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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第三章 風椿碧と蒼野まとい
42/487

幕間5



 そして時間軸は、鮫山組壊滅から3週間後へと移動する。


 福富神子が感じていた嫌な予感は、結局現実のものとなってしまった。

 そう、鮫山組がなくなろうが、警察庁にとってはなんら痛くもかゆくもない事を思い知ってしまったのである。

 

 鮫山組は奴らにとってちょうどいい隠れ蓑だったはずなのだ。鮫山組という目立った存在があったからこそ、周囲にマークされずに暗躍できていたのだ。


 もみ消しがあったのではと最初疑ったが、それにしたって限界だってあるはずだ。だって、警察のみんなが必ずしも権力に屈するような人間とは限らないからだ。


 たとえば加賀城密季のような人間だっている。

 彼女は、警察の威信や上層部に対する忖度よりも、弱き人達の心を、そして未来を優先に動ける人間だ。

 

 そんな彼女が鮫山組を潰したというのに、なぜこの程度の報道で済んでしまっているのか。



 「……………………………」



 もしかしたら………、いや、もしかしなくても、考え方が甘かったのかもしれない。

 だって加賀城密季が、黒幕への手がかりを見逃すはずがない。彼女は例の事件をたった1日で解決した人間だ。

 鮫山組の件が、精神科警課の職務を逸脱していたとしても、これ以上傷つく者を出さないために、鮫山組の背後にいる連中も潰そうと思うのではないだろうか。


 でも、彼女はそれをしていない。

 だとすると、黒幕へとつながる証拠自体があの鮫山組事務所にはなかったのかもしれない。



 なら黒幕は、鮫山組を駒として動かす際は、いつもどうしていたか。

 考えられる可能性をあげるならば、誰か使い捨ての駒を連絡役にしていたと見るべきか。

  


 でも、逮捕されたのは鮫山組の人間と、あと、あのホームレス達である。

 連絡役とされる人間は逮捕されていない。


 こうなってくると、あるひとつの疑問が湧いてくる。

 わざわざ川藤の裏派遣ビジネスを乗っ取る意味があったのかという疑問だ。



 「………………………」

 


 福神出版のオフィスでひとり、福富神子はその疑問について思考を巡らせ続けていた。

 するとスマホの着信音が鳴った。

 例の情報屋の1人からである。

 キャバクラまで来るよう指示があったので早速出かける事にした。


 まだまだ2月。風はいっさい吹いていないのに、空気に触れただけで手がかじかんでしまった。

 

 福富神子は裏口を使ってキャバクラの中へと入り、情報屋の男店長と会った。


 店長は、彼女を奥の個室へと案内し、中から鍵を閉めた。そしてこんな事を口にした。




 「川藤の裏派遣ビジネスを乗っ取った犯人は、ホームレス達を最初から処分するつもりだった可能性が高い」



 「………どういうこと?」



 「技術、金、情報、機材の4つさえ手に入れる事ができれば、それでよかったんだ」


 

 「その根拠は?」



 「ほら、あのホームレス達の最初のアジトから、定期的に不審なIPアドレスの乗っ取りがあっただろ?だからこそ俺とアンタは、あの運送会社の地下がアジトだと見抜いた。そして、最近また同じような乗っ取りが起こっている」



 「でも、そのホームレス達は全員逮捕されたわよね。川藤ももう死んでいるし、もう誰も残ってないわよ」



 「いや、まだもう1人残ってる。というより最初から気づくべきだったんだよ。ハッカーさ」



 「…………まさか………」



 「例の掲示板のウイルスは、海外のサーバーをいったん経由するようにプログラムを書き換えるといったものだった。そう、アジトが簡単に特定されないためにね。それなのに、なぜこちらが簡単に気づくようなIPアドレスの乗っ取りをしたのか」



 「あっ…………」

  


 「そう、罠さ。2重にも3重にも意味を持った罠」



 「わざと目立つよう痕跡を残して、私達のような人間の目を一気に向けさせた」



 「そういう事。目立てば目立つほど、ホームレス達の立場は危うくなる。川藤が殺された事によって、ついには、鮫山組の元につかざるを得なくなってしまった」



 「そして鮫山組は、公安や所轄の暴力犯係が追っていた規模のグループ。ホームレス達を抱えてしまった事によって、さらなるほころびが生じてしまっていた」



 だからこそ、加賀城密季は簡単に鮫山組の元へとたどり着けた。

 



 「それじゃあ、すべては黒幕の思い通りって事なの?」

  


 「それはどうかな。そもそも黒幕は、川藤を殺すつもりもなかったかもしれない。川藤が邪魔なら邪魔で、最初からホームレスごと潰してしまえばいいだけの事だから」



 でもそのハッカーはそれをせず、鮫山組の下にホームレス達をつかせた。

 つまり、その行動には黒幕の意志はなかったという事。

 

 

 「まさか、そのハッカーも黒幕の事を追っている?」


 「というより、潰したがっているのかもしれない」




 なるほどこれは、いよいよスケールのでかい話になってきた。

 だけど悪い話ではない。もしもハッカーが誰か判明したなら、協力を仰ぐのも選択肢のひとつかもしれない。


 いや、それよりもまず、加賀城密季を動かすべきかもしれない。


 

 だが、ふとこんな事を店長は言ってきた。




 「蕪山を殺したのは、そのハッカーかもしれない」



 「えっ?」



 「トモイからの情報だ。自宅から押収された蕪山のパソコンをようやく調べる事ができたとさ。そしたら、データがすべて別のパソコンにコピーされていた痕跡があった。つまり、蕪山を殺してからすぐに、そのパソコンに触ったという事になる」



 「たしか蕪山浩も、なぜか川藤を追っていたのよね。で、罠にかかってしまったため、身元がバレた」



 「いや、蕪山自身には、川藤を追う理由はない。でも彼は、とある掲示板を調べていた」



 「その掲示板ってたしかアレよね…………………」



 「そう、例の児童養護施設の件についてさ……………」

 


 「……だったらなおさら、彼にはその事件を追う理由がないじゃない。私も最初、彼の背後に動機を持った人間がいたのではと疑ったけれど、結局誰も浮上しなかった」



 そうなのだ。蕪山の件は、彼が死んだ7月にも1度調べ済みだ。彼の大学でも聞き込みをしてみたけれど、誰もヒットしなかったのである。




 「それについてなんだが………どうでもいい人間の事なんていちいち覚えていない事だってあるだろ」



 「えっ?」



 「蕪山はそれほど周囲からは注目されてはいなかった。だから、たまに彼を訪ねてくる者がいても、記憶には残らない。その謎の人物が普通の見た目ならなおさら、不審者としては誰の目にも映らない」



 「でもそれは、あくまで仮定の話よね」



 「しかし、彼には動機がない。やはり背後に誰かいたと考えるべきだろう」



 「………………だとすると、心当たりがあるとすれば、例のカメラを買い戻した女性…………」



 でも、蕪山と繋がっていた証拠はなにひとつない。だから、蕪山とその彼女が関係ない可能性だって………。





 すると、店長がこんな事を言った。

 



 「川藤の事件がニュースとして流れた日に、例のトラックが爆発した事件も起こってるだろ?」



 「ええ、知ってるわ。でも、あの爆発事故を映したカメラには、彼らしか映っていなかったじゃない」




 幸い、トラックには運転手は乗っていなかったので、死んだのは彼らだけである。

 防犯カメラにもきちんとその日の映像が残っていて、はっきりとその瞬間を捉えていた。


 彼らは愚かにも、横断歩道を使わないで道路を横切ったために死んだ。

 不可解ではあったが、でもそれだけである。それ以上の事はこの事件からは出てこないと判断したので、調べるのを早々にやめたのだ。



 「俺も、あの時はそう思っていた。あの映像に彼らしか映っていなかったからこそ、特に映像を解析しようともせずに、放置し続けた。でもな、本当は映っていたんだよ」



 「えっ?」



 「解像度の一部に歪み(・・)があったんだよ。だから、その歪みの部分を根気よく取り除いてみた。で、これが、その取り除いた後の映像だ」



 

 店長は、横に置いてあったノートパソコンをスッと出し、例の映像を再生し、それを福富神子へと見せた。


 その水色のモヤのようなものは、まるでホームレス達から逃げるかのように道路を横断し、ビルとビルとの間へと入った。そして、そのモヤを追っていたホームレス達は、大きな爆発に巻き込まれ、死んだのである。


 福富神子はごくりと息を呑みこんだ。そして店長にこう尋ねた。



 「ハッカーがネットワークを通してこの防犯カメラの映像を捻じ曲げたとか」



 「いいや、その痕跡はなかった」



 「ならどうして…………」



 「なあ、フォーカスモンスターって知ってるか?」



 「えっ、まあ、知ってるけど…………」



 福富神子は怪訝そうな表情を浮かべた。

 だって今、フォーカスモンスターはこの話には何の関係もないし、都市伝説の話題で盛り上がる気も毛頭なかったから。




 「フォーカスモンスターはカメラには映らない。人を殺そうと思っている時は特に………」



 「………私、そういう話には興味がないわ」



 「だが、この映像に映っていた水色のモヤは、人間の仕業と仮定しても、説明がつかないんだよ………」



 「でもトリックはあるはずよ。だって、怪奇現象はこの世には存在しないんだから」



 「だけど、例の質屋、身分証明書の写真や名前の部分が、ピンポイントでボヤケてしまっていたんだろ」



 「でも…………それは…………」



 「郷田六郎の死についても説明がついてない。爆発物の類はいっさいなかった。ならなぜ、彼のオフィスはあそこまで炎上したのか………」



 「……………………」



 「気をつけた方がいい。この映像が本当にあんたの言う通り何らかのトリックだとしても、フォーカスモンスターには動機がある。それが児童養護施設の件ならなおさら、フォーカスモンスターは相当のマスゴミ嫌いだ。もし選択肢を誤ったら、簡単に殺されるぞ」



 ふと、福富神子はある人物の事を思い出した。

 そう、福富神子の仕掛けた隠しカメラに一切映らなかったあの彼女である。

 



 いや、でも…………そんな馬鹿な………。

 


 こうなってくると、さらなる慎重な判断が必要となってくる。

 例のハッカーが人殺しなら、仲間として引き入れるのは相当のリスクだ。でも、正体を突き止める事ができれば、有益な情報を得られる可能性が高い。


 フォーカスモンスターについては、本当にいるかどうか現時点ではあやしいものである。

 だけど、あの女性の事が気になって仕方がない。



 やはり優先すべきは加賀城密季か。彼女をなんとかこの舞台に引きづりこめば、事態が進展する可能性は高い。

 だが、正攻法では無理だろう。彼女はバカじゃない。相当の心理戦になるはずだ。


 

 覚悟はできている。

 諦めたりなんて絶対にしない。




 

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