甘えんなよ
引き続き6月25日。PM13時頃。
六文太弥勒は、ちょっと遅めのお昼を食べに、喫茶店CAMELの外へと出たのだった。
別に、わざわざ他の所へ食べに行かなくても、自分で料理は作れるし、料理の味には自信はある。
でもやっぱりフライドチキンが食べたい。
もちろん、あの白スーツとシロヒゲが特徴の、あのおじさんの等身大人形があるお店の方の、フライドチキンだ。
弥勒がフライドチキンで好きな部位は、胸肉だ。胸肉にはいつも薄い骨がついていて、その骨についた衣がパリッとしていて剥がしやすく、食感がいいし、おいしい。
夏の時期だけ売られているスパイシーチキンも好きだ。衣が、いつも以上にパリパリしているような気がするので。
「ん?」
ふと、弥勒は足を止めた。
コンビニの近くの、ビルとビルの隙間のところで、妙な光景を目にしたからである。
その隙間は、人が4人くらい横並びしながら通り抜けられそうなくらいの幅があった。
そしてその隙間の奥には、あきらかに“輩っぽい”制服姿の男子5人と、あと女性が1人いた。
その女性を逃がすまいといった形で、男子5名は1人ずつ別の場所に立ち、女性の事を囲んでいた。
この状況を簡単に説明するならば、か弱そうな女性が頭の悪そうなガキに絡まれている。といったところだろう。
「おねーさん♪俺、おねーさんみたいなのがタイプっすー」
実に頭が悪そうなしゃべり方だった。
しかも声がデカかった。
中学生だか高校生だか知らないが、そんな年齢になってもいまだにギャーギャーデカい声ばかり出しているような“ヤツ”に頭のいいやつなんていない、と弥勒は思った。
そんな彼らに絡まれていたのが、上辺美鈴だった。
「俺さー、汚ねぇ太ももばっかりチラつかせてくる腐れクソビッチよりも、おねーさんみたいなのがイイんだよねぇ」
美鈴はあきらかに困っていた。
でも弥勒は、そっとその場から離れたのだった。
こういう時、漫画やドラマでは、かっこよくイケメンが助けに入るのが定番だろう。現実にこういうシーンに遭遇した場合も、大多数の人が『助けるべき』と考えるはずだ。
だけど弥勒の考えは違う。
甘えんなだった。
そう。いちいち誰かのチカラを頼らなくても、死ぬ気になれば少しくらいは立ち向かえるはずだ。
女性の腕力でも、男に大ダメージを与えられる場所はいっぱいある。首の肉に爪を思いきり立てて引っ掻けば、ナイフなんてなくても傷つける事なんて簡単だ。
口の中に手を突っ込んで、舌を引っ張ったっていい。
指1本さえ動けば、眼球をブスッと潰す事だってできるのだ。
警察側は過剰防衛とみなすかもしれないが、生きるとはそういう事だ。
男に絡まれている女性を助けようとすれば、その分相手の暴力がこちらへと向く事になる。
人はそれを“勇敢”な行為として称賛はするだろう。そして、見て見ぬふりをした者達には、容赦なく非難を浴びせる事だろう。でも、助けようとしたために、取り返しがつかないダメージを負ってしまうよりかは、見て見ぬふりをするのも別に悪い事ではないというのが弥勒の考えだった。
「甘えんな。俺もそうやって生きてきた……」と弥勒は小さくつぶやいた。
そして………。
ドカッ!!
美鈴を囲んでいた制服姿の男子5名は、弥勒のワンパンひとつで、次々と地面へとダウンしていった。
全員片付けるのに5秒もかからなかった。
弥勒は、美鈴を助ける際、もう片方の手で自分の顔を隠すのを忘れなかった。
正体がバレたら、面倒な事になるのは確実だったからだ。
そして美鈴の手を掴んで引っ張り、駆け足でその場から一緒に遠ざかり、あのフライドチキンのお店に一緒に入ったのだった。
「さあてと、チキンはもちろん頼むとして……やっぱりシメはコールスローかなぁ」
「あの……助けてくれてありがとうございます」
「えっ?ああ」
弥勒は美鈴から手を離した。
「おごりますよ。助けてくれたし」
「えっ、ほんと?やったぁ。じゃあ俺、12ピース頼むね♪」
「えっ!!12ピースっ????」
12ピース。しめて2940円。美鈴の1ヶ月分の食費だ。
今やっているアシスタントの仕事の時給が1500円なので約2時間分。
しかもこのお店、1ピース250円だ。あんな大きさのチキン1つに250円とは高すぎる。250円あれば、おにぎり2個セット140円に、紙パックサイズの紅茶500mlのものまでつけられるというのに。
美鈴にとって、このお店で売られているフライドチキンは、上級国民の食事だった。
だから美鈴は、弥勒の分だけお金を支払い、自分の分は頼まずに、弥勒の事をジロッと睨みつけたのだった
「はあ……」
思い切ってボクシングでも習ってみようかな。
体力皆無だけど……。




