風椿碧の想い6
そして、そのさらに1ヵ月後の7月。
碧はまといに会うために、いつもと同じように18時にマンガ喫茶へと行った。
今は熱中症シーズン真っ盛りと、ニュースのアナウンサーがテレビで言っていた。
6月の半ば時点で30度近くが続いており、熱中症患者が去年よりも急増するかもしれないらしい。
それなのに7月の蒼野まといは、相変わらず長袖のシャツを着ていた。
というより、1ヶ月前も同じような格好をしていたような気もする。
「まといちゃん、目にクマが出来てる」
「昨日、寝てないの。でも大丈夫。夜の仕事が終わったら寝るから」
「そっ、そうなんだ……」
碧は、思わず引きつった声を出してしまった。
きっと、その夜の仕事が終わっても、彼女は十分な睡眠はとらない。だって、自身の体調管理を少しでも気にかけていれば、ここまでにはならないから。
やはり彼女は、一生懸命生きようとはしていない。死んだら死んだで、それでいいと思っている。
「じゃあ私、もう行きますね」
まといは、いつもと同じように碧に1万円だけ渡して、さっさとマンガ喫茶を出て行ってしまった。
「……………………」
碧は深いため息をついた。
まといの具合があきらかに悪くなっていってるのに、彼女をこの泥沼から救ってあげる事も出来ず、ただ見ているだけ。
碧はそこそこ売れている女優だ。寄付しようと思えば、まといに多額の金を渡す事だって可能だ。
でも、苦しんでいる人は彼女の他にも大勢いる。それなのに彼女だけひいきするのは、他の人から見たら、あまりにも身勝手な自己満足なのかもしれない。
だけど…………。
「……………………」
碧はトボトボしながらマンガ喫茶を出て、タクシーを拾った。実は、ドラマの撮影が1時間後にあるので、もうそろそろ現場に向かわないとまずかった。
だからタクシーに乗り込み、運転手に目的地を教えた。
そして、タクシーがゆっくりと走り出した。
碧は、窓の外を眺めながら、ドラマのセリフを頭の中で反芻した。
すると、歩道を歩いているまといを見つけた。
でも……………。
まといは倒れた。
それでもまといは、ゆっくりながらも立ち上がる。
「停めてっ!!!」
碧が突然大声を出すものだから、運転手は肩をびくりとさせて驚いたが、チップをはずむと碧が言うと、すぐに歩道沿いに停めてくれた。
「あと、しばらくここに停まっててくれるとありがたいかな」
「わかりました」
運転手との交渉成立。
碧はタクシーから出て、まといのもとへとすぐに向かった。
まといは、片膝をついていた。
よっぽど気分が悪いのか、額に手のひらをあて、顔は下に向けたままだ。
それでも、彼女のそばを通り過ぎる人達は、みな気にせず各々の目的地へ向かうのをやめない。
「まといちゃんっ!!!」
そこでまといはようやく顔をあげた。
とても眠そうな目をしていた。
いや、違う。眠いんじゃなくて、だるいのだ。きっと、必死に意識を保とうとしているのだろう。
「病院に行こうっ、そこにタクシー待たせてあるから」
「…………………大丈夫です。最近貧血気味なだけで……」
「嘘つき」
「…………………」
「まといちゃんに拒否権はないから。無理やり連れて行くから」
「………………今日が………新しい仕事の初日で……………」
「こっ、こんな体で働けるわけないでしょうがっ!!!」」
「それに…………保険も解約しちゃったから………医療費が…………」
「……なるほどね。だから病院を嫌がったわけね………。わかった。じゃあ、私がおごる」
「…………そんなの………そこまでしてもらう理由……ないし………」
「よしわかった。じゃあ、友達になろう」
「………えっ?」
「よしっ、決まり。私ね、友達は見捨てないタチだから」
碧はまといの肩を無理やり抱いて立たせ、タクシーへと連れて行った。
まといは、意識がもうろうとしていたせいか、碧の事を1度も振りほどこうとはしなかった。