信じたい
6月1日 AM8時
朝早く起きたまといは、たいしてお腹は空いてはいなかったが適当に目玉焼きとベーコンを焼いて、トーストしたパンの上にのっけて食べた。
「………………」
こういう時、聖か碧でもいれば、栄養をちゃんと考えたうえで朝ご飯を作るのだが、1人だとやっぱり、適当にしがちである。お腹がある程度満たせればなんだっていいと思ってしまう。
ホームレス時代の時は、何日間もラーメンの時もあった。もちろん、お湯を入れてから10分くらいあえて放置し、ボリュームのある量まで麺が伸び切ってから食べるというわけである。
だから、結婚という選択肢は、そういう意味ではアリだなと思った。
だって、相手の事をちゃんとお互いが思いやっていれば、いやでも健康には気を使うようになるからだ。自分が早死にしたら相手に苦労をかけるからである。そして、相手のために毎日健康的な食事を作ってあげれば、自然と自分も健康的になる。そして2人で長生きをする事ができるというわけである。
まあ世の中には、妻がどんなに心配しても、酒、たばこを一切やめない夫は結構いたりもするが。
「…………………」
戸土間の件があともう少しだけ落ち着けば、聖とそんな関係になれるのだろうか。
「でもなぁ………」
そうなると、いつまでも碧のそばに居続けるのもどうかと思うわけである。
「…………………」
でも、目を離したくないと思ってしまう。あともうちょっとだけ、あともうちょっとだけと思ってしまうのだ。
「…………………」
別れるにしても、突然何も言わずではだめだ。ちゃんと決着をつけないと。
それに………、まだ、あの謎の電話の人物の正体もわかってはいない。
蕪山の、あの時の言葉が思い出される。
『遠藤炭弥は偽名だ』
福富神子に彼の事を相談しようと思ったが、寸前で思いとどまった。
彼の事を信じると決めたからだ。
でもひとつ思い出した事があった。
TOUTUBER5人組が川の中へと投げた子猫を助けたあの日、彼は、まといが地面へと放ったカメラを手に取り、わざわざまといのもとへと届けてくれた。
そう、彼には、カメラの中にあったデータを確認するチャンスが確実にあったというわけだ。
そしてあの謎の電話の人物。
確実にまといが人殺しである事を知っていた口ぶりだった。
だけど、彼には風椿碧を殺す動機がない。
それどころか、彼はいつも、彼女の事を想っていた。
それに、なんで自首するなと言ったのか、彼があの謎の電話の人物だった場合、まったくもって意味がわからない。
それに証拠がない。
証拠が出てこない限りは、ずっと安心したままでいられる。
そう、きっと大丈夫だ。この不安が的中する事はない。
「………………………」
今日はAM11時に定期診察の予約が入っているので、少し早めに出て、喫茶店CAMELが今日もいつも通りにやっている事を確認してから、病院へと向かった。
そして、東京高匡総合病院の中へと、正面から入ったのだった。
「まといちゃんっ!!」
すると、出入り口そばにある受付側の通路から、車椅子に乗った碧がやって来たではないか。
「あっ………」
一気に血の気が引いた。
まさか、偶然出くわす事なんてそうそう無いと思ったからこうして来たのに、ついてない。
「あっ、あのね………まといちゃん」
「ごっ、ごめんなさいっ!!!!!」
そしてまといは踵を返し、全速力で碧の前から逃げて行ってしまったのだった。
「あっ、逃げちゃった……」
碧は深いため息をついた。
まあそれも当然かもしれない。
彼女に対しては1度、疫病神と言ってしまった事もあるし……。
その事について、1度だってまだ謝ってすらいない。
本当は、『あの時はごめんね』からの『また元の関係に戻ろうよ』の2コンボを碧は決めたかったのだが、こういう時のまといの足の速さは、いつもより3倍増しのようで、とても追いつけそうになかった。
やはり、逃げられないためには、彼女が赤坂円の恰好をしている時に切り出すしかないと碧は思ったのだった。




