ペルソナ
7月3日 AM5:00
朝早く起きたまといは、茶碗蒸しと、白身魚のホイル焼きを作った。ホイルに敷くオリーブオイルは薄めにしておいた。
これなら聖もきっと食べられるだろう。
「…………………」
「おっ、茶碗蒸しかぁ、おいしそー」
聖は、黒のキャミソール型ワンピースのまま、台所までやってきた。きれいな太ももがあらわとなっている。
顔色は…………よさそうだ。
昨日、ベッドのうえで彼女が見せたガラス細工のような脆さは、今は微塵にも感じない。
でも、素直に安心はできなかった。
そう、これは、同居を解消する数日前の、あの時の碧に似ているような気がした。
今だからこそわかる。あの頃の彼女は、必死に不安や本音を押し隠して、偽りの自分をなんとか取り繕おうとしていた。
そんな感じに似ているのだ。今の聖は。
だからこそまといは、こう思ってしまうのである。
いままで彼女が自分の前で見せてきた“花房聖”は、もしかして偽りなのではと。
でも、何もかも偽りだったとは思えない。
風椿葵の事で落ち込んでいた時の、あの時の優しさはたしかに本物だった。
だからこそあの時、風椿葵を殺さないという選択肢を選んだのだ。
今でも、あの時の選択肢は正しかったと思える。
聖には感謝している。
そう。そうだ。
すべてが偽りというわけではないのだ。
合間合間に見せる彼女の優しさや愛は、たしかに本物だった。
ならなんで、無理して偽りの自分を聖は、いまもこうして演じようとしているのだろうか。
無理しないでほしい。
「どうしたのまとい。神妙な顔して」
「体調は?よくなったの?」
「うん、大分ね。若干脂汗がにじみ出てるけどね。だから、ご飯食べたら、パパッとシャワー浴びよっかな」
「うん、そうしなよ」
「あっ、そうだ。まとい、おめでとうっ」
「えっ、なにが??」
「ノイシュヴァンシュタイン城のジオラマを前に作ったじゃない?それを撮った写真が、コンテストで受賞したんだよ。大賞だって」
「…………………えっ?」
まといは、聖が何を言っているのかわからなかった。
たしかに、ノイシュヴァンシュタイン城のミニチュアは作った。そして記念に、その写真は撮った。でも、コンテストに応募した覚えはなかった。
「私がこっそり応募しておいたの♪」と、聖はニッコリと笑った。
「なっ、なんでそんな事を??」
「ほらっ、まといってさ、消極的っていうか、自分自身の才能とか可能性とかを、いっさい信じようとしないところがあるっていうか……。だから、きっかけを与えたかったの」
「別に私、消極的とかじゃなくて、ただ単に、自分の才能とか可能性とかに興味がないだけなんだけど」
「だから私はそういうところを変えたかったの。あんまり押しつけがましい事はしたくはなかったけど、でも、まといの恋人だからこそ、まといにはもっと、広い視野で物事を捉える事ができる人になってほしかったっていうか」
「でも私、いまのままでも幸せだよ」
「でも、まだ足りないと私は思う」
「どういう……意味?」
「自分にいったい何ができるのか、そして、どこまでできるのか、自分自身の可能性と向き合う事ができれば、それは自信にも繋がるし、新たな可能性へと繋がる。自分自身を無力に感じたりもなくなっていくと思うんだよね」
「……………そっか」
納得。
でも、そこまで考えてくれていただなんて思わなかった。
いつもは、セクハラ発言ばかりして、からかってくるのに、たまにこういう事言ってくるから、やっぱり好きだなぁと思ってしまうのだ。
「……………………」
ん?
ああ、そうか。
やっぱり聖の事も好きなんだ。
碧の事で最近混乱気味だったからアレだったけれど、思いがけず自分自身の気持ちにまといは気づく事ができたのだった。
「賞金は50万だよ。授賞式は来週の土曜日の夕方だって。急ではあるけれど、出れるっしょ」
「この授賞式って、ラフな格好で行っていいやつなの?」
「えっ、もしかして、シャツとジーンズで行く気?だめだめ。ドレスは私の方で用意しておくからさ」
「ドレス……か」
ドレスというか、スカートの類があまり好きではない。ていうか、慣れてない。中学とか高校の時は、しかたなく制服で通ったりはしたが、それでも、ヒラヒラとした服は、なんとも落ち着かないのである。
お金をもらえるのはうれしいが、少し憂鬱だった。




