大口の注文と橋の上の彼女
引き続き7月15日。 PM18時。
御影テンマのもとに1本の電話がかかってくる。
その電話の内容は、フラワーアレンジメントの教室をとある会場で明日開くので、その会場までお花を届けてほしいといった大口からの注文だった。
その電話でちょっとひっかかったのは、普通、そういう教室をイベントとして開くにせよ、もっと前もって電話するものなのではと思ったのだ。
すると電話の相手はこんな事を言った。
本当は別のお店で前もって手配していたのだが、品質管理の問題でお花が使い物にならない状態にまでなってしまったらしい。
品質管理をおろそかにしてしまった事によるトラブルだなんて、花屋を営む者として絶対にあってはならない。
でも、すでに起こってしまったものは仕方がない。
テンマは快く、その注文を受け入れたのだった。
あと、その電話ではこんな会話がなされた。
『あと店長さん、明日はあなたが直接来てもらえないでしょうか?』
「えっ?なぜですか?大口の注文の時はいつも、私よりも体力とチカラのある副店長の稲辺に任せているんですけど……」
『今回は臨時という形でこちらに注文はしましたが、お花の品質が優れていれば、今後ともこちらの花屋をひいきにしたいと思っていますので、副店長よりかは、店長であるあなたに来てもらいたいんです』
「そうですか……。でも、数が数なので、他のバイトの者と一緒にそちらに伺う事にします。で、もう1度住所の方確認したいのですが、口頭でおっしゃってもらってもよろしいですか?」
『構いませんよ』
テンマは、メモ帳に住所をサッと書き込んだ。
「では、明日そちらに時間通りにお伺いしますね」
『はい。お願いします』
そして会話はそこで終了した。
そのすぐあとに、テンマは副店長の頼宏に事情を話した。
「という事で、頼宏さん。お留守番頼むね」
「わかりましたけど………体調は?」
「へーき。まあ、走らなきゃいいだけだから、明日は中野さんと一緒に行くね」
「いよいよペイズリーも軌道に乗って来たってわけですね」
「配達にチカラを入れて本当によかった。消えていく花屋も多い中で、これはひとつの奇跡でもあると思う」
「そうですね。そして…………ゆくゆくは……ちゃんとした結婚式とか?」
「ふふふ。やっぱり式あげたいの?」
「女性は結婚に憧れているものだと思っていたけど、違うんですか?」
「うん。私はそこまでこだわってないの。だって、式なんてあげなくてもあなたがそばにいるしね」
「そうですか」
でも、指輪くらいはあげたかった。
安物ではなく、ちゃんとした指輪だ。
だからこっそり頼宏はお金を貯めている。
満足のいく指輪が買えるまで、あとしばらくはかかりそうだが……。
「じゃあ私、買い物に行ってくるから」
「行ってらっしゃい」
さっそくテンマはスーパーマーケットへと歩きで出かけた。
そして道の途中でまといと出会った。
まといは橋の上にお腹をつけてよりかかり、カメラを構え、橋の下を流れる川も一緒に夕日がカメラに写るよう、画面を調整している最中だった。
その彼女の横顔は憂いに帯びていた。
邪魔してはいけないと思い、しばらく近くで黙ったままでいると、彼女の方からテンマの存在に気づき、話しかけてくる。
「こんばんわ。いや……まだこんにちわなのかな」
「カメラで写真を撮るの、本当に好きなのね」
「えっ……いや……そういうわけじゃ。ただ、何かに没頭したい気分だったから」
「それが“好き”って事じゃないの?私も、お花の事になると没頭しちゃうし」
「そう……なのかな」
「そうだと私は思う。だから、“好き”なものはちゃんと大切にしないとね」
「でも………私にはそんな資格ないし」
「好きな事をするのに資格がいるのかどうかは知らないけれど、それでもあなたはカメラを捨ててない。なら、これ以上迷っても、無駄な時間を過ごしてしまうだけだと私は思うな」
「……………悩むだけ、無駄……か」
「私はお花で人を幸せにしたい。ならあなたは、そのカメラを使って、誰かに幸せを届けてあげればいいと思う」
「………………………そうですね。わたしもそうしたいな」
「うん、がんばってね」
「あっ、テンマさんは買い物ですか?」
「そうよ。最近はモヤシばっかり食べてたけど、今日はカツオのたたきにしようかな」
「モヤシね……。私も一昔前は毎日モヤシばっかり食べてました。水洗いすれば生でもいけますしね」
「えっ…………モヤシを生で毎日食べてたの?茹でるか加熱で炒めないと危ないんじゃ………菌が繁殖しやすいし……」
「えっ……………」
「ま、今は健康体みたいだし、昔の事はもう水に流しましょって事で♪」
「知らなかった………そうか、モヤシは生じゃだめなのか」
ホームレス時代は、モヤシをバリバリ生で食べていた。水洗いすればきれいになると信じ切っていたので、あの時は、なんのためらいも感じなかった。まあ、おいしくはなかったけど。
「あっ、テンマさんは、土曜日の夏祭りは行くんですか?」
「夏祭り?ああ、鷹尾町の大きな広場であるんだったっけ。そうね、行ってもいいかもね」
「私も碧さんと一緒に土曜日か日曜日に行くんです。なんなら一緒に合流しますか?」
「それってデートって事でしょ?私達が邪魔しちゃ悪いと思うんだけど」
「でも、この日、花火も打ち上げるみたいですよ」
「うーん………じゃあ、あなた達の事を見かけたら、ちょっと挨拶するだけにしておく。で、各々花火を楽しむ」
「わかりました。じゃあ、テンマさんの事をみかけたら、挨拶しますね」
「ふふふ、まあ、なんにせよ、あなた達がちゃんと仲直り出来てよかったかな」
「ええ、そうですね」
「じゃあわたし、もう行くから」
そしてテンマはまといと別れたのだった。




