狐七化け、狸は八化け
警視庁があんな事になったので、7月3日の朝、警察上層部の面々は、警察庁内のとある会議室へと集まって、今後の事についてを、現在進行形で話し合っていた。
白髪交じりの警察庁長官が、厳かな雰囲気を醸し出している。
「これはゆゆしき事態だ。またもや我々の“身内”が死んでしまったのだからな」
ゴクリ。
誰もが息を呑んだ。
そう、過去に警察庁が爆破された時も死人が出てしまっている。それも1人や2人だけではない。
警察庁の建物もせっかくそれなりに修復も済み、ようやく体制も落ち着きを取り戻しつつあったというのに、今回の件で、またメチャクチャになってしまった。
こんな状態が続いたら、本当に秩序の崩壊が訪れてしまう。
テロに屈しないのが警察の信条のはずなのに、簡単にこうしてやられてしまっているわけである。
警察にモノ申したい第2、第3の暴徒予備軍が、変な気を起こす可能性だって出てくるわけである。鉄パイプやバッドを持って大勢で乗り込んできた日には、通常業務どころの話ではなくなってくる。そしたらもっと、治安が悪くなってしまうのだ。
だからこそ大切なのだ。警察が威信を保ち続ける事は。
「警視総監亡き今、直ちに副総監がその任に就くのが妥当では?」
「ええっ、その通りです」
「いやっ、ちょっと待ってくださいよ。なにも私でなくてもいいのでは?」
「今は緊急事態なんですぞ。許斐川くん。子供みたいに駄々をこねてはいけませんよ」
「駄々なんてこねてませんよ。私が警視総監の任に就いたとしても、国民に対しての説得力がなければ意味ありませんよ」
「というと?」
「つまりは、国民受けしやすいビジュアルの方がいいって事ですよ」
「ハッハッハ。政治家じゃあるまいし」
「しかし、こんな時だからこそ、にじみ出るカリスマ性がなければ、国民は納得なんてしませんよ」
「なら、許斐川くん。なおさら君の方がいい。そういえば、君の案だったよね?精神科警課新設の件」
「そうですよ。でも、それがなんなんですか?」
「あの精神科警課の案は実に“国民受け”するいい案だったと、今では私は思うよ。だからこそ、君が1番ふさわしい」
「…………」
「今日の夜、そうだな、20時くらいに、記者クラブを呼んで発表しようではないか。新たな警視総監の名前を……」
「くっ……」
そして会議が終わった。
許斐川副総監は、苦虫を噛み潰しながら、駐車場に停めていた黒塗りの車へと乗り込んだのだった。
「災難だったね」
運転席には穂刈が乗っていた。帽子を被って、運転手の恰好をしている。
「きっ、君……どうして」
「ドライブと行きましょうか」
穂刈は車を発進させた。
なめらかに地面の上をタイヤで走らせ、駐車場を出て、道路へと入った。
「そっ、そうだ、君。近衛君と話をしたい。彼にアドバイスを仰げばきっと……」
「彼はまだ意識が戻っていません」
「くっ………そうか………」
すると、許斐川のスマホに電話がかかってくる。
許斐川は通話ボタンを押し、電話に出た。
そして、驚きの声をあげた。
「なっ、なんだってっ!!ソタイが勝手に動いてるだとっ!!!!」
そんな許斐川に対し、電話の相手はこう話を続ける。
『ええ。警視庁爆破のニュースをきっかけに、さらにヒートアップしてしまって、もう止められません」
「くっ……で、ソタイは何のために動いているんだ??」
『海外組織、ようはマフィアですね。そいつらの密輸ルートを特定したとかで、1人残らず一網打尽にするために、動いているようです』
「………………」
『ソタイの他にも、公安の人間もチラホラと動き、ソタイと共同戦線を張っているようですね』
「それにしたって、なんで彼らは、よりにもよってこのタイミングに、上からの指示も待たずにそんな身勝手な事をっ???」
すると、穂刈がこう会話に口をはさんでくる。
「正義を、貫き通したいからですよ」
「なっ………」
そして穂刈は、こうも言葉を続けた。
「よりにもよって正義側に立っているはずの人間が、くだらない事にばかり権力を振りかざしてばかりだから、みんないいかげん、プッツンきちゃってるってわけです。まあ、俺も、すでにプッツンきちゃってるけど」
「ほっ、穂刈くん………」
「副総監。俺も協力しますんで、なんなら、これを機に、彼らの長としてあえて監督責任を負い、手柄を自分のモノにしちゃえばいいんじゃないんでしょうか。そうすれば国民も、少しは納得するでしょう」
「だがそれだと、他のものが私に納得しないだろう。手柄の横取りはあまり感心しないな」
「だけど、警視総監が長として威信を示す事は重要だ。そして、威信を示す事の重要性をキチンと理解している人間と信頼関係を築くべきだと、近衛さんも言ってました」
「そっ………そうなのか」
「だから、近衛さんが目を覚まさない今、彼を呼び戻すべきです」
「彼?あっ…………………まさか………」
「そうです。城士松和麿です。あなたが警視総監になって彼の謹慎を解き、彼を昇進させるんです。そうすれば彼は、あなたを守る盾にもなる」
「……………なるほど…ね。ものは考えようってわけか」
窓の外を、いくつものビルが通り過ぎていく。
空の色は相変わらずだったが、雲がやたらと多く、どこか不安にさせるそんな景色だった。




