蒼野まといサイド4
時間軸は少しだけ前に遡る。
炭弥の自宅にいったん連れていかれたまといは、朝になってようやく目を覚ましたのだが、碧が2階にあがってくるその数分前、まといのスマホに、川藤から電話がかかってきていたのだ。
そしてまといは、通話ボタンをONにし、スマホを耳にあてた。
「あっ、川藤さん………」
川藤秀治がせっかく料亭でのバイトの手続きをしてくれたのに、まといはよりにもよって、仕事初日に行く事が出来なかったわけである。川藤に対しても失礼だし、雇ってくれた仕事先の女将にも失礼だった。
たとえどんな理由があろうとも、休むなら休むでその日に電話ぐらいするのが礼儀だ。
すべては、自身の体調を気にかける事すらしなかったまといに非があった。
「すみません川藤さん。せっかく協力してもらったのに…………」
別に川藤の事を許したわけではないが、仇のはずの彼がここまでしてくれたのだ。申し訳なさで胸がいっぱいだった。
だけど、彼は様子がおかしかった。
『ふふふ、クククククク………………』
「えっ?」
『してやられたよ。実に頭のいい手だと思う………』
まといは眉間に深くしわを刻んだ。
川藤が何を言っているのか、その意味が理解できなかったからである。
「どういう……事ですか?」
『私をハメるための、実にいい手だと言ったんだよ』
「………………意味が………わからないんですけど」
『君は最初からあの料亭で働くつもりはなかった。ただ私から、談合に使われそうな場所さえ聞ければそれでよかったんだ。そして、私が裏切ろうとしていると、彼らのスマホへと一斉送信した』
「ちっ、違います。私はそんな事」
『でも君には動機がある。そして私には殺される理由がある』
「でもあなたは協力してくれた。それはつまり、少しは罪悪感があったからですよね」
『ククク…………被害者面するのはもうよせよ。すべてがもう手遅れだ』
「待ってください。私は本当に、一斉送信の事は知らないんです」
『だが、君にはハッカーの仲間がいる。私がネット銀行の口座を不正に作らせていた件も、突き止めたのは彼。なら、一斉送信の件も彼なら可能だろう?』
「そっ、そんな………………」
この川藤の言っている事が本当だとしたら、蕪山はこちらの判断を仰がずに独自で動いた事になる。
ふと、いやな予感がした。
血の気が引くとは、まさにこの事を言うのかもしれない。
早く蕪山のもとへ行かないと手遅れになるような気がした。
『そうだ。例のカメラなんだが…………私の愛人が、気味悪がってもとの質屋へと売ってしまったよ』
「………………………」
『あのカメラを手にしてからというもの……いやな夢ばかり見てね。これは言い訳になってしまうが、本当は子供の命を犠牲にしてまで利益を得ようとは思ってはいなかった。でも引き返せなかった。やはり汚い事に手を染めるべきではないね。でないとこうして引き返せなくなってしまうから』
「………………………」
『あえてひとつだけ忠告しておこう。善人か悪人かの両極端で物事を図るな。でないと簡単に寝首を欠かれる事になる」
プツリ。
そしてそこで電話は切れた。