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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第二十三章 デウス・エクス・マキナ
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螺旋迷宮6


 同日7月11日。


 

 福富神子は飛行機で昨日のうちに島根県には着いてはいたが、空港から老人介護施設までバスしか出ておらず、そのせいでやたらと時間がかかってしまい、着いた頃には結局夜になってしまっていた。なので、その日はどこにも寄らず、予約していたホテルでそのまま夜を明かした。


 そして7月11日。AM10時。

 ホテルからちょっと歩いたところにある老人介護施設を、福富神子は訪ねた。



 そこは、きれいな緑が生い茂る、実に空気の澄んだ場所だった。

 広々とした四角い2階建てがドカンと建っているだけだったが、でもきれいだった。


 福富神子は、面会人用のアクリルネームプレートを受付でもらってから、さっそく、川藤の愛人の母親が暮らしている奥の個室へと行き、扉を3回、軽くノックした。


 すると、どうぞという声が返ってくる。


 福富神子は、『失礼します』と言ってから中へと入った。

 そしてこう挨拶した。


 「この度は、私のアポに応じてくださり、ありがとうございます」


 「いいえ。お気になさらずに」


 愛人の母親は、ベッドに深く腰を下ろしていた。


 この母親の名は高槻志保というらしい。75歳らしいが、意志がしっかりとした表情をしていた。

 ただ、骨がもろい体質だったせいで、60歳の時に両足が不自由になってしまったらしい。

 

 壁には、折りたたまれた車イスが立てかけられていた。

 ベッドの脇には、貴重品を入れておくための金庫が置いてあった。



 「で、福富さん。私に何を聞きたいんですか?」


 「娘さんが死ぬ前、なにか変わった様子はなかったかについてです」


 「………警察にもさんざん聞かれました。なんで娘が川藤さんを殺したのか、それについて心当たりは知らないかと、何度も何度も執拗に、すごい形相で迫られた事もありました。彼らのあの目、今でも覚えてます。彼らにとっては、加害者家族も人殺しと一緒なんですよね。罰を受けるべき罪人の1人として彼らは私を確実に数えてた。娘の死よりも、彼らのあの目の方が私は怖かったです」


 「高槻さん………私はあなたを責めるつもりでここに来たのではないんです。もしかしたら娘さんは、誰かに脅されてしかたなく川藤さんを手にかけたのだと私は睨んでます」


 「たとえそうだったとしても、もう娘はいません。いまさら真実を解き明かしたところで、いったい何になると言うんですか?」


 「でもあなたは、私のアポを断らなかった。本当は知りたいんじゃないんでしょうか?」


 「…………………」


 「あなたはどちらかというと、娘さんの事よりも、自分自身の事を責めている。だからこの島根の介護施設に移って来たんですよね?」


 「…………………」


 高槻志保の口から深いため息が漏れた。

 

 そう、福富神子の言う通りだった。高槻志保は、もう戻る事が出来ない過去から逃げるために、この島根に移って来た。でも、どこへ逃げても結局は同じだった。娘の死は、いつまでも彼女を責め続けていたからだ。

 

 高槻志保は福富神子にこんな事を言った。



 「私が足を不自由にしてからは特に、あの子は金を稼ぐために、なりふり構わなくなってしまったように思えてならないんです。でも私は、あの子を咎めようとはしなかった。愛人がいようが、パトロンがいようが、あの子はあの子だったから、私はその優しさに甘えてしまった。でも、それは間違いだった」


 「私の調べによると、あの頃の彼女は情緒不安定だったそうです。きっと、なにかきっかけがあったんだと思います。私はそれが知りたい」


 「残念ですが、私には何もわかりません。ただ、娘の遺品は今も金庫の中に入れっぱなしにしてありますので、お渡しは可能です」

 

 「ありがとうございます。それだけでも助かります」


 「ただ………」


 「えっ」


 「埼玉の高級老人ホームにいた頃の話ではありますが、誰かが勝手に私の部屋に侵入した形跡があったんですよね。綺麗だったはずの床のうえに、砂や土が所々散っていたり、ベッドの掛布団の位置が微妙にずれていたりしてたんです。貴重品は金庫の中に入れていたので、別に何の被害もなかったんですけどね。ヘルパーさんにその事を報告しても気のせいだって言うし」


 「そうですか………」


 「今はそんな事もなくなり、穏やかに暮らせています。もう娘はいませんけどね……」



 そして高槻志保は約束通り、金庫から娘の遺品を取り出し、福富神子に渡した。


 その遺品とは、通帳と、あとアイパッドだった。

 

 高槻志保は、さらにこんな事も言った。


 「娘のスマホ、実はいまだに見つかっていないんです」


 「えっ………」


 「警察にその事を言っても相手にされませんでした。川藤を殺したのはあくまでも私の娘。その娘のスマホがどこへ消えようとも、探す必要はなしというのが彼らの判断だったから、探してはくれなかった」


 「………………」



 福富神子は眉間に深いしわを刻んだ。


 スマホが消えた理由については、おそらく……そういう事なのだろう。

 



 アイパッドには同期機能というものがある。このアイパッドを調べれば、彼女のスマホと同期していた事があった場合、確実に何かが出てくるはず。



 ここへ来た意味は確かにあった。

 真犯人までの距離は、もうそんなに遠くはないのかもしれない。



 「ありがとうございます。通帳の方は、受付の人に頼んでコピーを取らせてもらってからいったんお返ししますね。あと、なにかわかったら必ず連絡入れますので」


 「そうですね。その時が来たら、娘の墓に花でも添える事にします」


 「ええ、その日は必ず来ますよ」



 福富神子は高槻志保に礼を言い、いったん受付の目の前まで戻ってきて、受付の人に頼んでコピー機を使わせてもらった。そして、通帳だけいったん高槻志保に返してから、ホテルの自分の部屋へと戻ってくる。





 そして、通帳のコピーをパラパラとめくり、コピーに載っている残高の増え具合について注目してみる。

 


 「………………なるほどね」



 わかった事は2つ。

 1つ目は、川藤からの送金が、2年前から少しずつ減り始めていたという事。

 

 そして2つ目。

 

 「…………………」


 川藤からの送金が減り始めた半年後くらいに、別のパトロンが彼女の口座に振り込み始めたという事。




 2年前と言えば、児童養護施設の事件が起こった時期でもあり、円城寺サラが亡くなった時期でもある。

 蒼野まといの話によると、彼はその件についてとても後悔していたらしく、だからこそ、蒼野まといの復讐にも協力的な姿勢を取った。


 もしかしたらそのせいかもしれない。

 もう悪事を働いてまで金集めをしたいとは思わなくなったから、愛人を駒のように使う事もなくなり、その影響で、彼女に対しての送金が減ってしまった。

 

 でもそれは、その愛人にとって、とても都合が悪い事だった。

 金がなければ、母が高級老人ホームで暮らすためのお金もそのうち尽きてしまう。

 だからこそ、別のパトロンを作ったのだ。



 

 そしてそのパトロンは、彼女とすすんで親密になり、彼女の弱みを見つけ、それにつけこんだ。



 それがあの母親だった。



 アイパッドの存在を知らなかったという事は、誰かに目撃されるのを避けるために、あえて、防犯カメラの少ないホテルでの密会ばかりを選んだ。

 

 相当用心深い人物だというのがよくわかる。でもそれが大きな(あだ)となってしまった。



 とにかくこのアイパッドを調べてみよう。

 運がよければ、証拠(・・)もでてくるかもしれないから。



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