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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第三章 風椿碧と蒼野まとい
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風椿碧の想い4



 そしてその1ヵ月後の3月。18時ー。


 碧は、例のマンガ喫茶前に来ていた。

 あいかわらず碧は、ドラマの撮影やら映画やらで忙しい身ではあるが、ちょうど1日だけ休みが取れたので、やっと来れたというわけである。



 スマホの弁償代は、12万6千円だ。

 画面があそこまで破損したうえに雨をもろに受けてしまっていたため、電源自体がもう入らない状態になってしまっていた。

 もちろん、データもパアである。

 だから、買いなおしという形の意味で12万6千円なわけである。

 でも偽物の請求書を勝手にこっちで作ったので、蒼野まといが支払う金額は1万円だけでいい。

 これなら、彼女の生活にそれほどの打撃を与えずに済む。



 「よし、入ろう」



 意を決して中に入ろうとしたところで、例の占い師(・・・・・)に声をかけられたのだった。

 以前、この占い師には占ってもらった事があった。そう、運命の人にいつ出会えるかについてである。



 「あっ、占い師さん。こんばんわ」


 「………………………」



 それにしても、この占い師、この(あいだ)と比べて、とても顔色が悪いような……。


 

 「ハハハ、私の運命の人っていつ出会えるのかな~♪」



 「必ず幸せになれるとは限らない………」



 「えっ?」



 「運命に巡り合わなければ、平々凡々の人生しかこの先ないかもしれない。でも、それこそが本当の幸せの場合だってある………」



 「……………えっと、つまり?」



 「まあ………あなたの場合は、生まれた時からもうすでに運命に飲み込まれてしまっているけれど…………」



 そしてその占い師は碧の横を通り過ぎ、どこかへと消えてしまった。


 「うーん」


 なんだか、不幸な運命しかないと言われたような気がしてならないが、あまり深く考えてもしかたないので、とにかく中に入る事にした。




 そのマンガ喫茶の店内は、意外と広々としていた。

 受付カウンター越しは吹き抜けとなっていて、フライドポテトを調理しているのが見えた。


 ドリンクバーはカウンターの隣と、そして奥の方にも設置されている。

 

 あと、小さな個室がいくつも隣接状態で続いており、扉には部屋番号のプレートが貼られている。




 「ふむ…………」

 


 碧は、ふとある事に気づいた。

 ここに来てみたはいいものの、どの個室でまといが夜を明かしているのか知らないので、1部屋ずつノックしながら探すと、迷惑行為で追い出される可能性があった。


 「うーん」


 しかたないので、ノックはあきらめ、店内を一回りしてみる事にした。

 いなければいないで、縁がなかったと思って諦めればいいだけだ。


 それにしても………マンガ喫茶なのに、色々なものが売っている。アメニティグッズや文房具。スマホの充電器エトセトラ。


 驚いたのは、コインランドリーコーナーまであった事だ。

 なぜここまでの設備を整えようという気になったのか、その経緯が気になるところだろう。



 「おっ、AVコーナーまである」


 

 

 暖簾(のれん)と薄い壁で仕切られたAVコーナーだ。

 まさかこのAVコーナーに蒼野まといが…………いや、ないない。

 でも足が勝手に………おっと………。


 

 「風椿さん」



 さりげなくAVコーナーに入ろうとしたところで声をかけられた。

 碧は、ぎくりと体を飛び上がらせてから、声がした方へと顔を向けた。



 

 でもそこには、蒼野まといはいなかった。




 

 そのかわりに、こざっぱりとしたショートヘアの女性が立っていた。

 彼女は、首にタオルをかけていて、風呂上がりのようなスタイルだ。

 

 AVコーナーの隣は、シャワールームへの通路となっている。

 彼女の髪の毛が若干濡れ髪なのはそのせいだろう。


 それにしても…………。



 誰だこの美人は………。



 「…………………」



 いや、待てよ。

 この唇には見覚えがある。それに彼女のこの瞳……。



 「どうかしましたか?風椿さん」



 それに、この清涼感あふれる声……。

 聞き間違いなんて絶対しない。こんな声の持ち主は、1人しかいない。



 「ひょっとして………蒼野まといさん?」



 「えっ?ひょっとしなくても、私は私だけど?」



 「そか……へえ、そうなんだ」



 髪をバッサリ切るとこんな感じになるとは、かなりの驚きである。



 それにしても………いやらしい視線をどこからか感じる。



 遠くの方へと目を向けてみると、主に男の客が1名、2名、5名、6名、まるで獲物を狙っているとしか思えない顔つきでまといの事を見ていたのだった。

 

 碧は、まといの事が急に心配になってきた。

 よくもこんな無法地帯に毎日のように泊まれるなと思ったからだ。

 でも、事情があるからこそここに泊まり続けているわけで。

 アパートを借りなさいなんて言っても、彼女からしたら、金がないから仕方がないのだ。



 「で、弁償代はいくらですか?」



 「えっ、あっ、えっとね」



 碧は、例の偽の請求書を取り出し、まといへと渡した。




 「ふうん………弁償代は10000円だけ(・・)なんですね」



 「うん、そうなの」



 「ふうん…………」



 「ん?どうしたの?」



 「私、パソコンで相場を調べたんですけど、画面損傷だけでも15000円。高ければ2万の場合だってあるらしいです。それに、あの時は雨で水没状態だったので、プラス10000円はしても不思議じゃない」



 「いや、でも………」



 「うそ、ついてますよね」



 何という事だ。彼女の方が1枚上手だった。

 あんな諸見沢専用スマホなんかのために12万も出させたくないのに…。

 ぐぬぬ………。

 しかたない。



 「バレたか。実は3万円もかかっちゃったんだ。アハハ」



 「……………………」


 

 まといは、眉をひそめながらじっと碧を見つめる。



 「なっ、なに?どうしたの、まといちゃん、その視線、熱すぎるわよ」



 「じゃあ、修理済みのスマホを出してください」



 「えっ?」


 

 「あれからもう1か月経ちました。さすがに修理はもう済んでますよね?」



 「いや、あの……その………」



 修理はしてない。

 諸見沢のために買い替えなんてしたくなかったので、2台分の契約だけはそのままにしてもらって、あのスマホはすでに廃棄ずみだ。

 

 もしかして、見抜かれてる。



 「あなたは最初、わたしのために気を使って10000円を提示した。で、私が嘘だと見抜いたら、あなたはずいぶんあっさりと30000円だと白状した。気を使っているにしてはあっさりとしすぎです。もしかしてもっとかかったんじゃないですか?」



 まさにその通りでございます。



 「でっ、でもね。あのスマホ、あんまり使ってもいなかったからちょうどいい機会かなって思ってたのよ。だから、ねっ、これ以上は………」



 「お店に問い合わせたら、あの機種は12万6千円だと教えてくれました」



 「いや、だからねっ」



 「私に気を使わなくても結構です。悪い事したのにそれをなかった事になんてしたくない。虫唾が奔る」



 まといは、懐から財布を取り出し、12万6千円ちょうど碧に渡した。

 


 「ちょっ、ちょっと待ってよ」



 碧は慌ててお金をまといに返そうとした。

 だって、お札入れの部分がちょうど空になるところが、見えてしまったから。


 ここのマンガ喫茶での1泊が10時間で1000円。

 そして、生きるためには食べ物を買う金だって必要なわけだから、このお金をもらってしまうと、まといは一文無しになってしまう。



 「大丈夫ですよ、夜のお仕事で稼いでますから」


 「はあっ??!!!」



 夜のお仕事?

 まさか、いかがわしい事してまで、このお金を稼いだというのか。

 そんなの………そんなのって。



 「それじゃあ、私もう行きます。待ち合わせしてますので」

  

 「ちょっ!!!」



 まといは荷物をまとめて、さっさと外へと出てしまった。




 夜のお仕事だって?

 そんな事をさせるために、あのどしゃぶりの雨の日に、彼女を助けようとしたわけじゃない。

 こんなの、こんなのってない。

 くだらないスマホなんかのために、彼女はいったいどんな想いでこの12万6千円を稼いだのか……。


 あの時、彼女に関わりさえしなければ………。



 「…………………………」



 いや、それは違う。

 あんなどしゃぶりの雨の日に、傘も差さないような子である。

 なんで傘を差さなかったのかその理由を考えると、また別の雨の日に同じような事をする可能性だってある。

 しかもあの日、フラフラだった。

 

 つまり彼女は、一生懸命生きようとしていない。



 もしこのまま放っておいたらきっといつか…………。




 「…………………よし」



 碧も、少し遅れてだがマンガ喫茶を急いで出た。

 

 まといの姿は、人ごみの中に紛れてもう見えなくなっていたので、勘を研ぎ澄まして右へと走った。


 

 すると………彼女がいた。



 ふくよかな眼鏡の男と一緒だった。

 その男は、まといの事をいやらしい目つきで見ていた。


 そして碧は……………。





 「ちょっと待ったぁぁぁ!!!」




 まといと男の間に割って入り、まといの手首を掴んで、ふたたび走り出したのだった。


 




 そして2人は、人気(ひとけ)のない空き地へと移動した。

 というより、碧が無理やり彼女をここへと連れてきただけだが…。


 まといは、動揺の色こそ見せてはいなかったものの、「どういうつもりですか?」と碧に言った。


 

 「私はね、弁償代なんてっ、どうだっていいのっ!!!」



 碧のもう片方の手には、まだあの札束が握られていた。



 「………それを言うためだけに、私の夜の仕事の邪魔したんですか?」



 「夜の仕事なんてやめてっ!!!」



 「……………あなたにそんな事言う権利、ないですよ」



 「私はね、人にみじめな思いをさせてまで、弁償代なんて稼いでほしくないのっ。まといちゃんはさっき虫唾が奔るって言ったけど、私だって虫唾が奔るっ!!!」



 「…………………」



 「悪い事をしたら償いたいって気持ちは立派だよ。でもね、私はあの時すでに許してたんだよ!!悪気がないってわかってたから、これ以上自分を責め続けてほしくなくて、許したんだからっ」



 「…………………」



 「それなのに、なにっ?まるであてつけのように全財産渡して、失礼にもほどがあるんじゃないのっ?分割払いだって別にいいじゃんっ!!!30回払いでも私は気にしないよ」



 「…………………」


 

 「それにね、あなたはね、償う償うと言っておきながら、許した側の気持ちを踏みにじってるのっ!!だってさ、こっちからしたら、まといちゃんがお金に困ってるのわかりきっているわけだから、これから先あの子どうやって生活するんだろって思うわけでしょっ??そんなこともわからないの???」



 「………………………」



 別に、しかるつもりなんてなかった。

 相手からしたら、たいした仲でもないのに大声で説教だなんて、うっとうしいに決まってる。というより、よけいなお世話だ。

 

 でも…………。


 

 「ごめんなさい」




 まといは謝った。そして、こんな事も言った。



 

 「あなたの言うとおりだと思う。私は償おうとしてたわけじゃないのかもね」



 「そっ………そうなんだ」



 まさか、素直に謝られるとは思ってなかった。

 拍子抜けしてしまう。

 

 まといはさらにこんな事も言った。



 「たとえば、たいした怪我もしてないのに慰謝料ふんだくろうとする当たり屋とかいるじゃない。きっとわたし、そういうトラブルとかいやで、さっさとスッキリさせたかったんだと思うの」



 「えっ?わたしがそんな人に見えるの?」


 

 「違う。あなたの事をちゃんとまっすぐ見ようとしてなかったと思う。そして、他の人達と一緒くたにしてたんだと思う……」



 「じゃあ、夜の仕事はやめてくれるの?」


 

 「いいえ」



 「なんでっ!!」



 「私………もっとお金を稼ぎたいんです。今後のために」



 「だからって夜のお仕事は…………」



 「日給がいいんです。それじゃもう行きますね」



 「ちょっ……まっ……」




 そしてまといは去っていった。






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