碧の罪悪感
そして再び7月5日。
まといの両親を殺したのが自分の両親だと知ってしまった碧は、その罪悪感をどうにか紛らわせるために、よりにもよって『温めてほしい』とまといにお願いをしたのだった。
そうする事で、許されているという免罪符を得たかっただけなのかもしれない。
それでもまといは碧のお願いを受け入れ、彼女をベッドの上へと押し倒した。
と思いきや。
「じゃあ私、マリネ作らなくちゃいけないから」
と言って、まといはベッドから下りて立ち上がり、碧を中途半端な状態のまま置き去りにして部屋を出て行ってしまったのだった。
「……………………」
まといに脱がされたのは、上半身をまとっていたトップス1枚だけだ。もちろんブラはいまも身にまとっている。
「………………えっ?」
想像していたのと違う。
本当ならもっと、“過激”で“とんでもない”事が繰り広げられるはずだったのに。
しつけでいうところの、散々ほめちぎっておきながら、お目当てのおやつだけはくれないあの意地悪な行為をされた気分である。
「……………………」
碧はゆっくりとベッドから下り、クローゼットの中から乾いた半そでのシャツを取り出して、濡れてしまったトップスの代わりに着た。
もちろん、床に放られたままの濡れた衣服は、ちゃんと手に持ってから部屋の外へと出た。
そしてちゃんと洗濯機の中へと入れた。
何気に髪もちょっと湿っているのでこのままお風呂に入った方がいいのだが、納得がいかなかったのでまといのところまで行ってこう言った。
「何で途中でやめるの?」
その声には少し怒りが混じっていた。
でもまといは、その碧の態度に特別おびえる様子も見せないでこう返事した。
「なにが?」
「なにがって……その………だって途中でやめたじゃん」
「だからなにが?」
「服を脱がせてキスまでしたのに、やめたじゃない」
「そうだね。脱がせたね」
「どういうつもりなの?」
「ひんやりしなくなってきたからもういいかなって」
「は?」
「温めてほしいって言われたから温めただけ。なにもおかしくないでしょ?」
「いや、あの、ほらっ、ムードってものがあるじゃない」
「ムードって何?」
「へっ?」
「それとも、ムードにも常識とかって存在するの?私もみんなみたいに、常識に則ったムードに従わないとダメなの?」
「そっ、それは……そんな事はないけど」
「じゃあいいじゃん。碧さんは速足が過ぎるんだよ。私にだってペースってものがある。少しくらいは私に合わせてくれたっていいと思うんだけど」
「うっ」
それは実にごもっともな主張でございます、と碧は思った。
まといはさらに、こう言葉を続けた。
「それに私、あまり過激なのは得意じゃないし………」
「得意じゃないって?どういう事?」
「ほらっ、碧さんが求めてたような事」
「ああ、中途半端じゃない方のヤツね」
「うん……………」
「あれ?でもおかしくない?花房聖とはどうしてたの?」
「なにが?」
「あの人この前、中途半端じゃない方のアレについて、ほのめかしてたじゃん」
「うん」
「じゃあ、なんであの人が良くて、私がだめなの?」
「そもそも聖とも何もしてないから」
「えっ?」
「恋人だからさ、わたしもしなくちゃいけないのかなとは思ってたけど、私が早々に鼻血出して中止」
「………………」
「さっきも鼻血が出そうだった。だから、アレが私の限界」
「ふうん………へえ………そうなんだ」
同居してた頃、あんなにも惜しげもなく全裸を見せてきたくせに、恋愛として意識すると途端にダメになるタイプ。それが蒼野まとい。
でもいいコト聞いた。
何歩先も進んでいると思っていた花房聖との関係も、そこまでの段階までは踏んではいなかったとは驚きである。
なら、なおさらあきらめたくはない。
「………………………」
でも…………。
彼女が、両親についての死の真実を知ってしまったら、やはり、嫌われてしまうのだろうか。
やだな。
せっかくうまくいきかけているのに。
自分のせいじゃないというのは簡単だ。それに、彼女はまだ、両親の死の真相について気づいてもいないし、知りたいという気持ちすら今は持ってない。だから、気づかれる事はないはず。
葵が犯した罪についても、碧は、結局『うやむやにする』という選択肢を選んでしまった。ただでさえ罪悪感から目を背けるのに苦労したというのに、両親が犯した罪までプラスされてしまった。
こんな事実、知りたくなかった。
どんなに逃げても、“罪悪感”が地の果てまで追って来ようとしてくる。
どうすればいいのか、いましばらくは答えが見つかりそうになかった。
 




