ミチルとワカコ2
高校3年生。9月。
あれから月日が経ち、チャンスを得る手段も多様化した。
もっとも顕著なのが、TOUTUBEといった動画配信サービスを利用した方法である。
TOUTUBEがきっかけで、歌謡界を代表するアーティストにまで登り詰めた男性スターもいる。
とはいえ、人を惹きつける才能が実際になければ、いくら動画を配信したとしても、注目もされないわけだが。
そんな中、再生数300万から500万ほど稼いでる2人組のアーティストがいた。
それがミチ&ワカだった。
彼女達は顔出しをいっさいせずにこの人気を誇っている。
ミチが作詞作曲担当で、ワカがボーカルである。
動画上には、本人達の姿の代わりに、自主製作のショートアニメが流れているため、視聴者サイドは彼女達の顔も年齢も職業も知る事ができないが、それでもワカの歌唱力には力強さとひた向きさがあり、新曲がアップされるたびに、すぐにランキング上位へと更新されている。
そう、正体はもちろんミチルとワカコである。
再生数が100万を平均で出すようになってからは、イベントの出演依頼も来るようになったが、顔出ししなくてもいいもの以外はミチルはすべて断っている。
ワカコへの配慮のためである。
ワカコを歌の世界へ引き吊り込んだのは自分のわがままからだとミチルは自覚しているので、その分相手の気持ちも尊重したいのだ。
一方ワカコは相変わらず内気ではあるが、誰かがハンカチを落とせば、拾って声をかける事もできるし、誰かが気分悪そうにうずくまっていれば、病院を呼ぶかどうかの有無を尋ねられるようになった。
さらに、ミチルとワカコの他に、新たな仲間もひそかに加わっていた。
ルイという名の、同じ組の女子である。
ミチルとワカコの正体を知っているのは、ルイだけである。
実はあのショートアニメを制作しているのはこの彼女なのだ。
もちろん、ルイにはきちんとお金を支払っている。
動画の広告収入の一部を口座に振り込んでるというわけだ。
「まいどっ」
ルイはゲラゲラと笑った。
彼女は、自身の事をオタクであると公言はしているものの、イマドキの女子といった感じではある。
2人しかいないコンピュータールームにて、ルイはミチルに対し、こう言った。
「それにしてもミチル、よかったね。このままいけば、ドラマの主題歌もできるくらいに有名になれるんじゃない?」
「そうかな」
「そうだよ。ワカ様を信望する根強い信者もいるくらいだし、いま勢い強いと私は思ってる」
「ワカ様ねぇ……」
ワカ様云々は置いておいて、ここまで来るのには本当に長かった。
下積みを長く積んでも実際に夢を掴めない人だっているのだ。
だからこそ、この夢だけは確実に掴みたいとミチルは思った。
次の日、CDショップからの帰り道でミチルは、行く手を塞ぐ人の群れに遭遇した。
どうやら、この先の通りにて、凄惨な事故が起きたらしい。
それについては、ミチルの隣にいた人がこう説明してくれた。
なんと、軽トラックの荷台に積んであったガラス板が、サラリーマンの男性の首へと勢いよくスライドしていったせいで、頭部が飛んでいってしまったそうだ。
幸いミチルの位置からだと遺体は見えなかった。というより、見たくない。気持ち悪いからだ。
それよりも驚きだったのは、なんとかその現場をスマホで撮ろうと奮闘している人がいたという事。
ミチルはドン引きする。
でも、そんな時だった。
ねえ、フォーカスモンスターって知ってる?
ふと、そんな声が聞こえたのである。
フォーカスモンスターは、最近広まった都市伝説のようなものである。
地域によっては諸説は異なるが、共通しているわかりやすい特徴があった。
どうやら、カメラを持ったそのフォーカスモンスターに写真を撮られてしまうと、確実に事故にあって死んでしまうらしい。
フォーカスモンスターは次のようにも呼ばれている。
マスコミュニケーションが生んだ悪魔。
SNSに住まう怪物。
そしてフォーカスモンスターの標的は、だいたいマスコミか、SNS上でやらかしてしまった者が非常に多い。
なんでマスコミが多いのかというと、以下の通りである。
テレビ、新聞、インターネットを含んだマスメディアは、不特定多数の人達へと情報を伝達できる手段だ。
しかし、モラルを欠いた情報の発信をしてしまうと、人ひとりの人生を簡単に台無しにする。
マスゴミなんていうスラングが生まれてしまったのもそのせいである。
だからこそ、マスゴミを恨んでいる人は多く、フォーカスモンスターなんていう都市伝説を生んでしまった。
そして、面白がった誰かが、色々と設定を付け加えてしまったのが膨れ上がり、こうして有名になってしまっただけの事。
フォーカスモンスター。
実際にいたら、たしかに怖いかもしれないが……。
でも、ミチルには自信があった。
ミチルのSNS上でのつぶやきは、新曲のお知らせがほとんどだからだ。
だからミチルは心の中でこう思った。
大丈夫、私は誰の心も踏みにじってはいない。