7月5日 加賀城編
7月5日
加賀城はAM6時過ぎに二野前邸のホワイトハウスの一室にて、目を覚ましたのだった。
ベッドの横で寝ていたはずのジョンソン・エフ・ジョンソンも、もういなくなっていた。
開けっ放しの扉の向こう側から足音が聞こえた。
「…………………」
なんか、近衛孝三郎が夢に出てきたような気がするのだが、内容が思い出せない。起きた途端にパッと忘れてしまった。夢なんてしょせん、そんなものなのかもしれないが……。
「…………………」
加賀城はベッドから下り、廊下に出た。すると、廊下の向こう側から20代くらいの爽やかそうな青年が加賀城のもとにやって来た。髪は茶髪で赤いジャケットを着ている。大学生だろうか。
「あっ、こんちわー」
「こんちわ?今は朝では?それとも、実はもうお昼過ぎとか?」
「んーん、朝だよ。なんとなく気分的におはようよりも、コンニチワって言った方が、初対面の人に対して、あまり馴れ馴れしさを与えなくていいかなと思って」
「なるほど」
「母さんからは話を聞いてるよ。ちょっかい出すなって言われてる」
「なるほど、息子さんでしたか」
すると、のっそのっそとジョンソン・エフ・ジョンソンが後ろからやって来て、彼の横へと腰を下ろした。
「母さんとはね、血は繋がってないんだよね、実は♪」
「えっ?」
「母さんは昔、ボランティアをやっていてね。人身売買のために海外へと連れ去られてしまった子供達の情報を必死にかきあつめて、そして見つけて、もとの親へと返す活動をしてたんだよ。立派だよね」
「……知りませんでした」
「でも僕の場合はちょっと事情が違った。誘拐されたわけではなく、両親が直接ブローカーに僕の事を売ったんだよ。だから、帰る家もなくてね」
「………………」
「母さんは、必死に僕の親戚とか探してくれたけれど、みんな、あれこれ理由つけてはすごい面倒臭そうな顔を浮かべて断った。そしたら母さんブチギレちゃって。それから5日後くらいに、僕と同じような事情を抱えた子供達がこの場所に何人か集められてね、で、ここで暮らす事になった」
たしかに……あの人は切れたら恐そうだ。
「では、養子ではないんですね」
「母さんは今も昔も独身だよ。養子縁組は夫婦がそろってないとだめだったし、児童養護施設を新たに作るしか方法はなかったんだよ。もちろん当時はちゃんとスタッフさんもいた。まあ今は、みんな巣立っちゃって、僕しか残ってないけどね。この家もただのあの人の自宅になっちゃったし。恵まれない子供達に対しての寄付は今もしているみたいだけど」
「そうですか……」
「あっ、僕の名前は卓志。あと、今さっきご飯ができたみたいだから、食堂に行こう♪」
「わかりました」
加賀城は、卓志と一緒に、食堂ルームへと移動した。
中は広かった。
横長のテーブルのうえには真っ白いテーブルクロスがかけられている。
イスは等間隔に6つ置かれている。
朝食もすでにテーブルのうえに置いてあった。
オムライスみたいな形をしたフワッフワの玉子焼きに、ほどよい焦げ目のついたウインナー。バターがほのかに香るフォカッチャ。あとコンソメスープだ。
二野前洋子はすでに席についていた。
「わーい、うっまそー」
卓志は二野前洋子のとなりに座り、加賀城は彼女の斜め前に腰を下ろした。料理を作ってくれた女の使用人は加賀城のとなりに座った。
「いただきます」
「いただきます」
そしてしばらくは静かな朝食タイムが続いていたが、はじめに沈黙を破ったのは卓志だった。
「僕、大学で心理学専攻してるんだけど、その中でね、動物心理学っていうのがなかなか面白くてね」
その卓志の話題に、加賀城はこう答えた。
「それは興味深い話ですね。動物にも心はありますから」
「でしょー。だからちょっと、自分の進路を考え中」
「応援します。最近は、動物専門の精神科医もいますから」
「僕は加賀城さんと会うのは今日がはじめてだけど、加賀城さんについては色々知ってるよ。この前テレビにも出てたしね」
「そうですね」
卓志は加賀城にこんな質問をした。
「加賀城さんはなんで精神科警課の刑事として活動しようと思ったの?」
「えっ?」
「普通はさ、心療内科医か、精神科医を目指すと思うの。でも加賀城さんはわざわざ刑事になったうえで、精神科警課の人間になった。よっぽどのきっかけがなければ、そんなルートはめったに辿らないと思うんだけど」
「………………」
加賀城は言葉につまった。
言葉につまる加賀城を見て、二野前洋子は眉間に深くしわを刻んだ。
加賀城は、しばらくして卓志にこう返事した。
「………母の死が、きっかけだった気がします」
「えっ」
「なんで母が自ら死を選んだのか、私は子供の頃からずっと考え、大学の図書館に通っては、心理学の本を漁り、研究を……していたような気がします。そしてそこで、誰かに誘われたんです。それがきっかけで、私は日本へ行く事に決めた」
「えっ、加賀城さんのお母さんって、自殺しちゃったんだ」
「あっ、朝食時にこんな話をしてしまって、すみません。これ以上は朝食がマズくなってしまう内容なので、私はもうしゃべりません」
「そっかー。でも謝らないで。僕から話を振ったんだし」
「この玉子焼き、おいしいですね。さすがです。私じゃここまでの物はできません」
そして加賀城は、強制的に話を終わらせたのだった。
卓志は自分の部屋へと戻った。
加賀城は、食器を洗うのを手伝ってから、二野前洋子にお礼を言った。
「昨日は泊めてくださりありがとうございます。犬もかわいかったです。癒されました」
のっそのっそとジョンソン・エフ・ジョンソンがやって来て、加賀城の匂いをクンクンと嗅いだ。
「なんなら今日も泊まっていったら。精神科警課の今後の事についても色々と話をしたいし……」
「いいえ。それはできません」
「…………………」
「あなたのやさしさにケチをつけるわけではありません。でも、あなたは都知事選前の人間で、立場がある。それなのにあなたは色々とリスクを冒してまで、私の負担を減らすよう手をまわしてくれた」
「…………………」
「だからこれ以上は、甘えるべきではないんです」
「遠慮しなくていいのに」
「私も、あなたと同じで東京コンサルタントを支持してます。そしてゆくゆくは、今の、現状維持体質の日本が変わればと思っています。そうすればきっと、あなたのおかげで救われる人が出てくるでしょう」
「…………………………」
「そんな未来を、私は潰したくないんです」
「……………………そう、わかったわ。でも、今日はどうする気?またいつもと同じように赤橋署に行くの?」
「ええ。でも、大丈夫そうだったら、午前中で帰ろうかと思います。何かあれば、自宅に電話をかけてくるよう指示を出せばいいので」
「そう、わかったわ」
「それじゃあ、さようなら」
そして加賀城は赤橋署へ行った。
でも、建物の外には相変わらずTOUTUBERや、マスコミの人間が張っていたので、加賀城は仕方なくセンシビリティ・アタッカーのチカラで、自らの存在感をかき消したのだった。
だけど…………。
「うっ」
トンカチで叩かれたような頭痛が奔った。
そのせいでセンシビリティ・アタッカーのチカラが解けてしまい、加賀城は全方位360度囲まれてしまった。
「加賀城さんっ!!お話をお聞かせくださいっ!!」
「加賀城さんっ!!あなた結構、テロに巻き込まれていますよねっ!!こんな偶然、必然としか思えないんですけどっ!!」
「加賀城さんっ!!あなたのせいじゃないんですかっ??」
「弁護士を使っての“言葉狩り”についても、お話お聞かせくださいっ!!横暴ですよねっ!!」
「精神科警課ってそもそも、イラナイですよねっ!!」
加賀城は、それらの質問にはいっさい答えず、むりやり彼らのあいだを縫って、通り抜けようとした。
でも、それがいけなかった。
どさくさに紛れてわざと彼女の体を突き飛ばしたTOUTUBERがいて、そのせいで加賀城はコンクリートの地面へと激しく転倒。頭を大きく打ちつけてしまった。
それなのに、マスコミやTOUTUBERの人達は加賀城にカメラを向け続け、救急車を呼ぼうともしなかった。
それでも加賀城はゆっくりと起き上がった。
彼女の額からは血が流れていた。
その動画はTOUTUBE上にアップされた。
1時間もしないうちにすぐに削除はされたが………。
特別捜査官からの電話でその事を知った二野前洋子は、動画が消される前に、加賀城が血を流している様子を、画面上でしっかりと観ていたのだった。




