分断 碧とまとい
引き続き6月21日
碧はまだ二野前洋子のいるあのスタジオにはたどり着いていなかった。
それはなぜかというと、爆発が起きる前から、廊下にはすでに激しい人の流れが逆方向に生まれてしまっていたからである。
みんな走っていた。
いったい何事かと思いながらも、人の流れに逆らいながらスタジオへと向かおうとしたのだが、『爆弾を持っている男がいる』といったワードが聞こえてきたので、足を止めたのだった。
「…………………」
碧は、仕事はドタキャンしない主義だが、目的地にそのような不審人物がいるとなったら、話は別だ。
なので、いったん楽屋に戻るために踵を返したのだが………。
そして………爆発が起きた。
床が、壁が、そして天井が激しく揺れた。
その爆発をきっかけに、外へと逃げようと、人の数がさらに廊下へとドッと溢れ、人の波がさらに勢いを増したのだった。
碧は、逆方向からやって来た男性と肩がぶつかった。もちろんその相手は謝罪なんていっさい無しだ。
こうなってしまった以上は、しかたのない話ではあるが……。
そう、イチイチ謝罪について憤慨なんてしてる場合じゃない。まといと合流し、外へと出るのである。
だけど…………。
ドォォォォォンッ!!!
爆発はこれだけに留まらなかった。
再びテレビ局内が大きく横に、そして縦に激しく揺れたのである。
ミシッという音も聞こえた。
天井の破片が床へとパラパラと落ちる。
廊下はさらに人で溢れ、満員電車内でいうすし詰め状態。漢字一文字で表すならば、“密”だった。
いったん碧は、人の流れに従って前へと進んでいったが、階段を降りてしまうと楽屋に戻れないため、人の流れからムリヤリ抜け出し、楽屋への長い一本道を走りはじめたのだった。
ドォォォォォォン!!!
だけど、また爆発が起こり、天井に穴が開いて、その穴から、土砂のように、オフィス用のデスク、チェア、むき出しになった鉄筋が積み重なって、壁になり、碧の行く手を塞いだのだった。
「そんな…………」
碧の心は絶望で支配される。
「…………………」
すると、人の流れをかき分け、碧の元へとやってきた人物がいた。
「風椿さん。こんなところにいてはいけませんよ。逃げないと」
直江宗政だった。
「………………」
碧は宗政に顔すら向けようとしなかったが、宗政はそんな彼女の手首をガシッと掴み、ムリヤリ引っ張って、一緒に外へと避難したのだった。
警察はすでにテレビ局の建物の周辺に駆けつけていて、パトカーが何台か停まっていた。あと、救急車もいくつか停まっている。
「よかったですね、無事で」
宗政はにっこりと笑みを浮かべた。
「まといちゃんが………」
「えっ?」
「友達がまだ中にいるんです。だから、助けに行かないと」
「…………そう……ですか。でもだめです。言い方はきついかもしれませんが、あなたが行ってもできる事はなにもありません」
「でもっ……」
碧の胸はキュゥと締め付けられる。
炭弥の命とてんぴんにかけてまで、まといの命を救ったというのに、こんな事で死なせたくはなかった。
でも、宗政の言う通り、再びあの中に飛び込んだところで、できる事は何もない。また爆発が起こった時、対応できる自信だってなかった。
せめて、彼女がまだ死んでないと祈る事しか………。
「わかりました。私が行きます」
「えっ?」
「TQSテレビ局には何度か来た事もありますし、マップは頭の中に入っています。あなたよりも体力はありますし、それに、もうすでにかなりの人数の人がこうして外に避難しています。だから、さっきよりかは道は空いていて、歩きやすいかと」
「でっ、でも………」
「それじゃあ」
まといがどんな顔をしているのか教える前に、宗政は警察官の制止を軽く何度も優雅に躱しながら、再び中へと入ってしまったのだった。
まといはまだ生きていた。
倉庫のような場所に置いてあったあの爆弾のカウントについては、完全にその機能は停止した。
カウントの表示そのものが画面から消え、ウンともスンとも言わなくなった。
だから、爆弾の衝撃を直で喰らわずに済んだのである。
でもそのすぐあとに、別の場所で2つ目、3つ目が爆発してしまったので、結局は、このテレビ局で起きている惨事を最小限に喰い留める事はできなかった。
「くっ……」
逃げないと。
まといは廊下へいったん出て、楽屋に戻った。
「やっぱり戻ってないか」
碧がこの部屋に戻っていれば一緒に逃げる事ができたのに……。
「くっ」
まといは、碧の荷物を持ち、もう1度廊下を出た。
碧はスタジオに向かったはずなので、まずはそこへ向かおうと、一直線の廊下を走ったのだった。
でもすぐに足を止めた。
さっきの爆発のせいなのか、天井の穴からいろんなものが積み重なるようにして行く手を塞いでおり、とてもではないが、向こうにいけそうになかった。
「どうしよう……」
1度階段を降り、下の階から向こう側へと行くルートもある。
迷っている暇はない。
確認しないと気が済まない。
これ以上大切な人を失くしたくはない。
守るのだ。今度こそ必ず。
だからまといは、階段へと急ぐ人の流れに1度従い、人の波に揉まれながらも階段を降り、下の階まで来たところで、ムリヤリ人の波から抜け出し、4階の廊下へと入って、一直線の廊下をまといは走ったのだった。
その頃になってようやく、人の流れが緩くなってくる。
だけど…………。
不審人物がいた。
やたらと無精ひげを生やした男が、逃げようともせずに、通路の真ん中に立っていたのである。
そしてまといの顔を見るなり、にやりと笑みを浮かべた。
彼は、手に何か持っていた。
「みぃつけた♪」
そして彼は、まといへと銃口を向けた。
まといは眉間に深いしわを刻んだ。
「………………」
今、カメラを手に持っている。だから、殺そうと思えば殺せる。
でも、それだけはしたくない。
「………………」
それでも、自分のチカラを信じ、シャッターを切れば、殺さずにして事態を好転させる事もできるかもしれない。
だけど問題なのは、シャッターボタンを押す前に、この男が発砲してきた場合だ。
避けられる自信がない。
「くっ」
まだ碧の生死すら確認してないのに……。
ここでジ・エンドとなってしまうのか??
そんなのはいやだ。
「死ね」
そして男は、指を動かし引き金を引いた。
パンッ!!
乾いた音がなったと同時に床が、天井が大きく揺れた。
その揺れに思わずまといはよろけてしまい、地面へと倒れる。
ウィッグがまといの頭からはずれ、少し離れたところまで飛んでいった。
「………………」
撃たれた痛みはなかった。
男の方へとまといは顔を向けた。
男の手には、いくつもの“釘のようなもの”が貫通していた。
血が、噴水のように噴き出ている。
「ぐっ、ぐああああああああああああっ!!!!」
地面に、一筋のラインが幾重にも刻まれていく。
まといは驚いた。
いったいこれはどういう事なのか。
拳銃が地面に転がっていて、壁には弾丸がめり込んでいる。
「あっ」
向こう側のトイレのところに誰か立っていた。
そして手には、電動ドライバーのような奇妙な工具があった。
「蒼野さんっ」
すると後ろから宗政がやって来て、まといを立たせたのだった。
「えっ?なんでここに?」
「話はあとです。行きましょう」
「でっ、でも、碧さんが……」
「碧とは……風椿碧の事ですか?」
「えっ?そうですけど?」
「彼女ならもう避難しています。だから安心してください」
「よっ、よかった」
「さっ、行きましょう」
「あっ、ちょっと待ってください」
まといは地面に落ちたウィッグを拾って付け直し、TQSテレビ局の外へと宗政と一緒に出たのだった。




