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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第二十三章 デウス・エクス・マキナ
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螺旋迷宮5


 引き続き7月11日。



 さっき花房聖と電話で会話したばかりの碧だったが、朝食づくりに取り掛かろうとしたとたんに今度はインターホンが鳴り、さすがにイラっとしつつも、玄関の外にいる人物をインターホンモニタで確認した。


 「…………………」




 

 花房聖だった。





 花房聖はモニタ越しに不敵な笑みを浮かべていた。

 

 「…………………」


 さすがにぶん殴ってやろうかと思ったが、怒りを抑えつつ、玄関扉を開けた。


 「でっ、何の用?」


 「鍵」


 「は?」


 「まっ、別にピッキングすれば中には入れるんだけど、そんな事したら、荷物運ぶの手伝ってくれる業者の人に変な目で見られちゃうしね。だから鍵チョーダイ」


 「……………………」



 そう、さっきも電話で彼女とは話をしており、その際、花房聖は碧に、まといとは今日別れるつもりだと教えてくれた。

 そして、まといが授賞式に出ている間に、まといの荷物を碧の家に移すとも言っていた。



 だからこそ鍵が必要なのだ。



 「やだって言ったらどうする?」


 「あなたはそんな事言わないよ。だって、またまといがホームレスになっちゃうしね」


 「…………そうやって私をうまいこと掌のうえで操ろうとしても無駄だから。あなただって、まといちゃんを愛しているのは私だってわかってる。だから、まといちゃんがひどい目に遭うような選択肢は選ばないはずだよね」


 

 ここに来て、まといと聖の仲を繋ぎ止めようとする行為は実に滑稽に見えるかもしれないが、なんかいやなのだ。聖が普通にまといに飽きたとかいう理由だったら納得できる。愛なんて、冷めてしまえばそれでオシマイ。さっさとあと腐れなく別れた方がお互いのためだ。


 でも、聖は今でもまといを愛しているのに、最初からまといとは別れるつもりで付き合っていただなんて……そんなのあまりにも悲しすぎるし、納得がいかない。



 「………素直にカギ渡してくれないと、わたし、部屋の中荒らしてでも無理やり奪うけど?」


 「そっ、そんな事したら警察沙汰になるよっ。わたし通報するし」


 「できるわけないよ。そんなことしたら、またマスコミに追い掛け回されるよ。住所だってバレちゃうかも。そしてまたまといは、あなたをマスコミ達の悪意から必死になって守ろうとする。円城寺サラを護れなかった分、あの子は何が何でもあなたから離れなくなる」


 「くっ」

 

 「そしたらよけいなトラブルもきっと起こるだろうし、悪い事尽くめになっちゃう」


 「………………」



 たしかにその通りだった。

 それに、そんな事したら聖は逮捕され、結局、まといと聖を引き裂く形になってしまうわけで……。





 聖はさらにこんな事を言った。



 「それにあなたは私に勝てない。腕力は私の方がはるかに上」


 「………………」


 「それとも、実際にやり合ってみる?1分もかからないと思うよ。あなたが床にひれ伏すまでにね」


 

 聖は本気だった。

 

 なんて表現した方が正解なのだろうか。


 彼女が積み重ねてきた分の人生の重みが今、威圧感となって碧には伝わっていた。この重みの前では、自分はただの赤子でしかないのだと碧は思った。



 「…………わかった。鍵は渡すよ」



 碧はいったん部屋の奥へと引っ込み、また玄関まで戻って来て、聖に鍵を渡した。

 

 「ありがと」


 「返すのはいつでもいいよ」


 「うん、じゃあね」



 そして聖は去っていった。

 碧は深いため息をいったんついてからリビングへと戻り、インスタントのスープ春雨で簡単に朝ご飯を済ませた。

 

 「はあ………」


 まさか、こんな形でまたまといと暮らす事になるとは……。


 「……………………」


 いつまでも途方に暮れていても仕方がないので、碧はまといが待つマンションへと早速向かった。



 

 「碧さん、おはよう」



 まといは元気よく玄関で出迎えてくれた。

 

 まといはまだ知らないのだ。聖がまといと今日別れるつもりなのだと。

 右田邸であんな事件があったばかりだというのに、また彼女は深く傷つく事になるだろう。


 その事実を自分だけがすでに知っているというこの背徳感。

 

 「……………………」


 「ねーねー、碧さん」


 「何?」


 「やっぱりさ……授賞式、碧さんも一緒について来てくれるとか……だめ?」


 「えっ?」


 「心細いっていうか……。こういう晴れの舞台だと、どういう振る舞いしていいのかもわからないから、近くにいてくれるだけでも安心するっていうか」


 「私も一緒に行って大丈夫なの?」


 「同伴OKってプリントには書いてあるから、私と一緒に出入り口を通れば大丈夫だよ」


 「ふうん………だめじゃないけど、じゃあ私も着飾らないとね」


 「碧さんもドレス着るの?」


 「ううん、主役はまといちゃんなわけだから、上下黒スーツにしとくよ」


 「じゃあ、いったん家にスーツを取りに戻るの?」


 「ううん、メンドクサイから、花房聖の部屋から頂戴しようかな」


 「えっ?」


 

 まといは驚きの表情を浮かべた。

 だって、勝手にひとさまの恋人の服を着ようだなんて、普通に非常識。


 でも碧はまといにこんな事を言った。



 「大丈夫だって。あの人はこんな事で怒ったりはしないから」


 「たしかに………怒らないとは思うけど」


 「それに、スーツ持ってないんだよね。いまから買いにいっても、店で頼むと裾上げだけでも時間がかかっちゃうだろうし、自分で直すにしても、この家にミシンなさそうだから、ミシンも買いに行かないと」


 「たしかにこの部屋にはないよ。たいてい裾上げとかはお店がやってくれてたから」


 「なら決まりね」


 「わかった。じゃあ、あとで私から聖には連絡しておくね。スーツ借りるって」


 「うん、そうして♪」


 

 という事でさっそく碧は聖の部屋を勝手に覗かせてもらった。


 「……………………」


 聖の部屋にはたいした家具は置いてなかった。

 というより、生活感が感じられない部屋だった。

 

 だからこそよけいに、花房聖が、本当はいったいどういう人物なのか、推し量れそうにない。 


 「…………………」


 クローゼットを開けると、花房聖がいつも着ているスーツと、あと、透明のビニールカバーに包まれた黒のタキシードがハンガーポールにかけられていた。



 碧はそれを手に取り、ビニールカバーから出した。

 そして、そのタキシードを直接は着ないで、服の上から、軽く自分の体に合わせてみる。


 「…………………」


 股下がぴったりなくらいにちょうど良かった。

 

 「ふうん…………」


 まさか、あの女の股下と自分の股下が同じ長さだとは知らなかった。

 あの女の方が多分、身長は上のはず。


 いや、わからない。

 態度がいつもデカいから、デカいように見えていただけで、本当はたいして身長なんて変わらないのかもしれない。


 「まあいいや。これにしよ」


 着るものは決まった。

 でも、まだ授賞式まで結構な時間があるので、今すぐには着替えないが。

 髪はポニーテールにしよう。その方がきっと全体的にまとまるはず。


 

 碧はタキシードをいったんビニールカバーの中へと戻し、まといの部屋へと移動した。



 まといは神妙な顔をしたまま、厚紙で出来た白くて大きな箱の中身を凝視していた。


 碧は横から箱の中を覗いた。



 「あっ、ヒラヒラの赤いドレスじゃん。絶対に似合うよ」


 「あの………」


 「ん?どうしたの?」


 「これって、ノーブラのまま着ないと駄目なやつかな」


 「はっ?」


 まといはドレスを手に取り、碧に全体が見えるようにドレスを広げた。

 それを見た碧は、深いため息をついてこう言った。



 「ああ、なるほど。背中が開いているやつね。うん、普通のブラは着けちゃだめなやつだよ」


 「えー!!」


 「大丈夫。ちゃんと私が面倒見てあげるから」


 

 花房聖の覚悟が変わらない以上は、自分が彼女の面倒を見なければと碧は思ったのだった。



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