お墓についてのお話
1日遡って、6月9日のAM10時
まといは直江寺に来ていた。
それはなぜかというと、お墓について、最終的にどうするかの話し合いを宗政としようと思ったからである。
宗政はまといを、いつもの離れのお屋敷へと連れて行き、和室へと入って、向かい合う形で腰を下ろしたのだった。
まといは宗政にこう言った。
「お金はあとちょっとで溜まりそうなので……手続きとか出来たら今のうちに済ませたいなと思って」
「2年ものあいだ、よく頑張りましたね。さんざん贅沢を我慢したでしょうに」
「もともとそんなに多趣味なタイプでもなかったから、そのおかげかもしれません……」
「そうですか……。で、お墓の件が済んだら、あなたはようやく、他人のためにではなく、自分のために人生を生きる事ができそうですか?」
「…………………」
まといの呼吸が1秒だけピタリと止まった。
そして、彼女の眉間にわずかに刻まれたシワを、宗政は見逃さなかった。
「わがままに生きろとは言いませんが、他人に振り回されずに生きる事。こんな世の中だからこそ、あなたにはつねにそうあってほしいと願うばかりです」
「…………………」
「しかし、しょせんそれは夢物語なのでしょうね。他人のいない箱庭なんてこの世界にはどこにも存在しないから、結局は振り回される。だからこそ、ボタンの掛け違いが生じる」
「…………………」
「でも、だからといって、他人に遠慮してばかりの人生だと、いずれ後悔しますよ。自分のために生きなかった事を……。あなたの友人として、こんなに悲しい事はありません」
「………後悔のない人生かどうかについては、もちろんNOです。そして、後悔の多い瞬間は、決して1つや2つだけではなかったのはたしかです」
「そうですか」
「でも、自分自身で選んだからこそ、気づけた事もあると思うんです」
「……………………」
「だから私は、もう2年前の事で、誰の事も恨んだりはしない。憎しみよりも大切なモノがあるって気づいたから」
「でもあなたは苦しんでいるように見えますけど」
「ええ、苦しいです。だけど、これが私が導き出した答えです」
「………………………」
「誰かを恨んでも何にもならない。どんなに不条理だと感じても、憎しみに身を委ねてしまっては、それこそ、私を信じてくれる友人の想いを、踏みにじってしまう事にもつながるから……」
「……………そうですか。それがあなたが出した答えですか」
「ええ、だから、不幸でも構わないんです。この後悔を抱えたまま、私は生きていきます」
「………………………」
「お墓をどこに建てるかについては、このまま、堂内陵墓のあの部屋の中がいいかなって思ってます」
「ええ、その方がいいでしょう。お墓に対しての在り方が変わりつつある現在は、外に建てるよりかは、堂内陵墓の方がいいのかもしれませんね」
「宗政さんもそう思うんですか」
「ええ。野ざらしな分、外に建っているお墓の方が汚れやすいし、お墓の管理の押し付け合いのせいで親戚同士が険悪になる事も珍しくはないので、堂内陵墓の方が注目はされてますね」
「そうですか」
「堂内陵墓での永大供養をご希望されるという事なら、あとは墓石を選ぶだけです。石によっては値段は大きく変わってきてしまいますが……」
と言って、宗政はまといに、墓石が載ったカタログを渡した。
まといはそのカタログをパラパラとめくって、値段をひとつひとつ確認していく。
「わあ。やっぱり、高いモノは高いんですね」
「ええ。安山岩でできた墓石も注目はされていますが、私はおススメしません。風化しやすいからです。無難なのは花崗岩ですね。ポピュラーでもありますし、耐久性もあります。無理して閃緑岩でできた墓石を選ぶよりかは、黒味を帯びた花崗岩を選んでも私はいいと思います。どちらも高級感はありますので。違いがあるとしたら、閃緑岩でできた墓石には光沢が生まれやすいところでしょうね。そちらをどうしても選びたいというのであれば、私が口利きをして、値下げしてもらう事も可能です」
「値下げ……ですか……」
「その場合は遠慮なさらないでくださいね。こういう言い方をするとちょっとアクドイ感じに聞こえるかもしれませんが、向こうの業者の方とそれなりに仲がいいんです。もちつ持たれずというやつです。私がこのパンフレットに載っている墓石をより多くの人に勧める事によって、あちらもそれなりに儲ける事ができているというわけです」
「そうですか。なら、私もご厚意に甘えちゃおうかな」
「ええ、ぜひそうしてください」
宗政はクスクスと笑みを浮かべた。
「でも私、宗政さんに甘えてばかりですね」
「構いませんよ。あなたは、私の数少ない友人ですから」
「え?宗政さんがその気になれば友達いっぱいできそうなのに」
「あえて作らないようにしているんです。あくまで私は仏に仕える身。心身つねに冷静であらねばなりません。でないと“俗”に心がまみれてしまうから」
「そうなんですか」
「だから、ギャルはもちろん、ヤンキーと付き合うのももってのほか。母は、私をそういった“俗”から遠ざける事に必死でした。小、中、高、通して寄り道は絶対に禁止。校門前にはいつも迎えの者が待つ毎日。もちろん、恋人を持つ事も許されませんでした」
「なんか、厳しい環境で育ったんですね」
「でも、グレないで済みました。ひどい目に遭う事もなかったです。体目当ての女子に引っかかる事もね」
「宗政さんは、それで幸せだったんですか?」
「幸せではなかったと思います。だけど、これでよかったんです。グレて、ろくでもない人生を歩むよりかはね」
「そっか……」
「まあ、墓石はゆっくり選んでくださいね。あとで、どの墓石にするか電話で教えてくだされば、こちらの方で見積書は作成しますので」
「ええ、わかりました」
という事で、まといはパンフレットを手に、七王子市まで帰ったのだった。
そして、和室の中には宗政が1人……。
「宗政様」
縁側の方から若い僧侶が1人、やって来る。
「なんでしょう?母上が私のことをお呼びとか?」
「いいえ。それにわたしは、本当は美加登様ではなく、あなたを支持していますので」
「………ふむ。素直に喜ぶべきか迷うところですね。そんなに私に期待されても困りますので」
「私はあなたにどこまでもついていきますよ」
「………………そうですか」
宗政は深いため息をついたのだった。




