浮ついた気持ち
引き続き7月3日 PM20時過ぎ。
コンクールの授賞式の件で結局碧の家に訪れたまといだったが、やはり、恐れていた事が起こり、なんといま、2人はベッドの上にいた。
服はちゃんと着ている。でも、これはこれでヤバいなと、まといもさすがに思った。
まといの体のうえには碧が乗っかっている。
まといは手首を両手で強く掴まれ、押しつけられ、まといが逃げられないように碧は、まといの腰のあたりを両太ももでガシッと固定していた。
彼女の長い髪が、まといの頬に軽くかかっていた。
顔がとても近い。
「………………」
いい匂いが、漂ってくる。
思わずうっとりしてしまいそうになったが、まといはなんとか理性を保った。
でも、碧がその気になってしまったら、簡単にキスされてしまう距離だった。
碧は逃がす気なんてきっとないのだろう。
さっき言った通り、まといの方から関係を終わらせない限りは、不誠実と思われようが、どんな手を使ってでもつけこむ気なのだ。
はっきり言わなければ。
あなたとはつきあえないと。
「みっ、あのね……碧さん」
「なに?」
「わたしね、自分の気持ちを整理してみたの。そして気づいた。私は花房聖が好き」
「…………」
「それに、今は花房聖の恋人だから、あなたとはつきあえません」
よしっ。
言った。
言ったぞ。
よくやった私っ。
と、まといは心の中で自分の事をほめたが。
「じゃあ、恋人じゃなかったら、私にもチャンスがあったって事じゃないの?その言い方だと?」
「えっ?」
「まといちゃんの言いたい事はわかるよ。それに、何もおかしくはないよ。でも、違和感はある」
「なっ、なにが?」
「だってさ。自分の気持ちに気づいた時点で、すでに花房聖とは恋人だったから、そのまま花房聖との付き合いを続行するって聞こえたけど?」
「えっ、それのなにがおかしいの?」
「仮にね、今、まといちゃんは誰とも恋人ではないとする。で、どっちとつきあいたいか、そして恋人になりたいか、まといちゃんは即答ができるの?」
「…………うっ……………」
「ほらっ、即答できないでしょ?花房聖があなたにとっての1番だったら、言葉にはつまらないと思うの」
「…………そっ、そんな………そんな事は………」
「こういうのムカつくから、私の方から言いたくはないけど、たぶんまといちゃんは、どっちも好きなんじゃないの?おなじくらいにね」
「えっ…………」
やばい。また頭が混乱してきた。
いや、落ち着け。
どっちも同じくらいに好きだったとしても、今は聖とつき合っているわけだから、迷う事なんてないのだ。もう1回ハッキリと言わなくては。
「みっ、碧さん。聖と別れるつもりはないよ。だから、前みたいに友達として………」
「だめ」
「うっ」
「どっちもおんなじくらいに好きなら、やっぱりどっちかを粉々に砕かないと、まといちゃんのためにもならないと思うの」
「そっ、そんな事は………」
「もちろん、粉々に砕け散るのは花房聖の方だけど」
だっ、だめだ。
碧には口では勝てない。
恋に本気になった彼女は、強すぎる。
「それともまといちゃんは、私との関係を、本気で終わらせたいと思ってるの?」
「そっ………それは………」
「即答しないって事は、終わらせたくないって事だよね?」
「…………うっ……………」
「ごめんね、意地悪な事ばっか言って。でも、いままでずっと私、我慢してたんだよ。どうせ叶わない恋だって勝手にあきらめてたの。でも、そうして何もしないままで居続けた結果、花房聖にまといちゃんを取られちゃって…」
「…………………」
「もう遠慮はしたくない。後悔は、したくないんだよね」
「…………………」
そんな風に言われると、弱い。
きっとこれも、彼女の策略なのかもしれないが……。
「まっ、でも、この辺にしておいてやるか。あんまいじめすぎちゃうと、またまといちゃんの“逃げスキル”が発動しちゃいそうだし」
碧はまといのうえから下り、新品未開封の化粧品の数々を紙袋の中へと入れた。
「ありがとう」
「ファンデーションだけでもいいから、暇な時間にでも自分で塗って、合う合わないをちゃんと見極めた方がいいかもね」
「うん、そうするね」
そしてまといは碧に礼を言ってから、帰宅した。
聖はすでに帰宅していて、冷蔵庫に入れっぱなしだったざるそばをズルズルと食べていた。
「おかえりー♪」
「うん、ただいま」
「あれっ、まとい、良い匂いがする」
「えっ?」
聖は立ち上がり、まといに顔を近づけてクンクンと匂いを嗅いだ。
「柑橘系の匂いがするよ?」
「うっ」
しまった。
さっき、碧にベッドのうえで乗っかられていた時に、服に染みこんでしまったのだろう。
たぶん、こういった事の積み重ねで、浮気がバレていくのかもしれない。
浮気…………。
そう、あれは確実に……………浮気だ。
「…………………」
まといは一気にテンションが下がった。
穴があったら入りたかった。
「化粧品買ったの?」
「えっ?」
「ほらっ、紙袋持ってるし」
「ああ、これは、知り合いにもらったの。買ったはいいけど使ってないやつをご厚意で」
「言ってくれたら買ってあげたのに。最高級のやつをね」
「うん、そうだね。あっ、体調は大丈夫?」
「あったぼうよっ♪♪」
「よかった」
やっぱりただの疲労か。
「あっ、聖、そばだけで足りる?今からでも、炊き込みご飯とか作ろうか?」
「大丈夫だよ。炊き込みご飯は明日でいいかな。あっ、栗ご飯食べたいな」
「わかった。じゃあ、化粧品置いてくるね」
そしてまといは自分の部屋へと移動した。
そのすぐあとだった。
聖のスマホに電話がかかってきたのは。
聖は通話ボタンを押して、サッと電話に出た。
「どうしたのイシユミくん」
『とんでもない事になりました。まあ、明日でも本当はよかったんですが、1秒でもはやく伝えたくて』
「えっ、なんかあったの?」
『ええ、実は…………』




