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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第二十三章 デウス・エクス・マキナ
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報われない魂に対する侮辱



 まといは、樫本からの電話をすぐに取った。

 

 彼の事はずっと気になってはいた。

 彼は、自分の置かれている立場がさらに悪くなってしまうのを覚悟のうえで、あえてまといをあの時庇ってくれたから。


 せめて、彼の元気な声を聞きたかった。


 

 「樫本さんっ、無事だったんですねっ」


 『…………………』


 「電話しようかずっと悩んでいたんです」


 『…………………』


 「でも、いま私にできる事は何もないって思ったら、かけづらくて……。でも、私の冤罪が無事晴れれば、きっと美加登さんだって」


 『フッ』


 「えっ?」


 『私は樫本じゃないよ』


 「……………………えっ……………」


 

 女の声だった。

 そう、昨日聞いた、あの直江美加登の声そのものだった。


 美加登は電話口からまといにこんな事を話した。



 『スマホってやつは本当に面倒だね。パスワードが分からないと中身が覗けないんだからね。でも、樫本はマメなやつでね、ちゃんとパスワードを忘れないように部屋にあったメモ帳に書いてあったよ。だから、あんたにこうして電話をかける事ができたってわけだよ』


 「…………………」


 『昨日は本当に驚いた。走行中の車から飛び降りるだなんてね。下手したら、後続車か対向車に轢かれて死んでたね。それでなくても骨折するリスクは50パーセント以上はあっただろうに』


 「…………………」


 『でも、アンタはあの時、骨折した様子を見せずに立ち上がり、走って逃げたと他のモノが言っていた。だから、たいしたケガにはならなかったのだと私は判断した』


 「…………………」


 『実際その通りだった。アンタは病院に寄る事もなく帰宅し、いまも家にいる』


 「…………………」


 『このままアンタの家に伺っても(・・・・)いいんだけど、騒ぎになるのだけは避けたい。だから、あんたにはこれから、直江寺に来てもらう事にするよ』


 「私がそれに従うとでも?騒ぎになるのを避けたいんですよね?だって、誰かに目撃されでもしたら、面倒(・・)だから」


 『ハッ。オドオドしているように見えて、案外肝が据わっているんだね。そういうところ、宗政にそっくりだよ。でもね、忘れてはいないかい?こちらにはもうひとつ、人質がある(・・)という事を』


 「えっ…………それってもしかして樫本さんの事ですか?」


 『いいや。もっとふさわしい人物がいるだろう?しかも、27人も』


 「……………えっ…………まさか…………………」


 『ま、この骨が誰の骨かは知らないけれど、アンタにとっては大事な骨のはずだろう?そんな骨がもし、跡形もなく水酸化ナトリウムで溶かされてしまったら(・・・・・・・・・・)どうする?』


 「……………………」



 血の気が引く、というのはこの事をいうのかもしれない。

 自分も、そして相手も、心と血の通った人間のはずなのに、どうしてそんなにも残酷な事が言えてしまうのか。


 理解できなかった。



 まといは美加登にこう尋ねる。



 「私が直江寺に言ったら、本当に、骨には手を出さないでくれますか?」


 『私はね、そんな中学生みたいな嘘はつかないよ。意味のないイヤガラセがしたいわけじゃない。私は真実が知りたいだけなんだよ』


 「………………」


 『もちろん、アンタ1人で来てもらうよ。よけいな人間に助けを求めたら、あんたが約束を違えたとわかった時点で、骨は絶対に、確実に処分する』


 「わかりました………」


 『なるべく早く来てもらうと助かるね。夕方になってしまうと、薄暗くてかなわないから』


 「大丈夫です。間に合わせます」


 『じゃ、頼んだよ』



 そして直江美加登は電話を切ったのだった。




 「…………………」



 まさか骨を人質に取られてしまうだなんて。



 子供達の魂を弔うために今まで必死に頑張って来た。そして立派な墓石まで作ってもらった。

 子供達からしたら、たとえ墓石が立派だろうが、そんなの関係ない事なのかもしれない。あんなくだらない誹謗中傷のせいでさんざん振り回され、あげくの果てに、あんな死に方まで強いられてしまったから。


 だから、こっちがどんなに、魂が報われるようにと願っても、しょせんそれはただの自己満足でしかないのかもしれない。



 「……………………」



 でも、死んでしまった子供達の骨を跡形もなく消し去ろうとするのは、報われない子供達の魂にツバを吐きかける行為に等しかった。



 そんな事、ぜったいさせてはいけない。



 「……………………」



 スマホを持っていくのはやめておこう。これには碧の個人情報も入っている。

 宗政殺しが冤罪であるとわかってもらえれば無事帰れるはずだが、もしそうでなかった場合は、自分の死後、このスマホが何らかの形で悪用されるのだけは避けたかった。



 カメラも……持っていくのはやめよう。別に彼女を殺したいわけじゃないから。

 

 宗政が死んで、美加登はただ我を失っているだけに過ぎないのだから。


 殺す必要はどこにもなかった。



 碧には何も言わずにこっそりと家を出よう。

 彼女は勘が鋭い。

 彼女を巻き込まないためにもそうすべきだった。



 でも、まだ人生をあきらめたわけじゃない。

 美加登の誤解を解いて、またこの家に戻って来よう。

 そしてちゃんと碧にお別れを言うのだ。

 自分はフォーカスモンスターだから、これ以上、そばにはいられないと。


 あと、彼女にはもうひとつ言いたいことがあった。

 聖と破局してから間もなかったため、もうちょっと日が経ってからにしようと思っていた事がある。



 

 でも、さっき彼女が作ってくれた朝ご飯を見てようやくわかった。


 やっぱり聖と碧は同一人物なのだと。


 だったらもう迷う必要はない。




 

 私が1番大切なのはあなただと、もし帰ってこれたら必ず伝えよう。




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