66の思惑2
引き続き7月7日。
まといはAM11時に喫茶店CAMELへとやって来た。
今日はパイシチューを頼んだ。
ここのパイシチューはそんなに大きくはない。
マグカップよりも少しだけ大きめな器にパイ生地でフタをし、オーブンでサクサクになるまで焼いたものが、まといの目の前に置かれた。
もちろん、パイ生地をスプーンでざっくりと割れば、中からクリームシチューが出てくる。
サイコロ状の柔らかい鶏肉が入っていて、クリームシチューとよく絡んで、おいしかった。
もちろん今日も六文太弥勒は働いていた。いまはお昼時でもあるので、バイトの人も3人ほどいたが。
弥勒の頬には、うっすらと切り傷のようなものがあった。
まといは弥勒に「その傷どうしたの?」と尋ねた。
弥勒はまといにこう答えた。
「ああ、A4用紙で切っただけだよん♪」
「A4用紙で?指とかならまだわかるけど、紙でそんなところ切らないと思うけど?」
よっぽど顔をA4用紙に近づけない限りはそんなところは切らない。
なんか、へたな嘘だなとまといは思った。
彼らしくないというか……。
「ねえ、蒼野さん。ちょっと別の場所で話さない?」
「えっ?いいけど」
「じゃあ、さっそく移動しよう」
六文太弥勒は、お店をバイトの人に任せ、さっそくまといと一緒に時計塔広場へと移動した。
そして弥勒はまといにこう言った。
「俺と一緒に日本を抜け出してみない?」
あまりにも唐突すぎだったので、まといはその言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかってしまった。
5分経ってようやく、まといは弥勒に「えっ?」と聞き返した。
弥勒はまといにこんな事を言った。
「もちろん、罪から逃げるために君を誘っているんじゃないよ。罪を償う場所を求めに、日本から出るんだよ」
「………ごめんなさい。弥勒くんが何を言いたいのかわからない。だって、結局それって、罪から逃げる事にも繋がるんじゃないかなと思うし」
「まあ、たしかにそうだよ。でも、君だってもうわかってるはずだよね。自首をしても、完全な形で騒ぎを沈める事はできない。君がフォーカスモンスターだと世間に向けて証明する唯一の方法は、マスコミ達の目の前で人殺しをする事なんだから」
「…………うん、そうだね」
人殺しをすれば、それが証拠としてみなされる。でも、人殺しをしなければ、証拠が何ひとつないわけだから、逮捕すべきではないとみなされるだろう。
弥勒はさらにこう言葉を続けた。
「ま、仮にそれが証拠として認められたとしても、警察組織にとって、君はかなり面倒くさい存在だ。諸外国からいい笑いものになるのは確実。だって、カメラによる人殺しだからね」
「………………」
「だからこそ俺はあの時君に忠告した。自首はすべきではないとね。自首なんてしても、君のせいで迷惑をこうむる人が増えるから」
「………………」
「でも、君には可能性がある。そのカメラのチカラを使えば、たくさんの人を救うのも可能だ。世界各国で起きている紛争に茶々を入れる事もできると思う」
「…………………」
「紛争のせいで苦しんでいる人達もいる。そんな人達を守る事も、君ならできると思うよ」
「…………………」
「そんなにすぐには答えを出さなくてもいいけど、君が決心した時にすぐに日本を脱出できるよう、準備はしておく」
「なんで?なんで私なんかのために?」
「理由はふたつある。ひとつめは言えない。大切な約束事でもあるから。でも、2つ目は教えてあげる。両親の意志を、君に継いでほしいなと思ったからかな」
「両親の意志?」
「俺は以前、ボランティアなんてくだらないと君に言ったけど、両親の事は今でも尊敬してるんだよ。でも俺はとことんひねくれちゃったから、ボランティアに自分が身を投じている姿を想像できない。てゆうか、ゾワッとする。やっぱり俺はスパイの方が向いてる。だから、表向きの活動は君に任せる」
「…………………わかった。選択肢のひとつとして、頭の中に入れておく」
「急がなくていいからね。君にも心の準備ってものがあるだろうし。風椿碧にもお別れを言わないといけないだろうし」
「……………うん、そうだね」
「じゃあね。おとなしく家に帰るんだよ」
そして弥勒は、まといの元から去っていった。




