追いつめラレ
7月15日 PM12時過ぎ。
やっぱり気になったので、ちょっと福神出版に寄る事にした。
車を近くの駐車場に停め、ビルの中へと入って、福神出版のある階へとエレベーターであがった。
そして扉の前で足を止め、扉横のブザーを押した。
「……………………」
2回ほどブザーを押し、3分ほど待ったが、応答がなかった。
扉の向こう側からも、物音ひとつすらしなかった。
普通なら、どんなに居留守を装っても、扉の向こう側から生活音くらいはするはずだ。足音にしろ何にしろ。
ここまでシンと静まり返っているという事は、やはり留守なのだろう。
そんなにいま、忙しいのだろうか。
だったらなおさら会いたかった。たいした手がかりが掴めていなければ、こんなに家を空けないはずだからだ。
彼女に会えたらちゃんと言おう。
一緒に協力して、この一連の事件に終止符を打とうと。
「ん?」
遠くの方で、エレベーターが開く音が聞こえた。
次に聞こえたのは、廊下に響く、靴底の音だった。
カツーン、カツーン、カツーンと足音を鳴らしながら、その人物はまといの元へとやって来た。
「……………………」
加賀城密季だった。
まといは驚きのあまり、心臓を針で突き刺されたような痛みを覚えた。
それでも、取り乱したら負けだと思い、なるべく表情だけは平静を取り繕ったのである。
そして加賀城の言葉を待った。
「…………やっぱり繋がっていましたか。福富神子さんとあなた」
「……………………」
「それはつまり、あなたもまた、彼女と協力して徳川達を追っていた、という事にもなります」
「……………………」
「でも、戸土間の犠牲者の中に、蒼野なんて名前はありませんでした。なら、別の件であなたは徳川を追っていた事にもなる」
「……………………」
「以前、郷田六郎という名の、ゴシップ記事のライターが、とあるオフィスビルの中で不審な死を遂げましてね。爆発物の類がいっさいなかったのに、彼はそこで焼死してしまったんです。そして彼は、鮫山組と繋がっていた。さらにその鮫山組は徳川一派とも繋がっていた」
「……………………」
「でもこの郷田は、ある事件とも繋がっていたんです。そう、円城寺サラの事件とね」
「……………………」
「彼は円城寺サラの麻薬所持・使用の件に関してデタラメ記事を書いた。あと彼は、児童養護施設の責任者が、彼女の罪を隠蔽しようとしていたとデマも書いてしまった。そのせいで、児童養護施設に対する誹謗中傷もさらにヒートアップしてしまった」
そして、加賀城はあの日、センシビリティ・アタッカーの目を通して、郷田六郎が死んだあのオフィス付近と、あと児童養護施設跡前にて、うねうねとうごめく呪いの念のようなものを確認している。
さらに、昨日まといは、子供達の遺骨を人質にされたと口走っている。
「……………………」
「それにあなた、円城寺サラと同じ高校に通っていましたよね」
「……………………」
「そして円城寺サラの冤罪は、徳川一派のせいでもある。動機は充分にあるという事です」
「……………………」
「あとあなた昨日、直江美加登の事も殺そうとしませんでしたか?」
「……………………」
「たしかにあなたは昨日、カメラもスマホも持ってはいなかった。でも、あの建物の中には、実は樫本さんのスマホが転がっていたんです。まあ、このスマホ、使い物にならないくらいに壊れてましたけど」
「……………………」
「おかしいですよね?なんで彼のスマホがあんなところに転がっていたのか。樫本さんは、あの時にはすでに亡くなっていたのに」
「……………………」
「あと、このスマホからは、樫本さん以外の指紋が1人分出ています。ここまで言えばもう、充分ですよね?」
「……………………」
「あのスマホは銃によって破壊されていた。それはつまり、あなたが、あのウエストポーチにしまっていたモノをわざわざ取り出したからに他なりませんよね。でないと、スマホだけあんな形で壊されたりはしない」
「……………………」
「スマホのカメラ機能を使って殺そうと思わない限りは、あんな緊張下の中で、スマホをウエストポーチから取り出そうとも思わないはず」
「…………でも、そのスマホだけでは、絶対的な証拠にはなりませんよね?」
「………まだしらばっくれるつもりですか」
「それとも、私がそのスマホのシャッターを切った証拠の方は出てきたんですか?樫本さんのスマホ自体は壊れてしまっても、アイクラウドのストレージかグーグルのドライブがスマホと同期していれば、そっちの方にも写真は保存されると思うんですけど、そういった証拠の方は出てきたんでしょうか?」
「……………………」
「出てきてないはずですよね。だってあの時誰も、シャッターなんて切っていないのだから」
たしかに彼女の言う通りだった。
しかし、彼女はあの時、美加登を殺そうとした。この事に関しては、この状況的証拠から見ても間違いないというのに。
この証拠ひとつだけでは、自白を引き出すにはいまひとつだったみたいだ。
「…………………」
するとまといは、加賀城の横を通り過ぎ、建物の外へと出ていってしまった。
そして駐車場に停めていた車に乗り、スーパーマーケットへと車を走らせたのだった。
でも、その時のまといに、心の余裕なんてなかったのである。