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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第三章 風椿碧と蒼野まとい
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とある企業家の死2



 そして福富神子は福神出版のオフィスへと帰宅した。


 この5階まるごと福神出版のオフィスとなっている。

 このオフィスは福富神子にとって、仕事場でもあり、自宅でもある。

 出入り口から入って正面すぐのフロアには、パソコンやデスク、書類をしまっておくための棚などが置かれているが、奥の部屋には、簡易型のベッドや買い溜めした食料、洋服がしまってある。シャワー室もある。

 

 あと、もしものために、潜伏できるアジトはいくつか用意はしてある。

 追っている事件が事件なだけに、いつ藪蛇をつついてしまうかわからないからだ。


 福神出版には福富神子しか働いていないが、裏の世界に通じた情報屋は何人かは抱えている。

 その情報屋達とは、利害が一致しているから組んでいるだけに過ぎないが、そう簡単には裏切らないのだけはわかっている。


 なぜならあの情報屋達も、福富神子が追っている黒幕に、相当の恨みがあるからである。



 コンコン。



 扉の叩く音が聞こえる。



 「………誰かしら?」



 福富神子は小首を傾げた。

 この時間帯は誰かとここで会う予定は入っていない。情報屋達との連絡は主にスマホからなので、あえて扉の向こうの人物を誰かと予想するならば、アポイントメントという常識を知らない馬鹿者か、あえてアポイントを取らずにやって来た人物という事になる。


 もしも後者だった場合、すでに福富神子は、藪蛇をつついてしまったという事にもなる。



 コンコン………。



 福富神子はごくりと息を呑んだ。

 こういう時のパターンはすでに想定済みだ。


 防犯カメラは設置してある。

 外の廊下の向かい側の壁には、消火栓の入ったクリーム色のボックスがあり、そのボックスには非常ベルと赤いランプがついているのだが、その赤いランプの影に隠れるように、ボタン型の小さなカメラが取り付けてある。

 他の人からしたら、その隠しカメラはただの丸いでっぱりにしか見えない。

 スマホのアプリを使えば、誰が扉の前に立っているのか、映像で確認できるというわけである。


 福富神子は懐からスマホを取り出し、隠しカメラの映像を画面に表示させた。



 

 そして……………。




 コンコン。



 誰も………映ってはいなかった。




 「…………………………」



 福富神子は、もう1度ごくりと息を深く呑み込んだ。

 急に、空気中の酸素が薄くなったような錯覚にとらわれ、その息苦しさを紛らわすために、デスクの上に置いてあったペットボトルのミネラルウォーターを口にした。


 冷静にならなくてはいけない……。でも…………。



 コンコン。



 扉を叩く音はなおも続いている。

 しかしスマホには何も映っていない。ただただ画面に、扉だけが映っているだけだ。


 いや、でも、誰もいないわけがないのである。


 これはもう、カメラの不具合としか言いようがない。

 

 福富神子は、護身用の拳銃を懐に忍ばせ、「どちらさまですか?」と扉越しに問いかけた。



 だが、反応がなかった。



 

 コンコン。



 決まりだった。

 不審な人物確定。

 どうやら本当に、藪蛇をつついてしまったらしい。



 でも、それならそれで都合がよかった。

 大けがをさせても正当防衛を主張できるし、警察に突き出せば、あらたな手がかり(・・・・・・・・)が掴めるかもしれない。



 今日という日のために、サバイバル訓練は受けてきた。

 よし、扉を開けよう。

 


 ゴクリ……。



 鍵を外し、ドアノブに手をかけ、カチャリと扉を少しだけ開けた。

 でも、相手も拳銃を持っていた場合、扉越しに撃たれる危険があったので、すぐに扉から離れて、デスクの影へと移動し、デスク越しに扉の様子をうかがった。




 ギィィィ。


 

 扉がゆっくりと開いた。そして、扉の影から姿を現した者が1名。


 「えっ?」


 福富神子は、その人物の姿を見て、ただただ純粋に驚きの声をあげた。

 いかつい男を想像していたので、まさか女性が入って来るとは思わなかった。


 

 しかも、さっきまで風椿碧の隣で歩いていた女性、蒼野まといだった。


 

 銃は持ってはいなかった。ナイフの類も見た感じ持っていないようにも見える。

 でも、彼女は大きな一眼レフのデジタルカメラを手にしていた。

 

 

 「……………………」



 

 福富神子は、とりあえず拳銃を引き出しへと静かにしまった。殺し屋でない以上は、こちらが銃を所持している事を知られるのは都合が悪いから。



 蒼野まといの大きな瞳が、ゆっくりと福富神子へと向けられる。




 ズキン。



 心臓に痛みが奔った。

 別に、ナイフで抉られたからとかではない。まだ無傷である。ただ、まといの瞳から発せられた得体のしれないおどろおどろしさにびっくりしてしまっただけ。



 もしかして殺される?

 いや、そんなわけはない。さっきまでこの女性は、風椿碧と楽しそうにしていたではないか。

 銃だって持っていない。

 でも………この瞳は………。




 「ねえ、何の用?」



 とりあえず、平静を取り繕って、尋ねてみた。

 



 「…………………」



 蒼野まといは答えない。

 もしかしたら、あえて答えない事で、こちらの出方をうかがっているのかもしれない。

 それでも、福富神子は気にせず言葉を続けた。



 「あなたに人としての礼儀があるんだったら、用ぐらいは言うべきよね?」



 そう、こういうのは強気でなくてはならない。どんなプレッシャーにも打ち勝てる精神でなければ、本当の黒幕にたどり着く事なんて到底できないだろう。


 

 「礼儀?」


 

 ようやく、蒼野まといは口を開いた。




 「そう、礼儀よ」



 「じゃあ、人の写真を勝手にパシャパシャ撮るのは、ちゃんとした礼儀と言えるのでしょうか?」



 「……………ああ、なるほど」




 ようやくこの女性が何の目的でやって来たのか判明した。

 ただ単に、写真を撮っていたのに気づいてしまっただけの事だ。

 

 


 「わかった、それについては謝るわ。だからそんな目で見るのはやめてちょうだい」



 「信用できません。口ではそんな事言っていても、また嗅ぎまわるつもりなんでしょう?」



 「うーん、まいったなぁ。まあ、私がすべて悪いんだけど………。ほら、風椿碧って、熱愛ゼロ、スキャンダルゼロをいまだに誇っていてね、オフの日のワンシーンって、結構レアなのよ。インビジブルアクターって呼ばれるくらいに存在感消せちゃう人だからね。だからつい、ジャーナリストとしての血が騒いじゃったのよ」



 「…………そんなくだらない理由で、あなたのやった行為は正当化なんてできない」



 「…………ふうん。なるほどねぇ」




 福富神子は鼻で笑った。




 「…………なにがなるほどなんですか?開き直るつもりですか?」


 

 「あなたのそのかわいらしい目から発せられていたおどろおどろしさの正体は、嫌悪感。私達マスコミの事を、汚物のように思ってる」



 「汚物だなんて思ってはいません。ただ、根性が気に入らないだけです」



 「でも、間違ってはいないと思ってる。あなたはとても正義感が強い人。だからこそ、人のプライバシーを売り物にしてるマスコミに対しては、たとえ初対面であろうが敵意を向ける」



 「私は、初対面であろうがなかろうが、自省のできる人間を差別したりはしません」



 「自ら反省できる人間と書いて自省……。まあ、大多数の人間がそういう人達ならそれはすばらしい事だとは思うけど、理想論ね。現実の人間はね、漫画やゲームのように、小説家や製作者の自己満のためには動かない。馬鹿と言われれば簡単にムカつくし、周りの友達ばかりが出世に恵まれれば、嫉妬だってする。ほんの出来心だって抱いたりするわ」



 「………結局は言い逃れですか?」



 「言い逃れじゃなくて、忠告してあげてるのよ。はあ……まあいいわ。私のした事があなたから見て法的にアウトだと思うのなら、どうぞ警察や弁護士にでも相談して、訴えればいいわ。私は逃げも隠れもしない。なんなら、今ここでボイスレコーダーにでも録って、あなたにあげましょうか?」




 福富神子は、デスクの引き出しから別のボイスレコーダーを取り出し、録音ボタンを押した。

 さらに、ボイスレコーダーに向かってこう言葉を続けた。




 「私、福富神子は風椿碧の写真を本人の同意を得ず、撮りました。もしもそれが法を逸脱する行為ならば、私は逃げも隠れもせず、裁きを受ける事を誓います」



 

 そして、彼女は停止ボタンを押し、そのボイスレコーダーを差し出した。




 「………………………」



 「さ、これで満足でしょ。あげるわ。ほかにもいくつか持ってるから」



 「………………………」



 「どうしたの?受け取らないの?」




 福富神子は、無理やり彼女にボイスレコーダーを握らせた。



 

 「いくらですか?この機械…」



 「いらないわよ。タダであげるわ」



 「でも………」



 「もう1度言うわ。お金はいらない。別に、あなたに貸しとか恩とか売りたいわけじゃない。ただ、わかってもらいたいだけ。人間の良し悪しを両極端で決めるべきではないってね。でないと……許すべき人間すら許せなくなる」



 「わかりました………」




 まといは、ポケットの中へとボイスレコーダーをしまった。




 「それにしてもあなた、友達のためにわざわざここまで乗り込んでくるなんてね……普通じゃないわね」



 「………彼女は恩人だから」



 「恩人?」



 「……………………」



 「ああ、無理に話さなくていいわ」



 「それじゃあ、私、もう行きますね」




 まといは、少しだけ申し訳なさそうな表情をしていた。でもそれ以上は何も言おうとはせず、出て行ったのだった。





 


 福神出版のテナントビルから出てきたまといは、まっすぐ駅へと向かって、風椿碧の待つマンションに素直に帰宅した。

 すると奥の部屋から風椿碧がやって来る。



 「こらー、まといちゃん。今日はまといちゃんの冬服のために一緒に買い物に出かけたのに、荷物だけ持たせて、なんで先に帰らせるのさ」



 風椿碧は、怪訝な表情こそはしているものの、本気で怒ってはいないようだ。ただ単に、先に帰らせた理由が気になっているだけなのだろう。



 「ごめんなさい……」



 「いや、謝らなくていいよ。でもさ、知り合いを見かけたにしても、普通は一言私にあってもいいわけだよね」



 「うん、たしかにその通りだと思う」



 「私はね、まといちゃんはまじめな子だと思ってる。だから少し心配かな。体調の事ももちろんそうだけど、ひとりで抱え込みすぎもよくないよ」



 「でも、大丈夫だから。体調もあの時と比べて安定はしてるし、貯金もだいぶ貯まってきたから」



 「そう?ならいいんだけど」



 風椿碧は、まだ納得いっていないといった表情はしていたものの、あまりしつこくしてもしかたがないと思ったのか、奥の部屋へと引っ込んでしまった。



 「………………………」



 まといは深くため息をついた。

 


 そう、正直に彼女に打ち明けるわけにはいかなかった。

 人殺しをするつもりであの福神出版に行ったなんて言ったら、彼女はいったいどんな目で自分の事を見てくるか、まといは想像したくなかった。


 あの時まといは、福富神子がなんのつもりでフォーカスをこちらに向けてきたのか、最初その理由がわからなかった。

 

 郷田六郎が死んだ事が引き金となって彼女が現れたのなら、狙いはもちろんまとい自身である。このまま放っておけば、かつての親友のように、風椿碧に不幸が降りかかるかもしれない。


 風椿碧のスキャンダル狙いで嗅ぎまわっていたにせよ、放っておいたら結局は同じだ。彼女の人生を台無しになんてさせたくはない。


 だから殺しに行った。




 人殺しを正当化するつもりはない。そう、これはエゴだ。




 ただただ自分勝手な理由で、守るためには殺すべきだと判断しただけ…………。



 守れる可能性があるのなら、なるべく迷いたくはないのである。


 でないと結局は……………。






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