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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十八章 乱気流への序曲
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ホンモノの女優


 6月20日の深夜。


 無骨な鉄筋ばかりが積み上げられた大きな倉庫の中に、グルグル巻きにされたホームレスの男性と、それを囲うようにして怪しげな人物が複数名いた。



 「た……助けてくれ………」


 「だめだ」


 「ひっ、ひぃぃぃぃっ」


 「お前はいまとなっちゃ社会にとってのゴミでしかないが、かつてはお前みたいなやつにもそう、妻がいて、娘もいた。母親もまだご存命」


  

 ホームレスの男性はガタガタと震えている。



 「クククっ、なにも難しい事を要求しようってわけじゃない。ただ、これからの社会のためにその命を役立ててほしいんだよ」


 「うっ、うう……」


 「どうせこのまま生き続けたって、スズメの涙程度の助成金しかもらえないだろうに。仕事に就いたって、時給換算の低所得しか稼げない。そしてすぐに、家賃や光熱費として消えていくだけ。おいしいモノだって食べられない。虚しい………虚しいなぁ。それってつまりさぁ、自分の人生を家賃のためだけに費やしているって事にならないかなぁ???」


 「ううっ……」


 「だから、俺達のために華々しく散れ。そしたら、多少は、元妻や子供のために金を恵んでやってもいい」


 「うっ」


 「でも断ったら…………お前の目の前で、元妻も、その娘も、そして母親の首も斬り落としてやる」


 「ううっ………」


 「はたして、その時お前は冷静でいられるかな。だって、自分の目の前に首が3つも転がるわけでしょ??俺らは平気だけど……、お前、耐えられる???」


 「やめてくれぇぇ。それだけは、それだけはやめてくれぇぇぇぇぇっ!!」


 「じゃあ、何をするべきか、わかるよね?」


 「わかったっ、わかったからっ、やめてくれっ!!絶対にっ!!!」


 「もちろん、誰かにバラしたら許さない。その場合も、即、お前の家族は粉々に砕ける事になる。そのための準備もすでにしてある」


 「わっ、わかったっ。誰にも言わないからっ!!!」


 「フフフっ、よろしい。助かるよ。やっぱりホームレスは便利だよなぁ。色々用途があって」


 「うっ………ううっ、どうしてこんな事に………」

 

 「喜べ。作戦当日はきれいな衣装を着せてやる。まあ、下級国民がなに着ようが、しょせんは下級でしかないのだけれど」




 そして夜が明けた。




 数時間後のPM17時に、碧は数少ない記者を会場に招いての、引退会見をおこなった。

 遠くの方でまといは、まどかの恰好で様子を見守っている。


 

 「この度はこの場に集まっていただきありがとうございます。この日にこうして会見の場を設けた理由としては、2日後に控えた映画、薔薇の麗人の舞台挨拶の場を私事(わたくしごと)のせいで台無しにしたくないからです。なので、この日に引退会見を開きました」


 つまりは、舞台挨拶の時に、よけいな質問はするなよ……という含みを持たせるための会見という事だ。


 碧はさっそく、記者が投げかけた質問に1つ1つしっかりと答えていく。



 『引退の理由はなんですか?』


 「理由はいくつかありますが、1番大きいのは、情けない話ではありますが、私の心が折れてしまった事にあります。私の身近で多くの人が死にすぎました。だからこれ以上は、本当の自分を押し殺してまで別人を演じる平常心が保てなくなってしまったんです」


 『あなたを擁護する人は多いのに、引退はもったいないのでは?』


 「たしかに、応援してくれる人が多いのは、うれしくもあり、恵まれているとも思います。ですがそんな中、こう私を擁護する人もいました。彼らは“マスゴミ”だから死んでも当然だと。私はこういった意見に対し、深く疑問を抱きました。それと同時に恐怖も抱きました」


 『それはどうしてですか?』


 「悪い事したから死んで当然??人の命って、そんなに簡単なものなんでしょうか?」


 『しかし、世の中には自業自得って言葉もありますよね?』


 「だからこそ、そこに恐怖を感じたんです。自業自得の判断基準だって、ヒトそれぞれ違いますからね」


 『ですが、風椿さんは一時期、マスコミに追いかけ回されていましたよね?』


 「ええ、その通りです。彼らを不快に感じたのはたしかです。家族が死んで1週間も経っていないのに、色々尋ねられて、精神的につらかったです」


 『なら、彼らはやはり自業自得なのでは?』


 「そうやってすぐに結論を出してしまう事こそが“狂気”なんです」


 『…………………』


 「あなた達にだって立場があるはずです。好き好んでこの場に集まった(かた)は、はたしてどれくらいいるでしょうか?それでもあなた達はこの場にいる。それはなぜか?それがあなた達の仕事だからです。断ったら上司に怒られる人もいるのではないでしょうか?」


 『ええ、そうです』


 「それなのに、SNS上で誰かが、あなた達に対して“コイツラは死ぬべき”だと書いたら……どう思いますか?」


 『そっ、それは……』


 「この会見を見た誰かが、あなた達の発言のちょっとしたニュアンスにイラっとして、死ねだのゴミだのつぶやいたら……あるいは、フォーカスモンスターにお願いをしてしまったら……」


 『うっ……………』


 記者達の表情に不安が滲んだ。

 そう、本当はこの会見に参加したくない人もいたからである。だって、風椿碧の周りではあまりにも多くの人が死にすぎているから。

 でも、クビを上司から切られたら生活にかかわるので、参加しているだけ。

 それなのに、この会見を見た誰かに、SNSでコロッケ希望と書かれてしまったら……溜まったものではない。


 おそろしくてしかたがなかった。



 「そう、私が抱いた恐怖はまさに、あなた達が今抱いたのと一緒なんです。だからこそ辞めようと思ったんです。不特定多数の狂気を前に、これ以上は心が耐えられないから」


 『でも、そんな事を言って大丈夫ですか?あなたのファンだってショックを受けるでしょうし、薔薇の麗人の観客動員数に影響が出るのでは?』


 「いいえ、それだけはないです」


 『なぜです?ずいぶん挑戦的ですね』


 「私がホンモノの女優……だからです」


 『言い切りますね』


 「ええ。でも、その通りだからです。この映画を見ればみんな思い知ります。どんなに私がスキャンダルに塗れようが、そんなのはいっさい関係ないと。そして、この私が、物語に観客を惹きこむ事のできるホンモノの女優であると」


 

 碧は不敵な笑みを浮かべた。

 

 そして会場がドッと湧いた。

 

 パシャパシャパシャとフラッシュがいくつも焚かれる。

 さっきまで引退会見だったはずなのに、みんな、一瞬にして、風椿碧に惹きこまれていた。


 

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