15年前の兄弟
15年前のあの日。
はじめて勝義は常信に喰ってかかったのだった。
右田常信は、弟の勝義が昔から大嫌いだった。
誰に対しても優しく、常信ほどのカリスマ性は勝義にはなかったが、常信がほしいと思うものだけは必ずといっていいほど、横から無自覚に掻っ攫っていく。それが勝義だった。
紫依菜も結局は勝義の方を夫に選んだ。
それでも常信は勝義を怒鳴り散らしたりはしなかったが、本当はハラワタが煮えくり返っていた。
そんな勝義が、はじめて常信に対し、喰ってかかったのがあの日だった。
右田の家に勝義が乗り込んできて、戸土間の件について意見してきたのだ。
「兄さんっ!!!兄さんは本当にこれでいいのかいっ???」
「………なにがだ?」
「とぼけても無駄だよ。調べたんだよ。不審な金の流れがある」
「……………………」
「一部の企業だけが儲かるよう、国の税金が使われていたんだよ。証拠の文書もコピー済みだ。それに、赤佐内建設との癒着の証拠も見つけた。そして手抜き工事。安い資材を使った分の金が、徳川や明智の懐にバックされている」
「勝義………この件から手を引け」
「なんでだっ!!」
「政治の世界はな、おままごとじゃないんだよ。証拠を揃えれば“悪党”を退治できるとでも本気で思ったのか?笑わせる………」
「なら兄さんはこのまま放っておくと?」
「何事にもタイミングが必要なんだよ」
「それはちゃんとした答えになってないよね?俺は今、放っておくかどうかを兄さんに尋ねたんだよ。ハイかイイエで答える事がなんでできないの?」
常信の目に鋭さが増した。
でも、勝義も1歩も退こうとはしない。
さらに勝義はこんな事を言った。
「手抜き工事による倒壊だって、そう近くない未来に起こるかもしれないんだよ。それなのに、放っておくだなんて血も涙もない」
「ちっ、やはりお前はなにもわかってない。今ここで吠えたところで何もかもが揉み消されるだけ。そして悪事は続いていく。せっかく証拠を手に入れたんだから、タイミングは大事にしろ。全部だいなしになるぞっ!!!」
「タイミング、タイミングって。兄さんはそればっかりだねっ!!いまがそのタイミングなんじゃないの???だから俺はここに来たんだよっ。兄さんと一緒に考えるためにねっ!!!」
「今はその時期じゃない」
「くっ………兄さんにはがっかりだよ。信念のある人だと思っていたけれど、意気地がないだけじゃないかっ!!!」
「ふざけるなっ!!!人のオンナを奪っておいてっ!!!正義ヅラするなっ!!ムカつくんだよっ!!消えろっ!!お前も、紫依菜もっ、そしてあのガキもっ!!目障りだっ!!!」
「なっ、なんて事を………もういいっ。あなたにはもう頼らない」
そしてようやく勝義は部屋を出て行ったのだった。
常信は深いため息をついた。
と同時に、自分の大人げなさにうんざりといった表情を浮かべた。
「………………………」
そう、目障りなのは、勝義でも、紫依菜でもなく、自分自身だった。
勝義にあって自分にはないモノ。
常信は、その事を受け入れたくなくて、勝義から目を背け続けてきたのだ。
そしてこの時も、常信は勝義に対してひどい発言をしてしまった。
本当なら、すぐに彼の後を追って発言を訂正だってできたのに……。
己の心の弱さが意地となって、常信は、これ以上勝義の事を考えまいという決断を下してしまった。
そして戸土間の悲劇が発生し、それからしばらくしないうちに、勝義、紫依菜が死んでしまった。
勝義の事を考えまいとして閉じた常信の心の扉にゆっくりと亀裂が生じていき、粉々に崩れていった。
そんな中でも、なにゆえ睦城緋色をあそこまでして助けようと思ったのかは、本当のところはわからない。
でも、その判断は正しかったと後で知った。
誰が弟達を殺したのか、1年もしないうちに判明したからである。




