風椿碧の想い7
そして、まもなくして近くの診療所に到着した。
本当は病院に連れて行くつもりだったのだが、運転手が、診療所の方が待ち時間が少なくて済むかもと提案したので、それに乗っかる事にした。
診療所の閉まる15分前に着いたため、運転手の読み通り、受付前には、会計待ちの患者しかいなかった。
碧は、運転手にも手伝ってもらって一緒にまといを診察室へと運び、ベッドへと寝かせた。
まといの意識はなかった。
医師の簡単な所見によると、疲労による免疫力低下が一番の原因だそうだ。
そのうえ、満足な栄養を取っていない事による貧血。そして熱中症。
さらに、こんな事も医師は碧に説明した。
「疲労状態が日常的に続いてしまうと、免疫力低下が続いてしまうわけですから、ちょっとした疲労でも高熱が出やすくなってしまいます。つまり、熱が出やすい体質になってしまうわけですね。だから、1日や2日程度じゃ、十分な睡眠を取ってもこの体質はなかなか治らない。でも人間働かなければいけないわけですから、こんな体質のまま肉体労働を続けていったら、最悪の場合、心臓疾患で死ぬ」
「じゃあ、どうすれば………」
「生活を改善していくしかないですね。それも根気よくね。熱が出やすいクセがなくなるまで…………」
「そうですか…………」
「とりあえず、点滴を打って様子を見ましょう」
「わかりました………」
碧は、いったん廊下へと出た。
もう予定の撮影時間は過ぎてしまっていたので、遅刻する旨を電話でマネージャーへと伝え、先に診察代だけ払って、診療所をあとにした。
代わりに、炭弥にここの診療所まで来てもらった。
いったん炭弥の自宅の方で、まといが目を覚ましたら彼女を預かってほしいとお願いした。
ドラマの撮影は朝の4時まで行われた。
朝焼けのシーンが必要だったため、夜のシーンも含めてぶっ通しで撮る事になったのだ。おかげで赤紫の雲が映えたきれいなシーンが撮れた。
だから、炭弥の自宅に着いたのは6時だった。
本当なら5時に行く事もできたが、あまりにも早すぎると向こうもまだ寝ているかもしれないので失礼にあたるので、途中のコンビニで適当なものを買って時間を潰したというわけである。
玄関の鍵は空いていた。
「おはよう」
炭弥は台所で朝ご飯を作っていた。
お店の開店が9時なので、だいたい3時間前には起きている。
朝ご飯のメニューは、オニオンスープにシャキシャキサラダ。茄子とトマトのオイスター炒めだ。
「炭弥さん。色々ありがとね」
「かまへんかまへん」
炭弥は、碧からコンビニの袋を受け取って、チューハイの缶や、おつまみ一式を中へと入れた。
これらは全部、炭弥へのお礼だ。
炭弥は料理上手なため、コンビニのグラタンなんて買っても喜ばない。だって、もっとおいしいものを作れるからだ。
だから、コンビニに売っていた高級な方のおつまみ一式を買ってきたというわけだ。
「炭弥さん。まといちゃんはどんな感じ?」
「2階でまだ寝てるよ。あと、嫌がらなかったよ、ここへ連れてくるの」
「そうか……それはよかった」
彼女の事だから、今からでも仕事に行くとか言いそうな気がしたが、無駄な心配だったらしい。
2階へあがると、ちょうどまといが部屋から出てきた。
「あっ」
「あっ…………」
まといは、碧を見るなり、とても申し訳なさそうな顔をした。
「あの………治療代の件なんですけど…………」
「ストォォォォップ!!!」
「でも………………」
とりあえず、いったん部屋に戻ってもらって、そこで話をする事にした。
そして碧は、まといにこう言った。
「借りを返そうとする心がけは立派だと思うけど、これじゃあ、結局同じことのくり返しだと思うよ。だって、たたでさえ体調が悪いのに、スマホの弁償代+治療代を返済するために、毎日のように無理を強いるわけでしょ?またどこかで倒れるよ?そしたらまた治療代が加算されるよ?」
間違った事は言っていないと思う。
まあ、相手からしたら、よけいなお世話なわけだが………。
「でも私…………お金が必要で……………」
「わかった。じゃあ、こうしましょうよ?」
「えっ」
「私があなたを買う」
「え?」
「おっと、言葉を間違えた。私があなたを雇う。住み込みの家政婦としてね。毎日の食事と部屋の掃除。あと、必要なものを時々撮影場所に届けたりしてくれたら助かる」
「……………………」
「いやとは言わせないよ。たしかにさ、まだまといちゃんとの仲はそんなにかもしれないけどさ、完済前に死なれたら、さすがにトラウマになっちゃうよ。まといちゃんはそれでいいの?私にトラウマを与えちゃうんだよ?」
「…………………………」
「だからさ、私の家に住み続けながら、余った時間とかで、ちゃんとした仕事見つけなよ。資格が必要だっていうのなら、そのための授業料も出すよ」
「…………………………」
「完済する気持ちがあるんだったら、わざわざ私に心配させないで、ちゃんと元気になってから返してよ。礼儀でしょ?」
「……………………………」
まといは、相変わらずとてもダルそうな顔をしていた。
それなのに、碧のこの長々とした説教を聞かされているわけである。
うんざりしてしまったとしても不思議ではなかったが………。
「わかりました……………」
まといは、うんざりなどしてはいなかった。
それどころか、まったくその通りだとすら思っている。
だって、実際にこうして迷惑をかけてしまっているわけだから。
本当は誰かを頼りたくなんてない。頼るのがクセになってしまいそうでいやだから。
でも、頼るのを拒み続けたからこそ、今、自分はここにいる。
本音を言うならば、不幸な人なんて自分以外にもたくさんいるわけだから、その人達の方が救われるべきだと思ってる。
だって自分はそんなに、ご立派な人間ではないのだから………。