頭陀袋の中身
引き続き5月31日
頭陀袋の中から生首が出ていたとのことで、家の中に逃げるようにして帰ってきたあの70代の男性は、おなじく70代の妻に事情を話して、また畑のところへと戻ってきた。
「ほっ、ほらっ、あそこに生首があるじゃろか~」
「はぁ~ん?なまくび~??でたよでたよ、またじいさんの悪い癖。どうせ悪ガキが捨てていったサッカーボールが生首に見えただけだろ?……ぎょっ、ほんとに生首じゃっ」
頭陀袋から首だけが出ていた。
「だれじゃ~い、こんなところに生首捨てていったのは??せめてちゃんと土の中に埋めろよ」
「おまえよ~、そういう問題かよ~」
「ちっ、ケーサツに電話するの、めんどうじゃろが………ん?」
妻は、家から持ってきたトングで頭陀袋の端をくいっとつまんだ。すると、首の下がちゃんとついているのがわかった。
どっちにしろ、焼け焦げた遺体である。
「まったく、どっちにしろ作物が腐るわ」
ピクっ。
「ん?」
ピクピク。
すると、急に頭陀袋がうねうねとうごめきだしたではないか。
「ひっ、ひいっ」
さすがにそれには、妻も、持っていたトングを落としてしまった。
そしてその頭陀袋は一直線にゆっくりと立ち上がった。
「ぎゃっ、ぎゃああああああああああっ」
バサッ。
頭陀袋が地面へと脱げ、そこから、焼け焦げた死体の全身が現れる。
ギョロリと見開かれたその瞳は、確実に男性を、そしてその妻を映している。
「ぎゃあああああああっ、ゾンビじゃああああああああ!!!」
「脳みそ喰いちぎられるぞぉおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
そして2人は逃げていったのだった。
「……………………………………」
その場には、焼け焦げた死体だけが取り残される。
「…………………………失礼な……」
その死体はゆっくりと1歩、2歩と前を歩いていき、傾斜面をあがって、畑から出た。
しばらく道路を歩いているとカーブミラーがあったので、それで自分の姿を確認したのだった。
「………………………わーお。ゴミみたいな恰好」
とにかく汚かった。泥と炭にまみれてしまっているせいか、肌がとにかく茶色かった。ゴミまでついている。
ふと気になったので、現時点での自分のもちものを確認してみた。
スマホはあった。幸いにも壊れてはいないようだ。でも、残り充電1パーセント。これでは、満足に電話する事もままならない。地図アプリなんて開こうものなら、すぐにこの1パーセントは0になって、強制シャットダウンしてしまう可能性すらあった。
財布はなかった。
このあいだ、洋服と一緒に財布も取られてしまったので、それを教訓にし、財布にはカード類は入れないようにしてはいたので、被害は思いのほか少ない。
あと家の鍵、警察手帳。ボロボロになってしまった革製のメモ帳も入っていた。
家の鍵まで盗られていたら、鍵を付け替えなければいけなくなるところだったので、一安心ではある。
問題は、ここがどこなのかという事。
東京内ならまだ救いがあるが、これが青森とかだったら、相当の距離を歩かないと、家に帰れそうになかった。
「…………ん?」
もうひとつ、現在の所持品の中で妙なものを見つけた。
手のひらに載るサイズの、白くて薄い箱だった。パカッと開けるタイプの箱だ。
とりあえずパカッと開けて中身を確認してみる。
「……………………」
だけどすぐに閉じた。
「さてと………どうしましょうか……」
近くに交番か警察署があれば、そこに駆け込んで、家に帰るためのお金を少々借りる事もできる。警察手帳だってあるので、信用はされるはずだ。
でもやめる事にした。少々気になる事ができたからだ。
あのハッカーも、殺す気であんな事をしたはずなので、加賀城密季は死んだと思い込んでいるのなら、そういうことにしておけば、逆に都合がいいと思ったのである。
なので、とりあえず加賀城は歩き始めたのだった。




