケラを利用すれば、蒼野まといの居場所の特定は可能だ。もちろん、その際はセンシビリティ・アタッカーのチカラを使わなければならなくなるが。
だから、いまから彼女に会いにいくのは可能である。
でも、いまはその時ではないだろう。
そういえば昨日、気になる事件が起きた。
爆発で死んだのは御影テンマだけらしいが、彼女はあの遠藤炭弥と同じ高校にも通っていて、風椿碧の同級生でもあった。
風椿碧に対しての恨みによる強い執念を感じた。
だから、いずれ黒幕はまた、何らかのアクションを起こしてくるだろう。
その時がチャンスになるかもしれない。
できれば、そのアクションを起こしてくるだろう正確な日付が知れたらいいのだが……。
あと、気になる事がもうひとつ。
あのコロッセオみたいなC型の建物に仕掛けられていた爆弾のほとんどが機能を停止していたために、あの程度の爆発で済んだらしい。
普通ならこんな事はありえない。
数あるうちの中のひとつだけに不良品の爆弾が紛れていただけだったら、まだわからなくもないが…。
これはもしかしたら、蒼野まといのチカラによるものなのか。
蒼野まといのチカラは、カメラで人を殺せるだけではないのは、比留間の件もあるので、すでにわかっている。
うまくチカラをコントロールすれば、相手の目を時間差で失明させる事も可能。
彼女なりの心境の変化が訪れた事もあり、彼女の中のチカラにも影響を及ぼしたのかもしれないが、やっぱり彼女は逮捕すべきだ。でないと、また直江美加登の時のように、誰かを殺そうと考えるかもしれないから。
もしもその時が来たら、仕事中だろうが精神科警課を飛び出して、彼女のもとへと向かおうと思う。
でも、いまは仕事にちゃんと集中せねば。
一方その頃。
まといはというと、パロサントの香りでいったん落ち着きを取り戻したので、ノートパソコンを使って、海外生活のための必需品を検索してみた。
そう、まだ海外へ行くための準備を何もしてなかった。
刑務所よりも海外へ行く事を選ぶなんて卑怯だなとずっと心の中で思っていたので、中々準備をする気になれなかったのである。
でも、もうそろそろしないといけないだろう。
海外だと手に入りにくい製品や衣類を適当に買えばいいかなと思った。
碧はまだ、部屋にこもって仕事中だ。
だからまといは、こっそり家の外へと出た。
いやな風が、まといの頬を撫でた。
「ニャオン♪」
すると、モフモフの茶色い猫がまといのもとへとやって来て、足に絡みついてくる。
首輪のついた、きれいな猫だった。
「ニャ♪」
まといは猫を優しく抱っこし、首輪に刻印された文字を確認した。
PONTA。
すると、少し離れた場所からこちらの様子をじっと見つめている、小学生くらいの少年が1人いた。
まといと目が合うと、少年はびくりと体を震わせたが、まといが優しく微笑むと、安心したような表情になり、敷地内へとゆっくり入って来て、『ぼくの猫だよ』としゃべった。
「そっか、君のネコか」
「ポン太ね、めったに他の人に抱っこを許さないんだけど、お姉さんは心がきれいだからきっと特別なんだろうね」
「んー。私は別に、そんなに心はきれいじゃないけど?」
「ううん、お姉さんは絶対優しい人だよ」
「そっか。そう思ってくれるんだったら、私もうれしいかな」
まといは、ポン太を少年へと渡した。
でもまといはこんな事を言った。
「猫の放し飼いは危ないと思うな」
「うーん。わかってはいるんだけど、洗濯物を干しに扉を開けてベランダに出ると、その隙にすぐに脱走しちゃうんだよね。あと、カギさえかかっていなければ、簡単な扉なら開けられちゃうしね。でも、ちゃんと家には帰って来れるんだよ。頭がいいから」
「それでもちゃんと、気をつけないとだめだよ。危ない運転をしている車や自転車に轢かれないとも限らないんだから」
「おっ、お姉ちゃん、恐い事言うね……」
「でも、ほんとの事だから、口を酸っぱくしてでもちゃんと言っておかないとね」
「そっか。じゃあ、気をつけるね」
「君はこの辺に住んでるの?」
「そうだよ」
「じゃあ、明日の夏祭りには行くの?」
「………ううん、行かない。一緒に行くトモダチいないし、みんな僕の事が嫌いだから」
「えっ………あっ、じゃあさ、私と一緒に行く?今日から私達、友達って事でさ。それならいいでしょ?」
「ううん。気を使ってくれてありがとう。でもやっぱり行きたくないな。ポン太と一緒に家で遊んでる方がいいよ」
「そっか………」
なら、これ以上、無理に誘っては酷だ。
「じゃあ、僕もう行くね」
「なら、なにか食べたいものある?焼きトウモロコシとか?」
「りんご飴……1年前に食べた巨大なりんご飴がおいしかった」
「じゃあ、私が代わりに買ってきて君の家に届けてあげる。君の家はどこなの?」
「えっとね、この家から2軒離れた先にある1軒家がそうだよ。あっちの方角を進めば着けるよ。表札には糸村って書いてある。あと、僕の名前は紬」
「うん、つむぎくんね。わかった。ちゃんと君の家に届けるから」
そして、つむぎは今度こそまといのもとから去っていった。